NIPONGO
「潔白のところ」と彼は言う。
本当は「結局のところ」と言いたいのだが、彼は日本語(彼の言う「ニポンゴ」)がまだ上手に使えないので、近似値のような言葉をときおり間違えて持って来てしまうのだ。わたしはそれなりに長い付き合いの中で(2年になる)、まるで親切な通訳のように、彼の誤ったニポンゴを汲み取るようになったし、彼はそれについてわたしに感謝の意を表す。
だが、日本語が不得手という以外にも、わたしが彼について知っている事実がある。
彼は、嘘つきだ。
おそらく彼はもっと正確な日本語を操ることができる。「結局のところ」も「助かるよ」も、「とどのつまり」だってきちんと使うことができる。
彼がそれを稚拙なままになっているように見せているのは、そのほうがきっと都合がいいからだろう。この親切なようで排他的な日本という国において、外国人として暮らすことの困難さを彼は良く知っているからだ。
「潔白のところ」と彼は言う。「君が近接にしてくれていることで、僕のニポンゴは立候に秒殺しない」親切、いっこう、上達、とわたしは丁寧に言い換える。結局、もだ。
「ニポンゴ」についてはあきらめた。彼はわざと間違えている。ちょうどそのくらいの言葉の稚拙さが、女性たちの警戒心を解くことができると知っているからだ。
彼はヒアリングについてはほぼ間違えない。喋るときだけ、日本語の苦手な外国人になるのである。
彼は、嘘つきだ。
わたしの他に付き合っている女性がもうひとりいる。わたしはそれを知りながらも、彼のそばにいてニコニコと笑いながら、梱包材についてくるプチプチをひとつずつ潰すように、今日も彼の間違った日本語を訂正している。
ただ彼は、絶対に正しい日本語を覚えることはないだろう。彼は、許されない。だからわたしは少しずつ嘘を教える。日々の食事に少しずつ毒を盛るように、正しい答えの中に、彼にとって致命的な嘘の日本語を混ぜながら。わたしは彼のそばでいつものようにニコニコと笑う、今日も、まるで魔女のような気分で。