~元の理~ 性の不思議
性スペクトラムという考え方がある。これは、オスとメスを2項対立的な性の捉え方として考えるのではなくて、性とは様々な形があるという考え方だ。魚類などは、その個体がオスとメスのどちらかを絶対的に定義出来ることでは無い種が存在している。つまり、生物の性は種によっては揺らいでいることを現わしている。性染色体がXX、XYのどちらかで性が決まるのだが、哺乳類の場合は、その間も性が存在することが解ってきた。メスよりの性質を示すオス、またその逆もしかり。つまり絶対的なオスや絶対的なメスはこの世にはめったに存在しなくて、全ての個体は絶対的なオスか絶対的なメスの間のどこかの位置に当てはまるということで、中性も必ず存在しているのだ。
さらに最初に決定された性は、様々な環境要因・刺激によって、時間と共に変わったり混乱したりすることがある。例えば人間の場合でも、特別な遺伝子の作用で、女性で生れた子供が大人になると男性に性転換するという事例が一定の割合で存在している。ドミニカのある村では、50人に1人が性転換しているという驚異的な確率だ。成長過程で男性ホルモンが異常に分泌されるから起こるようなのだが、とても不思議なことだ。このメカニズムが解れば、性で悩む人の治療法にも応用されるのではないか。
性というのはオスとメスというように考えるのではなくて、2つの異なった性と考えるべきだということもわかってきた。メスどうしであっても、オスよりのメス、メスよりのメスで2つの性になるとも言えるのだ。生物学的に交配できればそれで良いし、例え出来なくても人間の性はあきらかにどちらと特定するべきものでもないのだ。また細胞間でも性スペクトラムは違うし、内臓器官でも違うのも解ってきた。本当に性とは難しい器官であるのは間違いない。
「この世の 地と天とをかたどりて 夫婦をこしらえきたるでな」 親神様・教祖の教えの中心は、親神様が夫婦を創造して人間を創ったということを人間に知らせることにある。3つの大進化の中で、特に有性生殖をクローズアップされているのもその理由からだ。
地と天を象るとは宇宙を象ることだろう。宇宙の法則の中に、2つ別々だけれども本質は同じという事がいくつもある。親神様はそれらを参考にして夫婦で子供を作る有性生殖を始められた。有性生殖とは、2つの違う性のDNAをかけあわせて子孫を作ることであり、人間の場合は23組46本の遺伝子から、減数分裂によって出来た精子のDNAに卵子のDNAの2組(半々のゲノム)が合わさって1つのいのちになる。この仕組みが、味気なかったこの世を絢爛たる生物種の楽園に変えていく。男性が優秀で女性が劣るなんて考え方は神様の世界には絶対に存在しない。
しかし最初の宿仕込みでは、明らかに2つの性を創造した事は間違いない。それが全ての性を持っている生物のひな型になっている。「元の理」には、うをとみを夫婦のひな型にするために引き寄せてひとすじ心を見澄まして、しゃちとかめを食べて、その性を見定めてから、男一の道具、女一の道具として、夫々をうをとみとに仕込み、男、女の雛型と定められた。いざなぎのみこと いざなみのみことは、この男雛型・種、女雛型・苗代の理に授けられた神名であり、月よみのみこと くにさづちのみこととは、夫々、この道具の理に授けられた神名である。いざなぎのみこと いざなみのみことに月日親神様が入り込んで最初の宿仕込みを行った。
これを少しわかりやすくすると、
「うを」にしゃちを仕込んだのがいざなぎのみこと。そこに月様(くにとこたちの命)が入られた。月よみのみことは男一の道具の神名で、多細胞生物では骨つっぱりの理合い。
「み」にかめを仕込んだのがいざなみのみこと。そこに日様(をもたりの命)が入られた。くにさづちのみことが女一の道具の神名で、多細胞生物では皮繋ぎの理合い。
ひとすじ心という正確な機能を持つ、うをという真核細胞の中心に核(骨・しゃち)を作って、その性を見定めて、それをオスの性のひな型にされた。そこに月様が入り込まれた
ひとすじ心という正確な機能を持つ、みという真核細胞の細胞膜(皮・かめ)を作って、その性を見定めて、それをメスという性のひな型にされた。そこに日様が入り込まれた
この真核細胞はどちらも同じものが2匹で、うをの働きは核(しゃち)であり、みの働きは細胞膜(かめ)だ。そして有性生殖を行う時は、この真核細胞生物それぞれに、男性生殖器と女性生殖器を使用して月日親神様が入り込んで交配を行った。
いざなぎのみこと、いざなみのみこと、にわざわざ、月よみのみこと、くにさづちのみことを仕込むのである。その理由はなんであったのだろうか。いざなぎのみこと、いざなみのみことだけでなく、わざわざ男性生殖器、女性生殖器として月よみのみこと、くにさづちのみことが書かれている。つまり生殖器が存在しているという事なので、これは多細胞生物の有性生殖を表しているということだ。単細胞生物にとって有性生殖はどれほどの意味があるのかと考えると、わざわざ月よみのみこと、くにさづちのみことを仕込む事を書いている事が、多細胞生物として有性生殖を始められたことがうかがえるし、だからこそ生命は絢爛たる進化を果たせたのだ。
しかしこういう細かい表現が「元の理」が真実の話であるということを痛感させる。多細胞生物の有性生殖だからこそ、「性」はとても重要になるのだと思っている。
わざわざ多細胞生物のことなんだとわかるように書かれていることが、教祖の時代から未来に現れる「元の理」の真実が理解出来る未来の人間に宛てたメッセージのように思う。
教祖からのメッセージを受け取ったんだと思うと心が震えてくる。
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