年越しライド(皮算用の締め作業編)
はぁい、B面だよ。
年越しライドの記事、書き始めたらめっちゃ長くなっちゃった。今回は覚えている限りにあった出来事を話すよ。年越しの話も今回が最後、長いぜ!
取らぬ狸はこちら。↓
走行記
21時37分に御坊駅に到着。トイレに行って輪行解除。さて走り出すか、と思った矢先にスピードセンサが赤ピコしてる。サイコンはデータを拾ってはいるから瀕死の状態なのだろう。そしてリアライトが1つ点かない。思い返してみれば前回走った後にリアライトを切った記憶がない。充電式のほうはあらかじめ充電してきたが、ボタン電池のほうはチェックをすっかり忘れていた。
幸いなことにスピードセンサもリアライトも CR2032 である。駅前のローソンに水を買いに行くついでに CR2032 を 5 つ買い込み電池交換。かくして予定出発時間より17分ほど遅れてスタートする。
御坊・印南
御坊市内は日高川の堆積平野になるので平らでとても走りやすい。が、いきなりミスコースをして Garmin に怒られる。えっちらおっちら元の道に戻って正しい道を進むと高専が見えてくる。建物にちらほら明かりがついているのを見ると卒業のかかった何かがあるのかな、などと思ったりもする。
印南は特に何もなく抜けて南部。ファミマで休憩。うっかり糖質オフの補給食ばかり鞄に詰めてきてしまったため、オールドファッションを買う。ついでに足先が寒いのでミニカイロも買う。タイツとソックスの隙間にねじ込んでおくがあまりあったかくない。というか外が寒すぎる。運動量を上げればあったかくなるという原理に則り、鞍上の人となる。
田辺・白浜
田辺の「市民球場前」の交差点を右に曲がってしまうと天神崎に連れていかれる。注意ポイントではあるので写真でも撮ろうと思ったがうっかり通り過ぎてしまった。このあたりで海のほうを見ると、遠くに花火が上がっているのが見えた。これは白良浜でのニューイヤー花火なので、日付が変わったのだろう。
田辺港線に入れば急にモダンな街並みが始まる。いや、モダンってよりかは観光地的な街並みというほうが正確か。その街並みも新年に飲まれて静まり返り、道行く人はみな寺を目指し、その寺からは鐘の音が聞こえてくる。正直怖い。ホラーゲームのような趣がある。
一瞬混ざって鐘を撞こうかとも思ったけど、その行列の長さを見て諦めた。今煩悩を払えば初日の出にたどり着けまいて。
紀伊田辺の駅を横目で見ながら通り過ぎ、そのまま進み続けると田鶴の交差点に出る。ここの交差点は田辺バイパスとの交差点であり、車線も多いし交差点も大きいし、横断歩道も多い。初めて通った時には行きたい方向へ行くのに難儀したものである。
田鶴を過ぎればしばらく登りが続く。途中に和歌山銘菓「かげろう」の工場などの看板が出てくるが、生憎夜中にしか走らないもので開いているところを見たためしがない。対向車線の交通量が多いのはおそらく花火を見た帰りの車だろう。
そして曲がり角を曲がり、白浜駅方面へショートカットする。だらだらとした登りを超えて進めば白浜駅。ここから先は 2 ヵ月前に走った道なのでよく覚えている。そっちの記事も早いこと潮岬までたどり着かねばならないなぁ、とか思いながら走ってると、だんだん左手が辛くなってきた。そう、GRX のシフトアップの硬さである。
余談
家には今 3 台のロードバイクがある。そして、全部 11s にしてあるが、Jamis はそのほかと違い、105 と GRX のミックスコンポである。ちなみに Propel は フル 105、Intenso はクランク以外 105 である。
行きつけの自転車屋の店長に言うと、最近はシマノがバネを固くしているし、GRX はグラベル用のコンポだから輪をかけて硬くなっているよ、と教えてくれた。なのでシフトアップをしようとすると 105 の純粋な組み合わせよりパワーを使うのだ。そして人間は腕を曲げる力より内旋・外旋の力は弱い。なので疲れがたまると FD を動かす度に手の筋が悲鳴を上げる。これが辛い。この記事書いてるときに比較で握った Propel の軽さに感動した。
ちなみに 105 の純粋な組み合わせで 46‐30 を使いたい人は Sugino の OX2-901D とかがあるよ。お値段は GRX の 4 倍ぐらいするけど。
諦めと寛容、白浜からすさみ
フロントの変則を諦めて、面倒な坂は押して歩く。純粋にシフトの感覚をつかめていない部分もある。スプロケを 11‐32 にしたほうがいいのかも考えるべきか、などと思いつつも進んでいく。
そういえば前回もちょうど上弦の月だった。いい感じの写真を期待して下った先はきれいな眺めだった。
綺麗な景色を楽しみながらも進む。歩くところは歩き、踏めるところは踏む。どうせ時間に余裕はあるのだ。安全に越したことはない。
で、だらだら走っていれば、イノブータンランドすさみまで来ていた。ここ、下りでスピード乗り切ったところにあるから入るのに少し勇気がいるんだよな。低糖質のチョコバーを泣きながらかじる。なんで低糖質なんだよ。ハンガーノックになるじゃん!
さて、危惧した通り、なんか胃のあたりの感覚が変である。あっためれば治るかとも思ったものの、そんな素振りもなく、違和感が続く。糖質は取っているのに、とか思うものの完全に違和感が A 面が以前話していたそれである。そう、ハンガーノックだ。となると何かしら食べるに越したことはなく、この先の補給ポイントは1か所しかない。
串本、暖かいごはんとやかましい車
まだかまだかと思いつつ、幾つかのアップダウンを乗り越えてローソン串本町富岡店へ入る。大阪方面から潮岬を目指すと、ここが最後のコンビニとなるため、うっかりここを通り過ぎようものならえらいことになる。
何を食べるか考えつつ、とりあえずポカリスエットを手に取る。冷えているものしかないが、ぬるいものもそれはそれで美味しくないので我慢するしかあるまい。暖かいスポドリはいつになったら作られるのだろうか。
固形物を腹に入れたほうがいいが、どうせなら暖かいもののほうがいい。気分としてはペペロンチーノとか食べたいが、弱っている胃腸にはあまり優しくないだろう。ここは長距離ライドの伝統に則って (そんなものはない)、おとなしくカップヌードルのカレーを食べることとする。大体ブルべ勢は 400Km を超えるとカップヌードルを食べてるイメージがある。
お湯を注いで店外ですすっていると、遠くからけたたましい排気音が聞こえてくる。おそらく初日の出を見に来たやかましい方々だろうな、とか思っていたら、その通りの車やバイクがぞろぞろと駐車場に入ってくる。
これは早いこと食べてずらかった方が後から追っかけられなくて済むかなぁ、なんてことを考えていたら、みんなおんなじことを考えていたのか、店内にいた客の 3 割程度が店から出てきて、そのまま車で走っていった。確かに後ろに着かれたらうるさいもんな。
どうせこの人たちは潮岬方面だろうし、串本市街を抜けるまでのマージンさえあれば何とかなるでしょ、と思い直してカップヌードルをすすり、ポカリスエットを飲み干す。胃が暖かいし、不快感もなくなった。やはりご飯を食べるのは大事である。店の中でモノを選ぶやかましい人達を横目にグローブを履き、また走り始めた。
ちなみにコンビニから串本市街までの途中に「シーマンズクラブ」という施設がある。いたってまじめな団体なのだろうが、どうしてもその名前から人面魚が出てきてしまう。今回もそれでちょっとだけ笑ってしまった。
進み続けて民家が見えてくる串本市街。潮岬西入口の交差点をそのまま道なりに進み、潮岬をパスする。どう考えても潮岬のほうが初日の出人口が多そうである。が、東側の展望がそこまでよくないので紀伊大島を目指すのだ。そのまま進んで潮岬東入口の交差点を右に曲がる。前回は日が昇った明るい中を北へと進んだが、今回は暗い中を南へ進んでいく。海沿いを走り浅海の交差点から橋に入る。浅海とかいて「せんかい」と読むらしい。この橋を渡り切れば紀伊大島である。
暗い海の向こうには串本市街の明かりが見える。きれいだな、と思いつつも、これから走る紀伊大島の登りを考えてややげんなりとしていた。
登って下って紀伊大島
串本から紀伊大島へは橋を使って渡る、とさっき書いたが、厳密には2つの橋を渡ることとなる。2つまとめて「くしもと大橋」と呼ばれているが、串本と紀伊大島の間にある苗我島でループしながら高度を稼ぎ、そのままアーチ橋で紀伊大島へと繋がる。ちなみに上の串本の写真はループ橋で撮ったものである。
このループ橋へのアプローチの歩道をのんびり走っていると、車道側をかっ飛ばしていくロードバイクが見えた。同好の士と思いきや、やや趣が違う。
上半身には反射ベスト、荷物はミニマムでそれなりの大きさのサドルバッグやフロントバッグを使い、フロントもリアもライトは2つ。
どう見てもブルベ勢である。
「え、新年早々ブルベとかあるんか?」と思いながらも負けじと踏もうとするも流石に鍛え方が違う。追いつけるものではない。やはりあの人たちはいい意味でおかしい。足の疲労もあるため、バイクを押し歩いて筋肉に刺激を入れる。
2 つの橋を越えればそこからはアップダウンしかない。この島の道路には兵站という概念がないのだ。少しだけファイナルローあたりをうろうろするもやはり押し歩く。ギアの感覚が全くわからない。ぶっつけ機材の弱点である。とか言っているとまたしてもブルベ勢に抜かれた。今回は頑張って食らいついてみる。
途中までは良かったものの、やはり踏めるギアが違う。ケイデンスは近くてもじわじわと離されるのだ。なんとか串本町須江の交差点まで行くも、交差点を曲がる頃にはリアライトすら見えなくなっていた。
須江の交差点からはしばらく下りである。途中、空自のレーダー基地などを通り過ぎれば、またしても登り。むべなるかな、下った分だけ登らねばならぬ。時間的余裕もあることだし、押して歩く。何もロードバイクに乗っているからと言って乗り続ける必要はないのだ。色々と怒られそうだけど、シクロクロスは降りて走って乗るがテクニックとして重要だし、なんならツールドフランスでもフルームは走ってた。←
なので、歩いたっていいのだ。
なんて負け惜しみをしつつ歩けばまたしても頂上を過ぎて下りに。ここあたりまで来ると民家も無く自然に囲まれている。やや怖い。ダウンヒルをこなし、路駐する車の横を通り抜ければ樫野崎である。
こうして距離にして約 120km、時間にして 8 時間超のナイトライドは終わった。あとはもう正直なところオマケである、初日の出すら。
樫野崎
ここから先はアスファルトでは無くブロック敷き。車の心配は無いため堂々と自転車を降りて歩く。ついでにブルベ勢について調べる。はたしてちゃんと見つかった。オダックス近畿の BRM1231 近畿 400km 松坂であった。一体どんなことをしていれば大晦日からブルベを走ることを許してもらえるんだ。家族峠とか無い人たちなのか?
ついでにキューシートを見たら樫野埼灯台がフォトチェックになっていて、次のチェックは潮岬のキャンプ場になっている。潮岬を時計回りに行こうとすると、そこそこ急な登りがある。やはりこの人たちはすごい。
周りを見渡せば、人が多い。こんな朝早くからご苦労なことだ。かく言う私も同じ阿呆であるからに、寒い中をわざわざ 120km も走ってここへいる。
樫野崎灯台の根元で写真を撮るブルベ勢に話を聞くと、やはり松坂 400km であった。ささやかなエールを送り、灯台の上へと登る階段が開いていないことを確認して、灯台の周りで写真が撮れそうな場所を探すことにする。
初日の出と麺類初め
うろうろしながら A 面に無事を知らせると、そのまま line がかかってきた。向こうも家の横を通る初日の出の足音に起こされたらしい。ダラダラと話しつつ場所を確保し、写真をパシャパシャと撮っていく。薄暮の空、昇り行く朝日。疲労の前には神々しさなど皆無である。早いこと何か食べたい。あいにく補給食は食べ切ってしまい何も無い。ひもじさに耐えつつ撮った写真が、ヘッダーの写真である。
太陽が地平の布団から這い出した後はもう用はない。混む前にズラかるのが優先である。人混みを掻き分け掻き分け、車の間を通り、さっきの道へと戻る。浅海まではおおよそ来た時と同じであり、登りはてくてく、下りはヒャッホーであった。串本まで戻れば中学生の集団の後ろを走り、本州最南端のコンビニで大盛りペペロンチーノを啜る。今年の麺類初めである。
イートインで隣にいたのも、駐車場でバイクの置き場所を譲り合ったのもブルベ勢であった。
ついでに食べながらくろしおのチケットを取る。この後は神戸の祖母の家へ行かねばならぬ。混み具合を考えるに日根野から関空、そして船を使って神戸に渡るのが空いているだろう。値段は張るが、お気に入りのルートである。
時間に余裕を持って駅へ向かい、記念撮影の後に輪行の支度をする。つい 1 ヶ月前には 2 人で準備していたが、今回は 1 人である。が、寂しくは無い。何故なら同好の士が 2 人ほどおり、それぞれが輪行の準備をしているからである。どこからとも無くやってきた人々が、各々同じことをしている、と考えるとなかなか滑稽だなぁ、と思いながら輪行準備をし、荷物をリュックへ詰め込んでいく。
その後
ホームに滑り込んだくろしおは 283 系、通称オーシャンアローである。制御式自然振り子機構を採用したこの車体は、紀勢線の速達化と引き換えに乗り心地を失っている。が、間に合うように神戸に行くにはこれしか無く、素直に乗り込む。
振り子式の乗り心地の悪さもなんのその、瞬きをいくつかしている間に日根野へ着く。そのままホームを渡り電車を乗り換えればそこは関空。そして船に乗り神戸空港へ着く。この航路も昔はジェットフォイルだったことを思えば、ただの高速艇になったからこそ輪行に使えるのだなぁ、としみじみ思う。
神戸空港で自転車を組み立て祖母間の家へ。そして年賀の挨拶の後はほぼ終点で三ノ宮から和歌山へまたしても輪行。神戸線の遅れはあったものの、なんとか最寄りまで帰ってきましたとさ。
ちなみにこの大移動の結果、約30時間で3回の輪行と4回の輪行解除をした。これは新記録になった。願くば更新されぬことを。純粋にしんどいんや……。
オマケ
ルートなどはこの動画を見ていただければわかりやすいかと。