魂の特性
マザーテレサの言葉に
「思考に気をつけなさい。それはいつか言葉になるから。」
「言葉に気をつけなさい。それはいつか行動になるから。」
「行動に気をつけなさい。それはいつか習慣になるから。」
「習慣に気をつけなさい。それはいつか性格になるから。」
「性格に気をつけなさい。それはいつか運命になるから。」
という名言がある。
もう何回も目にした事があり、大体の人は一度は目にしたことはあるだろう。
なんの事かと素通りしてきた言葉だったが、やっと最近になって理解できた。
人間には顕在意識と潜在意識がある。人間の行動や思考の癖の95%は潜在意識で占めているらしい。
この事実を知った時に、この言葉を思い出した。
思考も行動も95%はオートモードで動いている。呼吸をするのに、いちいち、吸う・吐く、といった事を意識しないように。
脳は、身体の中でも相当なエネルギーを使うらしい。なるべく省エネモードで過ごさないと疲れてしまうので、こういった事になるらしい。
そして、この「意識」というものの正体は医学でも解明できないらしい。脳の一部のどの部分がそういったものを生み出すのかはわからない。
先日、読んだ田坂広志先生の「死は存在しない」の本にも書かれていたが、例えるなら、鱗雲を解明しようとすると雲の性質を見ることになり、雲を詳しく見ると水蒸気を見ることになり、水を見ると水原子にたどりつき、鱗雲全体が見えなくなる様に、どうしても解明しようとすればするほど、全体が消えてしまうとの事が書かれていた。まさに木を見て森を見ず。
そして、僕の好きな養老先生の本にも書かれていたが、医学と言っても未だ人間の脳がなぜ、お酒を飲んで酩酊するかも、なぜ、麻酔薬で意識が無くなるかも解明はされていないらしい。科学はそろそろ限界に近づいている様な事も述べていた。
では、意識とは一体何かと考えると、やはり、「魂」じゃないかという考えが浮んでくる。
前にも書いた「命と魂」の話でいうところのエネルギー体が意識という事になる。
魂の特性をいうと、波動でありエネルギーという事がわかった。
波動であるという事は、おそらく振動しているという事。
それで色々と辻褄があいコトンと落ちた。
僕は和太鼓を打つが、この和太鼓の音は、人によっては身体中に響き渡ったという感想をもらう事がたびたびある。
和太鼓の響き、振動は、母親の胎内にいる時に聞く心臓の鼓動に近いとも聞く。
音の正体は振動であり、音の波動だ。人は良い音、心地よい音楽、乗れるリズム、音の波動を浴びると感情が動く。そして、当然、言葉も音の波動だ。感情が動いた時っていうのは、まさに魂が震えた時だ。
これぞ魂が波動である証拠じゃないかと思う。
そして、波動は共鳴する。
良い波動を浴びると良い波動を生み出し、逆に悪い波動にも共鳴してしまう。
自分が心地よい人と思う人の側に居ると穏やかになり、心地悪い人といると魂がざわつく。
長年、太鼓を打っていて現実に感じる事だけど、打っても響かない太鼓もあるように、何をしても何を言っても響かない人も存在する。
こういう人は、言葉を選ばず言うと、もしかしたら魂が死んでいるのかもしれない。
全ての物資は「波動」であり「エネルギー」である。
それは、人以外にも動物や植物、無機物にも当てはまる。自分の魂が喜ぶ「波動」に触れ「共鳴」する事が「魂」を磨くという事に繋がるのではないだろうか。
良い「波動」「エネルギー」を持っている人や物と一緒に過ごし、魂が喜ぶ波動を浴びて魂を磨き続けたい。
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