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お歌詞なはなし(歌詞のサウンドテクスチャという本について)

この記事は、ボカロP Advent Calendar 2023の7日目の記事です。

他の方の記事はこちらのリンク(ボカロP Advent Calendar 2023 - Adventar)から見られますので、そちらもぜひ!


 - まえがき -

#ボカロPアドベントカレンダー2023 の12/7を担当します、
ボカロPのしのはらと申します。

実は今日が誕生日だったりします、お祝いのコメントとか、
私のX(旧ツイッター)に、この記事読んだよ〜とかリプ頂けるとすごく嬉しいです…。 (https://twitter.com/shinohara5382/)


The VOCALOID times様からお誘い頂き、
今年7月にボカロ見るラジオ♪ に出演させて頂いた縁がありまして
なにかお返ししたいなぁという気持ちでこちらのカレンダーに参加しました。
アドベントカレンダーの他の参加者の方が凄すぎて場違い感がありますが、
他のボカロPさんのお役に立てる記事になればと思っています。


本題:歌詞づくりの話

過去2回、「お歌詞なはなし」と題して
歌詞づくりを主体に、尊敬してるボカロPさんと対談企画をやらせて頂いています。(対談いただいた方々:朴之感想文さん、竹原ひろさん)

この記事ではその番外編として、歌詞づくりに関する書籍を読んだ感想と
私がそこから得られたことを書いていきたいと思います。

…歌詞づくりの悩み

ボカロPが曲を書いている上で欠かせない ″ 作詞 ″
 
...歌詞づくりって難しいですよね。
響きを大事にしたいから歌詞削らなきゃとか、
ここはメッセージ性を優先したいとか…。
作詞作曲をはじめて1年半くらい経ちましたが、
作詞についての悩みは本当に尽きません。

なんとか良い曲・歌詞をお届けしたいために日々勉強している中で、
「歌詞のサウンドテクスチャー うたをめぐる音声詞学論考」(著:木石 岳 さん) という本に巡り合えました。


ここからは下記の目次に沿って、本の感想を交えつつ、
そこから私が自分の歌詞づくりに活かせそうだなと思ったことを書いていきます。
あくまでも個人の感想であり、個人の意見ということで受け止めていただければ…少しでも共感したとか、取り入れられそうだなというところがあれば嬉しいです。


~お歌詞なはなし〜歌詞のサウンドテクスチャ、書評〜



序文

- そもそも歌詞ってちゃんと受け取ってもらえてるの?


この本の冒頭は、「マーズ・アタック!」という映画の話から始まります。

え、いきなり映画の話?

…ちゃんと意味はあります。

映画本編自体は私は見れてないのですが

・ある日火星人が地球に侵略してくる
→「インディアン・ラブ・コール」という実在の曲をスピーカーから流す
→曲を聞いた火星人が爆死していって人類は侵略の危機から救われる

という映画らしいです。

この曲はスローテンポなラブソングなのに、
英語がわからない(という設定)の火星人に歌詞は聞き取れないのに、
火星人は爆死してしまいます。…凄い設定ですね。

ここから言えることとしては:
「歌詞が理解できなくても、音の響きだけで他人が爆発するくらいの影響を与えることができる」
ということでしょうか….

歌詞…ちゃんと受け止めてもらえてなくないですか?

だったら音の響きさえ良ければ、「影響を与えられる曲」なの?
という結論に至りそうですが、この本を読んだうえでは
「決してそうとは言えない」ということをお伝えしたいです。
(個人の感想です。)

音の響きには、「言葉が発する響き」も含まれます。
私たちが知らない言語の歌を聞いたときにも、
「意味はわからないけどフレーズはなんか良い」
ということもありますよね。

歌詞が音の響きに与える影響というものあり、
この本はその点にも触れているので後述していきます。
…音の響きを良くするために歌詞を考えれば、より良い曲が書けそうな気がしますね。


- 歌詞が与える影響と、音楽が与える影響


この本の序章では更に下記のように述べています。

私たちは音楽を聴いたときに感じる印象と、歌詞カードに書かれた文字情報を読んだときの印象を、ごちゃごちゃに混ぜこぜにしている
 ー(中略)ー
歌詞を読んだときの印象が、聴いたときの印象へとすり替わっている

これは凄く共感できます!
良いメロディーに、歌詞の意味が相まってエモく感じる瞬間はまさにこれですね。
この状態に陥ってしまうと、歌詞の一節を見ただけでメロディーが頭に浮かんできて、聴いたときの印象を追体験できるようになっているかと思います。

このことから
「音の響きと歌詞が両立できていれば、
より強い影響を視聴者に与えることができる」
と言える気がしてきます。

…音の響きと歌詞が両立してる曲を書きたい!!!


そうなんです。
それがやりたいんです。

…その技法を学ぶために、
この本から得られたことをまとめてみました。


この本から得られた事、活かしたいこと

最初にお断りしておくと、
私が自分の歌詞づくりに活かせそうな内容を中心にピックアップしていくので、本の内容を順を追って解説することは避けます。
そのため、情報が断片的になるかと思います。

この本では多くの楽曲が引用されていて、
また学術的ともいえる細かく、丁寧な分析がされているので
ここで詳細に触れるよりかは是非直接本を読んで頂いた方がいいかと思います。

ーーー前置きはここらへんにして、読んで得られたことなどを書いていきます;

- 母音の響きと、与える印象 

日本語の発音でいえば 「あ、い、え」が鋭音、
「う、お」が重音として分けることができる
前者は明るいもしくは鋭い母音として知覚され、
後者は暗いもしくは重い母音として知覚される。

p186

この点から、明るい展開にしたい時、暗い場面にしたいときで
どの母音の言葉(歌詞)から始めるかを選ぶことができますね。

- 音素の対立

母音/a/と/i/は大きいものと小さいものを感じさせる

p180

本文中では宇多田ヒカルさんの「BADモード」という曲が例示されており、
Aパートでは母音/i/が頻発するのに対し、
Bパート前半で母音/o/が頻発し、後半では/a/が頻発する
そこからサビ頭の/a/へと続く…と分析されています。

/i/を頻発させることで"小さいもの"を音的に連想させ、
サビに向かって/a/を増やしていくことで大きくなる展開が図られているように感じ取れます。
歌詞の意味的な展開だけでなく、音の効果による場面展開を図っている
非常に良い例示だと感じました。

- 「有標」と「無標」という区別

…歌詞の音響を分析するためにはある特徴ーたとえば/a/がたくさん出てくるー
が、他の曲と比べて特異的か、もしくはその曲の中でその部分が特異的か、ということを知る必要がある。
このように、他の曲や他の部分と比べて特異性があるようなものを、
言語学では有標(marked)といい、そうではないものを無標(unmarked)と区別する。
 というわけで、楽曲の構成を見ながら歌詞音響の有標性を示して、それがどのように変化しているかを考察する。
 有標性の変化は、いうならば音響の物語であり、これは音象徴よりももっと大きなもの、つまり音響サブリミナルを構成する。

p203,204

先ほどの音素の対立というところに繋がりますが、
有標である部分・無標である部分をコントロールできれば
楽曲の中で、歌詞の響きによる展開を意図的に作りだせそうです。

例えば:母音/a/を多用した有標なパートと、色々な母音を使って特徴をわかりにくくした無標なパートを曲の中で作って、対比させるなど。

- オノマトペ の有効活用

この本では「オノマトペ」(擬音語・擬態語など)に関する記述が多くのところで見られます。
本文で述べられているとおり、とくに英語と比べると日本語のオノマトペの数は3倍〜5倍以上、もしくはもっと多い説もあるとのことで、
オノマトペが多いこと自体も日本語の特徴と言えるかと思います。

さて、なぜこんなにオノマトペについて多く述べられているのかというと、
オノマトペによって特定の意思や感情を表せる
→作詞者が伝えたい情報をリスナーにダイレクトに伝えやすい
からだと私は感じました。

本文を引用してこの点を掘り下げていきましょう。

日本語のオノマトペの最大の特徴は、それが音象徴上の体系性を持っているということだ。例えば日本語のオノマトペは清音と濁音の対立によって「小さい/大きい」ものを喚起させる。
本書で何度も言及した「ゴロゴロ」と「コロコロ」を比べてみよう。どちらも、ボールが坂の上から転がってくる様子だと想像してほしい。日本語で育った人なら誰でも、ゴロゴロのほうが大きなものが転がっているように聞こえ、コロコロの方が小さいものが転がっているように聴こえるはずだ。つまり清音が小、濁音が大を表すという音象徴上の体系性がある。この音象徴性は針生悦子らの研究で日本人にしか通用しない---つまりブーバ / キキのように生得的なものではない---ことが明らかとなった。英語ではオノマトペにこのような音象徴性の体系はない。

p230

ゴロゴロなのか、コロコロなのか。
フラフラ歩くのか、ブラブラ歩くのか、またはプラプラ歩くのか。
ザラザラした感情なのか、サラサラとした感情なのか。
ドクドクと脈打つ心音なのか、トクトクと脈打つ心音なのか。
…全然印象違いますよね。

本文を引用した上でなにが言いたいかというと、
・「清音/濁音/半濁音」を使い分けたオノマトペによって
 その場面を言葉で印象づけられそう
・母音/a/、/i/の使い分けと同様、例えばサビでは濁音を増やすことで
サビを他のパートから印象づけることができそう
ということです。
例えばあるシーンでは「トクトクとした心音」と歌うのに、
別のところで「ドクドクとした心音」とフレーズを変えることで、
韻を踏みつつ場面展開させる、というようなことができそうです。

…よかったらぜひ「ブーバ / キキ効果」も調べてみてくださいね。
この効果も、歌詞づくりの上ではすごく参考になります。

- (音の)下から上への方向性

 スピッツの「ロビンソン」「チェリー」「空も飛べるはず」を例に、下から上への方向性について考えてみる。
 これら三曲はいずれもメロディーが比較的低い声部のAメロから、比較的高い声部のサビにかけて上昇していく。これに伴い、歌詞の言葉の意味性も下から上へと上昇する。  ---(中略)---
 低い声部から高い声部へと移るにつれて物語が明るくなるというのは、音響心理学ではよく知られている「高い音=明るい / 低い音 = 暗い」というクロスモーダルな現象によって説明される。

p192

これはメロディー作りにも活かせそうな内容です。
サビのテンションと対比させるために、Aメロではどういう音程、どういう母音のフレーズを選ぶかという選択肢が生まれそうです。
ちょっと作曲やりやすそうになるかもです。

- 音節言語とモーラ言語の切り替え

スケールと言葉のリズムの関係性を考察するために、藤井風の「まつり」を例に挙げる。
---(中略)---
おおむねモーラ言語で歌われているこの部分(サビ)は、マイナーペンタトニックと合わさることで、この曲のタイトルにもなっている日本の祭りの雰囲気を演出している。といってこれは何ら珍しい組み合わせではない。
---(中略)---
次に、同じ曲の冒頭(Aメロ)を見てほしい。 歌詞は音節言語化している。
セブンスやナインス、オンコードが多用される和声進行に乗せて、ダイアトニックとブルーノートで歌われる(Aメロの)旋律。
そこに音節言語が乗っかることで、サビのペンタトニック+モーラの日本的情緒とはかけ離れた印象を与えることになる。

p196,197,198,199

…すみません、私には端的に音節言語とモーラ言語の違いを説明できないので、詳細はぜひ本で見ていただければ…。モーラ言語は1音符に1音、はっきり発音するという感じです…

音節言語とモーラ言語の使い分け+スケールの使い分けで
場面転換がうまく図れる感じのサウンドになると感じました。
この点を自分でも取り入れると、曲の中でメリハリがさらに強く出せそうですね。

- 流動的意図性

これが音楽の流動的意図性だ。私たちは認知的に、このような柔軟さを持っている。
音楽の解釈は決して指示的で確固たるものではない。曖昧で、柔軟なものだ。認知的な柔軟さは、社会的な柔軟さへと結びつく。
数人が集まってひとつの共同体となるときに、音楽は助けになる。それは、音楽が流動的な意図を持つからだ。

p152

…この部分は、文章として気に入ったから引用してきました。
リスナーさんの環境・作曲者の環境や場面で、音楽の意図って変わってそうだよね、と私はこの一節を見て感じました。

本文ではこの引用文の前に色々な背景が深く説明してあります。
この部分もぜひ読んでいただければ。

- 歌詞が、小説や映画や漫画と異なる点 (印象の捉え方)

歌詞は小説や映画や漫画にくらべると圧倒的に読み解きに必要な言語情報が不足している。小説にはさまざまなメタファーが登場するが、その一方で具体的な説明も十分になされている。しかし歌ははっきりいって、なにがメタファーではないのかすら容易に判断できない。全体的にメタファー性が高く、具体的な指示的表現に乏しい。
(中略)旋律の方向性と歌詞の意味内容、方向性のメタファーは一致するときもあれば真逆を向いているときもある。一致させるほうが良いわけでもなく、また一致させないことで驚きを感じるわけでもない。一つの歌のなかに、さまざまな効果が総動員されて私たちは何らかの印象を感じ取るのだ。
なので、歌詞カードを見て明らかに悲しい内容の歌だったとしても、歌詞カードを見ずに聴いたときに明るい印象を持つことは珍しくない。
(中略)いずれにしてもこれを意味ないようとして(物語として)「〇〇な物語である」という風に断定することは無意味だろう。

p268,269

数分くらいの曲でリスナーさんに与えられる情報というのは、どうしても限られてしまうと思います。
…だからこそ面白いのが作詞作曲であったり、MVづくりなのかなと思いました。

前に竹原ひろさんと対談させていただいたときに、「リスナーさんに考えてもらう余地を(敢えて)残す」という手法を教えていただいた覚えがあります。

上記引用部分も交えると、
「そもそも全部は伝わらない。全てを盛り込もうとするんじゃなくて、
リスナーさんの想像に任せるという発想も持つ」
という考えで作詞作曲ができるんじゃないかなと思っています。


まとめ

ここまでお読みいただきありがとうございました。

ここで、最初の問い「 そもそも歌詞ってちゃんと受け取ってもらえてるの?」に戻って考えてみましょう…

この本を読んだ上では、歌詞の内容を正確に、
わずか数分の曲で伝えるのって難しそうですね。

でも、そもそも歌詞を受け取ってもらう必要性があるのか?という考え方もできそうです。

「曲」を聴きにきたリスナーさん 
「歌詞」を聴きにきたリスナーさん
さらに、
「MV」を見にきたリスナーさん
など多様なリスナーさん達に私たちは恵まれているかと思います。

今回紹介した「歌詞のサウンドテクスチャ」の本ではMVの存在に触れていないと思いますが、
素晴らしい動画師様のおかげもあり、
MV全体でリスナーさんに影響を与えることが可能です。
…これはボカロ曲に限った話ではありませんね。

どういうMVにしたいか、という観点での作詞もできると思いますし、
その必要も既にあるのかなぁと感じています。
MVが印象的だから、という理由でリスナーさんに曲を気に入ってもらえることも
有り得ると思っています。
歌詞だけでなく、色々な観点からリスナーさんに影響を与えることができそうですね。
そう考えると、良い歌詞書かなきゃ!という呪縛にとらわれずに、
曲やMVなど全体でのびのび作品を作ることができそうです。

歌詞がいいなとリスナーさんに感じてほしいのか、
曲やアレンジがいいなとリスナーさんに感じてほしいのか、
人それぞれだと思います。
自分が重視したい点を突き詰めればいいんじゃないかなと思ってます。

今回私が伝えたいこと


ボカロPを続ける上で悩みはつきません。
作詞だけでもそうです。
でも、今できるアウトプットを怖がらずにやってみるのがいいんじゃないかなと
私は思っています。

作詞は苦手だけど、今自分が表現したい
等身大のアウトプットを出してみて、それから次を考えるというやり方も
アリだとおもいます。

作詞が得意じゃなければ、
曲やMVの文字表示でとにかく魅せるなど、
使える手法でどんどん攻めればいいんじゃないかなと思います。

気楽に、楽しんで制作していきましょう!


告知など


冒頭でお話しした
「お歌詞なはなし」という歌詞作りの対談の
第3回を企画しています。youtube Liveにて1月ごろ生放送予定です。
前回、前々回と同様に、ものすごく尊敬している方をお招きして
作詞について対談する予定です。

また私のボカロPとしての次の活動ですが
酩酊堂様主催の12/16のゴマヒチ祭に参加予定です。(イラスト統一祭)
https://twitter.com/mememeMEITEIDO2

その次の大きなイベントとしては
ボカコレ24冬ルーキーに参加予定です…
ラストルーキーになります!

今年は私にとってすごく大きな1年で、
ボカコレ23春ルーキーでは58位、夏ルーキーでは93位という結果をいただきました。
(ボカコレ23春ルーキー曲 恒常性パラソムニア feat. 花隈千冬)

https://www.nicovideo.jp/watch/sm41908033

来年もいろんなクリエイターさんとのコラボも交えつつ
何か印象に残ってもらえる楽曲を作っていきたいです。
来年もよろしくお願いします。
しのはらでした。

しのはら:
Xアカウント :https://twitter.com/shinohara5382/


ニコニコ:https://www.nicovideo.jp/user/124739074/series/328726


それでは、引き続き「ボカロP Advent Calendar 2023 - Adventar」をお楽しみくださいね。

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