仙波純一先生の最新刊 『ガイドラインにないリアル精神科薬物療法をガイドする』 発刊に寄せて
まれな疾患に出会ったら。特殊な状態に出会ったら。
ガイドラインや教科書には書かれていない状況が精神科のリアルな臨床では次々起こります。どうすればいいのか、その都度調べている時間もない。そんな先生方にうってつけの最新刊が大好評です。
精神科臨床になくてはならない1冊。
刊行にあたって、序文をシェアします!
序 文
精神科臨床では心理社会的な治療法と薬物療法のいずれもが重要である。とはいえ,定式化された心理社会的な治療法には,時に高度で洗練された技術が治療者側に求められ,時間や費用もかかるため,特に現実の外来場面では,限られた患者に対してしか適応できない。もし,両方の治療法が同じ効果を持つとすれば,医療経済的にも経営的にも(?)薬物療法のほうが有利である。このようなわけで,わが国では精神科の治療法として,薬物療法が主流となっている。しばしば患者から,精神科の担当医は「薬ばかり処方して,話を聞いてくれない」といわれる所以である。
筆者はこのような「精神科における薬物療法偏重」に決して与するわけではないが,もし薬物療法を行うのであれば,その効果と限界について十分理解しておく必要があると考えている。薬物療法がもし,心理社会的療法よりも圧倒的に劣っているのであれば,薬物療法を行わないほうがよいであろう。もし同等であれば,患者の好みや自分の精神療法のスキルを勘案しながら,どちらかを選択し患者に提案する。もし薬物療法のほうが効果に優れるのであれば,患者によく説明した上で薬物療法を選択すべきであろう。このときには,治療の目標をどこに置くか,薬物の選択,投与の方法,投与期間,中止の方法などについて,患者とよく話し合う必要がある。
それでは,ともかく薬物療法を開始するとしよう。そのときに薬の選択や投与法など具体的にはどうしたらよいであろうか。それについて質のよいエビデンスがあるのならば,それに基づくべきであろう。実際,わが国でもいくつかの代表的な精神疾患(統合失調症,うつ病,パニック症,睡眠障害など)に対してはすでに学会が治療ガイドラインを公表している。しかし,まれな精神疾患やよくみられる疾患ではあるが特殊な状態に対する薬物療法には,質のよい臨床試験が乏しいためか標準化された指針がない。その場合は,良くも悪くも精神科医個人の好みに任されてしまう。本書ではこのような疾患や状態に対して,もし薬物療法を行うのであればどうすればよいかに答えようとしたものである。
本書は,現時点で得られる内外のエビデンスをまとめ,処方者のガイドとなるように薬物療法の工夫を提案したものである。よくいえば,やや個人の意見が入った記述的レビューのつもりである。すでにわが国にも治療ガイドラインが発表されているような疾患,すなわち重症の総合失調症や気分障害などは入院治療となるために,ここでは敢えて取り上げていない。本書で採用した疾患は筆者が今まで主として外来で遭遇し,まれであったり特殊であったりしたために,一般的な治療法が未確立で,しかたなく自分で治療法を調べたものがもとになっている。
本書は,基本的にエビデンス重視で書いているつもりである。Evidence‒based medicine(EBM)の限界についても承知している。しかし,個々の患者に治療法を提示するときには,その治療法のエビデンスの強さを知っていることが前提である。そこで,できるだけ国内外の文献を調べて,系統的レビューやメタアナリシスなどがあれば積極的に紹介した。疾患によっては治療ガイドラインがさまざまな団体から公表されていることもある。これらについても,引用文献として示している。いわゆる質のよいエビデンスがほとんどない場合などは,断った上で私見を述べている。「…であろう」とか「…と考えられる」などと記述しているときには,筆者の判断であると解釈してもらいたい。また,適応外使用になることも多いので,患者や家族への説明方法も記述した。別の章で適応外使用とそれに伴い想定される副作用の注意点もあげることにした。
以上は,薬物療法についてであるが,もちろん筆者はすべての患者に対して,ただ自動販売機のように薬物を処方しているわけではない。ちなみに,筆者が目の前の患者に対して,薬物療法の効果はほとんど期待できないと判断した場合はどうしているかについてお答えしよう。その場合,薬物はもちろん投与しない。筆者は認知行動療法については書物を読んだり講演で聞きかじったりした程度で,精神分析は理論を聞いてもよくわからない質なので,どちらも本格的に行う自信も資格もない。やっているのは十分な疾患教育(つまり,病気の仕組みや症状などについての説明)と「なんちゃって行動療法」,さらにはごくごく常識的な(良識的なといいたいところであるが)アドバイスや患者の置かれている環境の調整などである。それでうまくいっているかどうかは,自分の口からはなんともいいづらい。すくなくとも「名医の処方」などはしていないことだけは確かである。
本書の利用によって,少しでも読者の薬物療法に参考となれば幸いである。
2021年春
仙波 純一