唯今
明かりもつけず、カーテンも閉め切って、部屋の片隅で膝を抱えて啜り泣いて。でも私の手を拒んだのは君でしょう。知ってるよ、君は私から逃げられない。子供みたいに泣いて、誤魔化すしかないの。
どうせ私のものにならないのなら、私のものにできないのなら、いっそ私の手で君の全てを壊して、全部全部、骨の髄まで、何も残さない、私の中の記憶すらも。なんてね、嘘だよ、全部私のもの。
もういなかった。あの時の、私の好きだった知らない君はもういない。また会えるかもって期待して、他所行きの服を着て、朝まで君の声を聞いてた。さようなら。もう会わないよ。またね。
その優しさで、窒息しそうなくらい心地よいあの部屋には、今はもう知らない若い夫婦が住んでいる。明日になればきっと全部忘れてしまう。愛は思考の放棄なんかじゃないって、そう言って欲しかったんでしょう。
意味なんてない、何もわからない、それを残したいなんて傲慢か。私の中だけに残ればいい、ずっとずっと私のもの。私は君のものじゃない。彼女と私は私。
頭上を走る電車の音が嫌に頭に響いて、私をここから遠ざけようとする。いなくなったのは君の方。その生暖かい細い首が冷たくなるまで、私は離さなかったのに。
私は彼女のもの。彼女は私のもの?
彼女は私。他人だなんて言わないで。
もうこんな時間。明日なんてこなくていいって、冷たくなった手を繋いで、もう聞こえない鼓動と、彼女の長い黒い髪。いつもと違う匂いがして、私はゆっくりと瞼を閉じる。
ただいま、私。