3分小説「テレビショッピング」
おためし、全文公開
包丁を求めて
「やあみんな!マーフィだぁ!!」
今日のテレビショッピングもマーフィのあいさつから始まる。
今回の主人公はこの元気なあいさつの男。
名をマーフィという。
マーフィは5年ほど前、日本にやってきた。
友人に見せてもらった日本包丁に感銘を受け、彼は本場の包丁に携わって生きることを決意した。
現実は上手くいかなかった。
意気揚々と日本にやってきた彼だったが堅物な職人たちに弟子入りを断られてしまったのだ。
仕方なく彼は店頭で包丁の実演販売の職につく。
モノ売りのマーフィ
マーフィには商売の才能があった。
正しくはユーザーの心理をつかむのがうまかった。
彼の本職は包丁売りだったが、食品売り場のおばちゃんよりもソーセージを売るのがうまかった。
生活雑貨のおじさんよりもマーフィは皿を上手に売った。
彼は包丁を売りながら試食のソーセージを売り、毎朝おしゃれな皿で朝食を迎えることを提案したのだ。
(もちろん包丁も飛ぶ様に売れた)
マーフィには「モノ売りのマーフィ」というあだ名がついた。
テレビショッピングの世界へ
彼の評判はテレビショッピングの企画担当の耳まで届いた。
「外国人が日本包丁を日本人より売ってる」
これだけで十分話のネタになった。
マーフィは丁寧な商品説明と包丁を使ったライフスタイルの提案で瞬く間にお茶の間に浸透した。
マーフィは全て正直に説明した。
「うーん、これは買わなくていいかも。でもセットでついてくるフライパンはすごく使いやすい」
テレビショッピングで司会者が買わなくていいといったのはこの時が初めてだろう。
意外にもフライパン目当ての客でそこそこ売れた。
彼はどんどん力を発揮していく。
期限は迫る
しかし彼のビザの期限は5年。
彼が紹介する最後の商材が決まった。
5年前、弟子入りを断られた鍛冶屋の包丁だった。
伝統を受け継いで一本ずつ包丁を仕上げていたその鍛冶屋は、2年ほど前に大量生産の包丁メーカーに変わってしまっていた。
技術の後継者がみつからなかったらしい。
マーフィは憧れの包丁がただの包丁に変わってしまっていることにすぐ気付いた。
「前の方がずっと切れたよ」
少し涙を浮かべた笑顔が彼の最後の仕事になった。
語られない物語
これはその後の話だが
マーフィの帰国後、テレビショッピングの売上は下がった。
凄腕の司会者を招いたがさほど効果はなかった。
「モノ売りのマーフィ」はモノなど売っていない。
彼は自分自身を売り続けて、ユーザーを魅了していたのだ。
マーフィは帰国後、
日本人の留学生と出会い、刃物メーカー「マーフィ・ナイフ」を立ち上げることになる。
でも彼の新たな挑戦については次の機会に話すとしよう。
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