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そういうふうにできている
自室は狭い。6畳もない。
少し手を伸ばすとほとんどのものに手が届くようだ。積み重ねたカラーボックスやサイドテーブル、天井までの高さの本棚にさまざまなものを仕舞っている。
自室にいったい何があるのか、自分でも完璧に把握できてるわけではない。過去に必要と思って買ったものが必要ではなくなり、でも捨てるほどでもなく、目につかない物陰に押し込めて、さながら土の中に埋めてしまったが如くに自分の世界から退場させてしまっている。時間と共に徐々にその地層は積み重なり、記憶の奥深くに沈殿してしまったモノたち。こういうモノはどれくらいあるのだろう?狭い部屋だからそんなに量があるわけではないが、時々気になることがある。
このまま自分に何かあったら、自分が密かに大事にしていたものもそうでないものも、ほとんど無関係に処分されてしまうのだろう。そう考えると儚い。人が何かを大事にしたり、優先順位をつけたりというのは、持ち主であるその人が生きていてこそだ。
人は生活を少しでも豊かにするためにモノを買う。モノがあればすぐに豊かになるわけではないが、欲しかったモノを手に入れるのはいい。物理的に便利になる、生活がスムーズになるという実利的な意味もあるし、精神衛生的にも良いことだ。欲しいと思ったものを手に入れられる自分を確認することによって、ある種の自己肯定感を得られると思うからだ。
欲しいモノがある状態というのは良いなと思う。その時点で気持ちが外に向いている。自分を自分でどうにかしようと、気持ちだけであれこれ思っているだけの状態というのは、ある種のこう着状態に近い。人生は行動しないと変わらない、というのは本当だ。行動してみようと思うことが気持ちを上向かせる。そういうふうにできている。
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