見出し画像

積読・積み本は突然のつながりを生んでくれるときがあるから積み続けてしまう

興味がでて読みたいと思った本を買ったはいいけど、読む時間を作れずに机の上に積まれて、崖のようになっている.なんか地震でもきたら崩れそうw

・・・

今日は、そんなつぶやきの延長.

積み本の話.

大学生になってからだが、本との出会うきっかけが増えて、本屋に並んでいて読んでみたいと思った本や前に読んでいた本の中で引用されていた本のことを思い出して、借りたり買ったりしている.
そしてその都度、本が少しずつ机に積まれていっている.

飽き性の自分の場合、一冊一冊を長い時間をかけて読み尽くすという行為が苦手で、いつも甘噛みに甘噛みを重ねながら読み進めている.

なので、積み始めはいつも、「積んだことに満足していたらいやだな」とか「読み切れないかもしれない」などネガティブな感情が机の上に充満している.一冊ごとの読んだページ数は微々たるものだから満足感も高くない状態が続く.

しかし、(つい最近のことだが、)各々半分ぐらいずつ読み進めてくると、「このことについて、あの本にはこう書いてあったな」とか「これについて、この本よりあの本の記述の方がわかりやすいな/共感できるな」とか、そういった感覚に読みながらよく出会うようになった.

つまり、特に脈絡もなく借り/買い込んだ本どうしが自分の頭で、新しい(かどうかは正直不明だが)つながりを生んでくれる時があるわけだ.この瞬間はなんとも心が良くてアガる.

「積み本」が読書というものにとって良いのか悪いのかは正直わからない.正解もないだろう.
ただ少なからず自分の中では、ちいさな理解の断片どうしが柔い自分の文脈の上でつながって、少しずつその文脈を硬く、そして自分らしいものにしてくれている気がしている.

これは、自分なりの読書をする理由というか、本を読む楽しさなのかもしれない.(ちいさなつながり/結合を求めて、今の世の中にある知識や思考を採取している感覚.)

画像1

・・・

そういえば、今年のはじめの方に、去年一年で読んで本の自己分析をnoteに載せたが、今年も自分なりに読んできた本を分類して、自己分析Part2(2021.Version)ができればと思っている.

...とはいえ、今年はそこまで量を読めていないので、もうちょっと頑張ろうと思ったいたり、自分のペースで読んでいこうと思っていたり.

いいなと思ったら応援しよう!