映画「トニー滝谷」
映画「トニー滝谷(たきたに)」の監督は市川準だった。
市川準は「病院で死ぬということ」「トキワ荘の青春」などの、
非常に静謐な映画を撮る監督であり、
もともとはCMディレクターであった。
なるほど、各シーンへの入り方、研ぎすまされた映像、
この緊張感は確かにCM的かもしれない。
「トニー滝谷」の原作は村上春樹で、
音楽は坂本龍一で、
主演男優はイッセー尾形で、
主演女優は宮沢りえだ。
もう、これだけで一見の価値があるだろうという
キャスト&スタッフである。
あと一般的には認知度は低いかもしれないが、
撮影はCMなどでも活躍している広川泰士、
印象的なデコラティブなロゴはデザイナーの柿木原政広。
要するに一本の「作品」を作るために、
純度の高い才能が結集された映画なのである。
一般に小説の映画化、というのは難しいと言われる。
それは一度小説を読んだ人にとって、
すでにその映像は各人の頭に存在しており、
あらためて映画という形で提示されたものに対しては、
その頭の中の映像とのギャップという違和感が
100%付与されるからである。
(そういった意味で、漫画の映画化はもっと難しい)。
そのハードルを超えるためには何がしかの「回答」が必要なのだが、
この「トニー滝谷」は、
ナレーションとしての小説の朗読を使用することで、
原作の世界観を失わないというトライに成功していると思う。
西島秀俊の訥々としてつぶやくようなナレーションによって、
村上春樹の小説に横溢する「喪失感をともなった自分語り」
のようなものが、
「ああ、村上春樹の作品って映像にするとこんな感じだよなあ」
という説得力をもって提示されるのである。
華美ではないそこそこのしかし十分な裕福さ、少なめの会話、
穏やかな生活、ボウル一杯のサラダ、ビール、
ガラスの向こうにしとしとと降る雨…。
映画「トニー滝谷」の中の世界は、まぎれもなく村上春樹のそれである。
にぎやかな日常に疲れ、今と違う世界に行きたい時に観たくなるような。
耳をすませて、静かな世界に聞き入ってしまうような。
そしてこの一本の映画が、
誰もいないがらんとした小さな部屋のような形で、
自分の中のどこかにずっと存在していくかのような。
静かで、綺麗で、寂しい、しっとりしたいい映画だと思う。
何度も観たい一本だね。すごく好きだなあ。
これ、ぴたっとくる人は多いと思うけどね。
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