好きな曲について書く
BASIの「これだけで十分なのに」という楽曲紹介の閲覧数が多かったので、音楽のこともちょくちょく書いていこうと思います。
今日はCHICO CARLITOのmemory trigger feat.唾奇を紹介します。
HIPHOPに耳馴染みのない人も聴きやすいリズムとフロウが心地よい一曲です。chill系の日本語ラップの中でもダントツに好きな曲です。まずは聞いてみてください。
眠ってしまうには惜しい夜がある。別に用事はないけれど、煙草を片手に外に出て、街中をふらふらと歩いてみる。湿度の高い沖縄の夜は風が冷たくて、肌寒い。不意に人恋しくなる。涙の前兆のように、鼻の奥にツンとくるような物悲しさを感じる。そういう時に思い出す人がいる。
夜道を一人で歩く描写から始まるこの曲は、それぞれのやり方でHIPHOPを目指したラッパーが昔話をするようにラップしていく。
CHICOは故郷の沖縄を旅立った日のことを、唾奇はリリースした自分のアルバムを思い出す。沖縄でHIPHOPグループを作り、地元に根ざした音楽活動をする唾奇と、上京して夢を追うことを決めたCHICO。
違う方法を選んだ二人が、一つの楽曲で再会する。
まずはCHICO。
CHICO CARLITOは沖縄を離れて上京し、「フリースタイルダンジョン」というテレ朝系のテレビ番組にレギュラー出演した。そこで一躍名前を売り、人気ラッパーの仲間入りとなった。
彼がこの曲で歌うのは、HIPHOPを歌うために沖縄を旅立った日のこと。ワイワイ毎日仲間と一緒に遊んで、酒飲んで、歌って。何も起こらないけど、それだけで良かった日々の中で、上京して夢を追うことを決める。仲間が「お前なら絶対大丈夫」と背中を押してくれる。
東京でラッパーとして奮闘する日々の中で、辛いことも苦しいこともある。テレビのレギュラー出演も初めてで、大変な思いをしたこともあった。そんな時に思い出すのは沖縄で一緒に遊んだ仲間。彼らと一緒になって笑っていた動画を、一人でぼんやり眺める。自分で選んだ道だから、もうこの頃には戻れないけれど、あの日を取り戻すように動画を再生してしまう。
沖縄に残った唾奇が思い出すのは、昔自分が歌った納得のいかないアルバム。地元沖縄に残って、仲間たちと楽しかった日々の延長線上で作ったアルバム。HIPHOPという狭いジャンルの中で、劇的に売れることなんて期待してはいないけれど、仲間たちが褒めてくれるアルバムを集団自画自賛、仲間自慢と切り捨ててしまう。
「集団自画自賛仲間自慢」は、彼自身のアルバムに対する評価ではなく、HIPHOPシーンに対する評価だと思ってしまう。どれだけいい楽曲を作って大きな評価を得ても、巷に流れる流行歌のようにお金を生まない。HIPHOP好きだけが作品を聴いて、褒めるだけ。「HIPHOPってすごい」という集団自画自賛だ。HIPHOPシーンに流れるお金が少ないせいで、好きなHIPHOPで食っていくことは難しくて、金銭的に苦しんでいる仲間のラッパーがいる。
苦しい心境の中で上京して名前を売ったCHICOや仲間たちに声をかける。東京でなりたい自分になれたか?地元に残った自分。東京に行かなかった自分。沖縄でラップすることを決めた自分。
二人に共通するのは、もうあの頃には戻れない、戻らないという覚悟だ。何かのきっかけで思い出すあの分岐点を、決断した自分を信じてやっていこうという決意だ。
この二人のドラマをしっとりしたトラックが盛り上げる。
他人事のドラマではない。私たちにも似たような決断があって、似たような覚悟がある。その決断で出会った人、別れた人、すれ違った人、一緒に居たかった人、好きだった人を思い出す。
自分の選択が正しかったのかはまだわからない。
今は前に進むしかないけれど、どうしようもなく昔のことを思い出す。その瞬間に流れてくるのがこの曲です。
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