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【高校生物・探究への道】第1回:精子アタック!卵が活性化する確率

イントロダクション(読み飛ばしてもいいよ)

さて,このたび新たなシリーズを立ち上げることになりました。その名も「高校生物・探究への道」。
このシリーズでは,高校生物範囲である大学入試問題(共通テスト含む)を題材に取り,生物の奥深さを探究していくことを目的としています。すんごいふわっとしていますが。

皆さんは,「高校生物」について,どんな印象がありますか?「面白い!」とか「生命の神秘マジすごい!」とか「ゲノム編集に興味があります」とか,既にポジティブなイメージをもっていたら,私はとても嬉しいです。一方で,「定期考査では暗記すればほぼ満点が取れる楽勝科目」とか,「数学や物理ができないやつが選ぶ科目」とか,表面的にしか考えていない,ひねり潰したくなるようなネガティブなイメージをお持ちのかたもいるかもしれません。まぁそんな方はそもそもこの記事を読んでいないかもしれませんが。

生物の入試問題に着目すると,多くの実験問題や,与えられたデータから情報を得て考察し,必要ならば計算する問題など,単なる暗記だけでは太刀打ちできないものが多いです。本シリーズでは,生物の入試問題のなかでも,数学・物理・情報関係に密接したものを特に扱っていきたいと思います。化学は言うまでも無く生物と関わっていますが,数学・物理・情報に関してはあまり生物と関係ないと思うかたもいるかもしれません。ですが,最先端の生物研究はもちろん,大学入試問題の段階でも,数学・物理・情報に深く関連した問題があります。是非,具体的な題材として,関心をもってもらえれば幸いです。

本題

それでは,本題に入っていきましょう。第1回のテーマは「精子アタック!卵が活性化する確率」ですが,お察しのとおり,受精が題材です。

まずは,以下の問題(pdf)をご覧ください。出典は,2022年共通テスト(以下,共テ)の追試験です(問題の一部を抜粋しています)。
本題は問2ですが,問1の解き方も参考になりますので,是非考えてみてください。

問題

はじめて共テ生物をご覧になったかたもいらっしゃるかもしれませんが,文章量の多さに驚いたのではないでしょうか。ただ,リード文 (背景を説明した,問題よりも前にある文章)も問題文もしっかり読んでデータを整理すれば,問題が解けるようになっています。この点は国語と同じですね。

選択肢がついている問題の基本的な解き方は,「消去法」です。与えられたデータにそぐわない選択肢をばっさばっさ消去していきましょう。

解答と解説は,この下へどうぞ。

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解答

問1 ③
問2 ①

リード文の解説

小胞体は,細胞内に存在する細胞小器官で,本問のようにCa²⁺や,リボソームで合成されたタンパク質などの輸送に関わっています。細胞質基質におけるCa²⁺濃度の増加による卵の活性化という話は,さすがに高校教科書には載っていないですが,筋収縮において筋小胞体がCa²⁺を放出する話は教科書にあるので,こちらを想起されたかたもいるでしょう。
むろん,「Ca²⁺波」も普通の受験生は知らないです。安心して,新たな事項を知っていきましょう。

引き続き読んでいくと,Ca²⁺波を引き起こす「酵素X」は精子に含まれていて,通常はミトコンドリアにおいてクエン酸を生成しているそうです。精子が未授精卵と受精するということは,精子が卵と融合するということなので,精子に含まれている物質(酵素Xやクエン酸など)が未受精卵の中に取り込まれることになりますね。

リード文の最後に,精子に含まれる酵素Xによる化学反応式がありますね。名前がぼかされてますが,酵素Xはクエン酸シンターゼ (クエン酸合成酵素) です。そのまんの名前ですが,重要なのは,この反応が可逆反応であることです。つまり,オキサロ酢酸とアセチルCoAと水からクエン酸 (とCoA [補酵素A]) を生み出しますが,逆に,クエン酸とCoAからオキサロ酢酸とアセチルCoAと水を生み出せるのです。

一見,クエン酸回路におけるこの反応と,小胞体からのCa²⁺放出は,何も関係なさそうにみえますが,それを調べているのが,問1になります。

問1(実験データ読み取り問題)の解説

5つも実験があってややこしいかもしれませんが,「条件がひとつだけ違うものを比較する」ことを念頭において,整理しましょう。
精子が受精する前の卵 (未受精卵) には酵素Xがないことに注意しておきましょう。

実験1と実験2
どちらも酵素Xを未受精卵に注入していますが,実験2では酵素Xの阻害剤Aが加えられています。阻害剤Aを加えることでCa²⁺波がみられなくなったので,酵素XはCa²⁺波を引き起こすことがわかります。ただ,酵素Xが実際にどのようにしてCa²⁺波を引き起こすかはまったくわからないので,他の実験をみる必要があります。

実験3
精子のなかにはクエン酸が大量に含まれているので,受精したらこの大量のクエン酸も卵に流れ込むことになります。もちろん,酵素Xも卵に入ります。

実験4と実験5
未受精卵に注入するものが,酵素Xではなく,クエン酸もしくはアセチルCoAになっています。Ca²⁺波がみられるのは,クエン酸ではなくアセチルCoAが注入されたときですね。実験3から,精子のなかには大量のクエン酸が含まれている (つまり,アセチルCoAの量はそこまでない) ので,このクエン酸が卵に流れ込んだ後,酵素Xがリード文に示されている化学反応(右辺から左辺)を引き起こし,アセチルCoAをつくることで,Ca²⁺波が誘起される (おそらくアセチルCoAが小胞体にはたらきかける) と考えることができます。

以上の内容をまとめると,以下の図のようになります。与えられたデータは図解しておくと,わかりやすい情報になりますよ。


問1の実験1~5のまとめ

それでは,これらの情報をもとに,各選択肢を吟味してみましょう。

① 「ミトコンドリアにおける呼吸を活性化」も,「ATPの合成量を増加」も,実験からは導き出すことはできないので,正誤判断不能です。

② 「卵内でクエン酸の生成を活性化」が誤り。クエン酸は精子のなかで多量につくられており,卵内ではクエン酸からアセチルCoAなどの生成が起こるからです。

③ 正解。精子に蓄えられたクエン酸が卵内に流れ込み,酵素XによってアセチルCoAが生成されることで,Ca²⁺波が誘起されることが,実験5からわかります。

④ 「卵内でオキサロ酢酸の生成」は正しい (クエン酸からはアセチルCoAだけでなくオキサロ酢酸も生成される) が,「生成されたオキサロ酢酸がCa²⁺波を誘起する」が誤り。Ca²⁺波を誘起するのは,実験5よりアセチルCoAです。

以上より,正解は③となります。
不正解選択肢は,②と④のように明らかに間違っているものもあれば,①のように実験から判断できないものもあるので,注意しましょう。

問2(実験データに基づく計算問題)の解説

問題文が長いですね。読むのが億劫になるかもしれませんが,まずは理解してください。内容やデータをまとめると,

  • イモリでは,1個の卵に複数の精子が侵入するが,卵核と融合する精子の核は1個だけ

  • 相対値1の量の酵素X (精子1個分) によりCa²⁺波が誘起される確率は2割

  • 相対値が33の量の酵素X (精子33個分) によりCa²⁺波が誘起される確率は4割程度

  • 相対値が330の量の酵素X (精子330個分) によりCa²⁺波が誘起される確率は8割弱

  • 8割以上の卵でCa²⁺波が誘起されたら,卵が活性化されたといえる (ここについては後述)

となります。与えられたデータを情報としてまとめると,とてもすっきりしますね。データから情報へ,さらに知識,そして知恵へとつながる。これが勉強の到達点の1つだと,私は考えています。

では,選択肢を吟味していきましょう。選択肢はどれも,最後に「卵の活性化に十分」とあります。したがって,特定の操作を行ったとき,Ca²⁺波が誘起される確率が80%以上であれば,「卵の活性化に十分」といえるでしょう。
ⓐとⓑ,©とⓓは互いに似てるので,一緒に考えましょう。また,©とⓓのほうがわかりやすいので,先に考えることにします。

©とⓓ
これらの選択肢は,酵素Xは「1回の注入」であり,注入する酵素Xの相対値を変えていることに注意しましょう。
精子5個分ないし10個分の酵素Xということは,相対値5ないし10の酵素Xの量を指します。図1では相対値1,33,330のデータしかありませんが,相対値1の酵素量でCa²⁺波が誘起される確率は20%,相対値33の酵素量でCa²⁺波が誘起される確率は40%程度なので,その間にあたる相対値5と10は,Ca²⁺波を誘起する確率が20%から40%の間であると考えられます。
したがって,精子5個分ないし10個分の酵素Xでは,「卵の活性化に十分」ではありません。図1から,相対値330の酵素量でCa²⁺波が誘起される確率が80%に満たないので,少なくとも330を超える相対値でないと,1回の注入で「卵の活性化に十分」とは言えません。
よって,©とⓓは誤りとなります。

ⓐとⓑ
これらの選択肢では,1個の精子が何回侵入すると,卵が十分に活性化するかを考えています。
1個の精子が侵入する(=相対値1の酵素X)が卵に侵入してCa²⁺波が誘起される確率は20% (0.2) です。1個だけの侵入でCa²⁺波の誘起は難しいでしょうが,何個も精子が侵入すれば,そのうちの誰かによってCa²⁺波が誘起されるかもしれません。

つまり,この問題は以下のように言い換えることができます。

精子1個が卵に侵入することでCa²⁺波が誘起される確率は0.2である。$${n}$$個の精子が卵に侵入し,少なくとも1回Ca²⁺波が誘起される確率を$${p_n}$$とするとき,$${p_n \geq 0.8}$$となる最小の$${n}$$を求めよ。

この問題,ピンと来ませんか?実はこれ,数学の確率と同じなのです。例えば,以下の問題をご覧ください。

1個のさいころを$${n}$$回振り,少なくとも1回6の目が出る確率を求めよ。

このさいころの問題は,どうやって解けばいいでしょうか。数学での常套手段ですが,確率や場合の数の問題で「少なくとも」とあるときは,余事象を考えるといいですね。「1個のさいころを$${n}$$回振り,少なくとも1回6の目が出る」事象を$${A}$$とすると,余事象$${\bar{A}}$$は「1個のさいころを$${n}$$回振り,1度も6の目が出ない」であるから,事象Aが起こる確率は

$$
1-\left( \frac{1}{6} \right)^n
$$

となります。

それでは,さきほどの精子の問題に戻りましょう。「$${n}$$個の精子が卵に侵入し,少なくとも1回Ca²⁺波が誘起される」事象の余事象は,「$${n}$$個の精子が卵に侵入し,1度もCa²⁺波が誘起されない」です。1個の精子が侵入してCa²⁺波が誘起される確率は$${0.2}$$なので,1個の精子が侵入してCa²⁺波が誘起される確率は$${0.8}$$になります。したがって,$${n}$$個の精子が卵に侵入し,少なくとも1回Ca²⁺波が誘起される確率は

$$
p_n = 1 - 0.8^n
$$

となります。いま,$${p_n \geq 0.8}$$となる最小の$${n}$$を考えたいので,不等式

$$
p_n = 1 - 0.8^n \geq 0.8
$$

を解くことになります。
少し式変形して,また小数のままでは解きにくいので,分数に変形しましょう。

$$
1-(0.8)^n \geq 0.8 \\
$$

$$
(0.8)^n \leq 0.2 \\
$$

$$
\left( \frac{8}{10} \right)^n \leq \frac{2}{10}
$$

さて,確率をもとに指数不等式が新たに得られたわけですが,ここからどうやって$${n}$$に関して閉じた式にできるでしょうか?
これも数学での常套手段ですが,両辺に常用対数をとってあげるといいですね。

$$
\left( \frac{8}{10} \right)^n \leq \frac{2}{10}
$$

$$
\log_{10} \left( \frac{8}{10} \right)^n \leq \log_{10} \frac{2}{10}
$$

$$
n\log_{10} \left( \frac{8}{10} \right) \leq \log_{10} \frac{2}{10}
$$

あとは$${\log_{10} \left( \frac{8}{10} \right) }$$と$${\log_{10} \left( \frac{2}{10} \right) }$$ですが,常用対数に関する代表的な値

$$
\log_{10} 2 = 0.3010
$$

を利用しましょう。他にも$${\log_{10} 3 = 0.4771}$$と$${\log_{10} 7 = 0.8451}$$も覚えておくと,他の問題でも役立ちます。
それでは,式変形を続けましょう。

$$
n\log_{10} \left( \frac{8}{10} \right) \leq \log_{10} \frac{2}{10}
$$

$$
n\log_{10} \left( \frac{2^3}{10} \right) \leq \log_{10} \frac{2}{10}
$$

$$
n \left( 3 \log_{10} 2 - 1\right) \leq \log_{10}2 - 1
$$

$$
n \left( 3 \times 0.310 - 1\right) \leq 0.3010 - 1
$$

$$
n \left( -0.097 \right) \leq -0.6990
$$

$$
n\geq \frac{0.6990}{0.097} = 7.2 \cdots
$$

$${n}$$は正の整数であるから,この不等式より,最小の$${n}$$は8となります。つまり,最低でも8個の精子が卵に侵入すれば,卵の活性化が十分であるといえます。

よって,ⓐは誤りで,ⓑは正しいと言えます。

ちなみに,今回は指数不等式を解析的に解いて考えていますが,「$${n}$$個の精子が卵に侵入し,1度もCa²⁺波が誘起されない」という事象が起こる確率に着目すると,この確率が20%以下であれば卵の活性化に十分であるといえるので,不等式の式変形の途中にでてきた

$$
(0.8)^n \leq 0.2 \\
$$

に到達できます。そこからは0.8の累乗を計算しまくれば (つまり8乗まで計算すれば),同じ答えに到達できます。もちろんこの力業を実践しても構いませんし,なんなら計算練習になるのでやってみてほしいところですが,解析的に解くやり方のほうがはるかに楽であることは言うまでもありません。

以上より,ⓐからⓓのうち,ただしいのはⓑのみであるから,正解は①となります。


要の分析

この問題は2022年共テ追試験で出題されたものですが,私がこの問題に取り組んで,ここまで高校数学が関わる問題は珍しいと感じています。
個人的には,試験場で出題するならもうちょっと誘導が欲しいですが,演習で扱うには良い問題だと思っています。

しまいに

記念すべき第1回は,生物の問題としては比較的珍しい,数学事項を扱ったものを取り上げました。今回は入試問題を題材としましたが,今後は教科書の内容をより深く掘り下げて,さらに数学的探求を広げたり,いろいろな方向に展開していきたいと考えています。

第2回以降も順次書いていくつもりですので,取り上げてほしいテーマなどございましたら,コメント欄やX(旧Twitter)のリプライなどに案をお寄せください。

それでは,第2回でまたお会いしましょ~

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