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仙台・氏の木

仙台へ旅行に行くと必ず立ち寄る居酒屋がある。仙台市内の名店と呼ばれるお店にはいくつか通っているが、もう何年も続けて通っているのはここぐらいしかない。

そこへ行くために地下鉄東西線を青葉一番通り駅で降りる。仙台駅前から延々と続くアーケードを抜けて太陽の下を5分ほど歩くと、涼しげな麻の暖簾がゆらめく木造のお店が見えてくる。居酒屋「氏の木」だ。

恋人と二人で入店すれば、厨房を囲むコの字型のカウンター席に案内される。厨房で忙しなく働くスタッフの顔ぶれは、通うようになった頃から変わっていない。スタッフの変更が少ない居酒屋は信頼できる。スタッフがお店を、お店の味を好きで働いていることがわかるからだ。

暖かいおしぼりで手を拭きながら、ビールを注文した。恋人はいつもおしぼりの香りがいいと言って鼻の頭を少しだけ拭く。つられて匂いを嗅ぐと、柔軟剤のいい香りがした。メニューを眺めながら待っていると、よく冷えた薄いグラスが出てきた。恋人はいちごヨーグルト酒を頼んでいた。都内ではあまり見ることのないお酒だが、仙台市内の居酒屋にはよく置いてあるお酒で、ほとんどデザートのような甘さだ。乾杯した後でビールを流し込むと、体の中に水分が通っていくのを感じる。飲んだ後にああ、と声がもれて歳をとったなあと思う。

居酒屋氏の木は、入り口が開け放たれていて、涼しい風がそこから出入りしている。冷房が直接当たる席はなく、厨房から近い席でも暑いと感じたことはない。いつ行っても涼しいお店だ。

店内が一目で見渡せ、視界のひろいスタッフが多いので、キッチンとホールの間にタイムラグがないのも良い。広いお店やスタッフの少ないお店ではありがちな、ぬるい料理が出てきたことは一度もない。温度を含めて料理だと思うので、やっぱりお店全体の意識が高いのだと思う。

ここはとにかくポテトサラダが美味しい。よくマッシュされたポテトに、揚げて塩を振ったジャガイモの皮、七味、青のりがうまい配分で混ぜられている。味の決め手は最後にかけられるお酢だ。ポテサラにお酢なんて合わない気もするけれど、マヨネーズを使ったポテサラにお酢が合わないはずがない。初めて食べた時は、こんなに美味しいものが食べられるなんて、日本に生まれて良かったと思った。私は居酒屋で必ずポテサラを頼む(家では作るのが面倒)のだけれど、ここの味を超えるポテサラにまだ出会ったことはない。

あとはアジフライが有名だ。アジフライといえば渋谷のヒカリエ内にあるd47食堂を思い出すが、あの身厚でジューシーなアジフライとはまた違った美味しさがある。半生の状態でさっくり揚げられた氏の木のアジフライは、噛みしめるとほろりと溶けていく。あっさりした食べ応えで、何枚でも食べられそうなアジフライはここにきたら食べないといけない一品だ。

季節ごとにラインナップが変わっているメニューを眺めるのも面白い。まず注文したのは、ポテトサラダ・地の〆さば刺身・長芋醤油漬け・アジフライ・おにぎり・味噌汁だ。いつもはシメに味噌汁を飲むのだけど、外が涼しい日は味噌汁から食べ始める。

料理を待つ間にビールを飲み干し、いそいそと伯楽星とおちょこ2つを頼む。伯楽星は仙台の日本酒で一番好きになったお酒だ。仙台で有名な日本酒で、最高の食中酒だ。口に含むとふんわり甘く、口内の雑味をすっきり洗い流す。飲み込んだあと、喉を焼くことなく、胃のあたりでじんわり暖かくなる。

お互いにお酌をし、静かに乾杯した。鼻にぬける柔らかな甘味を嗅いだあとで、お互いの顔を見て笑った。

「最高だなあ」

「最高だねえ」

美味しいご飯が次々とやってくるので、会話はなおざりになっていく。美味しいものは美味しいうちに食べるのが二人のルールだ。「うまあ」とか「美味しい」とか呟きは最小限になる。美味しいご飯には、集中力が必要だ。


ああ、自粛生活が明けたら、給付金を使って仙台に、そして氏の木に行こう。いつまでも通いたい地域を、お店を応援するために。

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