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いくつになっても子を想う親心に涙した話



私が訪問鍼灸で担当していた利用者さんに100才の豆太(仮名)さんがおられました。

100才ですが認知症もなく頭はシャンとされていて、高齢者施設で暮らしておられます。娘さんのご依頼で腰痛治療と、施設生活で足腰が弱ってしまわないようリハビリも併せてご依頼いただいており、週に一度訪問し鍼灸施術と下肢筋力トレーニングを実施していました。

ちょいちょい過去形になっているのは、そうです。今はもう訪問をしていないからなのです。ただ、安心してください。ご健在です。

今日書かせていただくのは、まさにその訪問終了に至ったエピソードです。

思い返すと、豆太さん、ちょくちょくお金の心配をされており、そんな話を定期的に口にされていました。

介護付きの高齢者施設はそれなりに利用料金がかかります。毎月結構な金額が必要で、施設に支払う料金に加え、それ以外に出ていく毎月の諸経費もしっかり把握されておられました。

入居されたのは2年程前で、当時98才だったため生きてもあと2〜3年程だろうと思っておられたそうです。サラリーマンだったので退職金やそれまでの貯金を老後の資金として置いておられたそうですが、奥様が脳梗塞になられ何度か入退院を繰り返されるうちに結構な額が出ていってしまったそうです。

そして98才と高齢になり、独居を続けるのはさすがに困難だと判断され、自宅を手放しそのお金と手元に残っていたお金で高齢者施設に入られ、そこを終の住処とされたとのことでした。

ただ、思いのほか長生きでいつまで経っても寿命が尽きず、徐々にお金が最後までもつかが心配になっておられるようでした。

訪問鍼灸は保険適用なので1回の料金は約4000円の1割負担で400円位(負担割合は人によって異なります。豆太さんの場合は1割でした。医療保険の割合です)なんですが、チリも積もればでそんな出費も資金切れを心配されている身には負担に感じておられるようでした。

「もう今月でやめようと思っています。お世話になったのにすいません」

豆太さん、ある時そう仰いました。その旨ケアマネやご家族様とも相談したところ、娘さんは「そんなこと心配しなくても私たちが払うから、それよりも元気で長生きしてほしい」とのご希望でした。娘さんのお気持ちはすごく理解できます、私も自分の親ならそう思います。

一度はそれでリハビリをやめるという話はなくなり、そのまま引き続き訪問は続けていました。それから数ヶ月が経ち、また同じような話を豆太さんから聞くことになりました。

ただ、前回とは異なり、今回はもっと腹を括っておられ静かながらも淡々と語られる話に、腰の施術をしながら涙がこらえきれなくなりました。

それはこういう話でした。

「私はサラリーマンでした。しっかり勤め上げそれなりに退職金も貰え、またそれまでに蓄えておいた貯金も合わせると⚫︎千万程ありました。ただ、妻が脳梗塞で入退院を繰り返し、差額ベッド代で結構な額を支払うことになりました。それでもまだ⚫︎千万は手元にあったんです。」

ここまでは既にご紹介した内容と同じです。ただ、ここでは伏せていますが、リアルに金額も教えてくれました。この後に出てくる毎月の支払いもリアルな金額を教えてくれています。そのことからも現状を理解してほしいという切実な気持ちが伺えました。

「私は家を売って、その売ったお金と残りの貯金でここに入ることにしました。2〜3年程度だろうと思っていたのでその位なら支払えると計算して、最初に保証金を払わないで入る毎月の料金が少し割高な方を選んだんです。」

施設への入居の際に支払い方法にはいくつかの選択肢があるようです。豆太さんは最初にお金はかからないけれども毎月の料金が少し高い方を選んだという話でした。

「今、思うと保証金を払っておけばよかったんですが、こんなに生きるとは思わなかったんです。毎月諸経費を含めると⚫︎十万ずつ出ていっています。残金は残り僅かになってきています。もう私は長生きしたくないんです。だから、看護師さんに薬ももう全部止めてほしいとお願いしました。このリハビリも今月で終わりにしてほしいんです。娘たちは自分たちが支払うからお金の心配はしなくていいと言っていますが、娘の夫もサラリーマンです。娘夫婦も自分たちの老後の資金を残しておかなければいけないんです。1人2000万は最低でも必要です。2人で4000万いります。孫のことにもお金がいるでしょう。そんな娘たちの大事なお金を私に使わせたくはないんです。リハビリを続けた方が良いことはよく分かっています。これまでよくしていただいて感謝しています。どうかよろしくお願いします。」

全てをしっかり理解されておられ、ご自身の判断で決意を固めておられ、これ以上もう私から申し上げられることなど何もなく、ただただ頷くだけで精一杯でした。

上司に報告し、どうするのが良いと思うか聞かれましたが、ここまで判断力がしっかりしておられ強い意志が感じられる以上、私としては

「ご本人様の希望通りにして差し上げたいです。リハビリを続けないと足腰が弱り歩けなくなるリスクなどもしっかり理解しておられるご様子でした。それでも尚、金銭的不安を抱え、また娘様ご夫婦の負担になりたくないと思っておられます。もちろんご家族様の希望や判断はまた異なるでしょうが、そこはご家族で話し合っていただくと良いと思います。私個人としてはご本人様の意志を尊重して差し上げたいです」

という回答でした。

その後、娘さんもケアマネも本人の強い意志を尊重する形でリハビリ及び訪問鍼灸の訪問は終了となりました。

豆太さんからはいくつになっても親は親で、子を想う深い愛情を教えていただきました。

豆太さんが最後の時まで健やかに過ごされることを心から祈り、応援しています。


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