主治医の美学 新見正則
外科医の美学、それは手術の腕前だよ
僕が外科医になったころ、
ひたすら手術が上手な外科医になることが
僕の美学でした。
朝から晩まで手術前後の患者さんを診て、
手術には渾身の力を込めて参加しました。
なんとしても上手な外科医になりたかったのです。
朝6時前後から深夜まで
そして週に何回も泊まり込むことも苦痛ではありませんでした。
それが外科の主治医としては当然の振る舞いだと思っていました。
そしてそんなにがんばっていたのに当時は無給でした。
いまから思えば奴隷のような生活でしたが、
それが不思議なことに苦になりません。
必死で取り組み、手術はみるみる上達しました。
最初は先輩の手術をひたすら真似ることを心がけました。
ともかく徹底的にパクったのです。
何でもできる医師に憧れて
何でもできる外科医になりたいと思うようになりました。
医師になって4年目、食道外科を希望しました。
しかし、同級生で食道外科を希望する者が他に3人いました。
定員は3人。
なんとくじ引きで選考します。
そして僕は予想通り?クジに負けました。
それなら血管を扱える外科医になれば、
何でもできるようになると思って、血管外科へ進みました。
血管外科に進んだ以上、ともかく後悔しないように必死に精進しました。
1990年前後はまだまだがんの薬物療法や放射線療法は普及しておらず、
「外科手術が患者さんの予後を決定する」と誰もが思っていました。
ですから、手術時にできる限りがんの病巣を取り去ること、
つまり拡大手術が患者さんのためになると考えられていたのです。
「手術は上手く行ったが、残念ながら亡くなった」
先輩医師はそんな風にちょっと自慢気に語っていました。
僕はそんな会話にちょっと違和感を覚えましたが、
手術さえ生き抜けば命が長らえるのかな、と思ったりしていました。
そして10年、今度はサイエンスだよ!
そして、10年。
僕は外科医をやめて突然にサイエンスをやりたくなりました。
偶然にもオックスフォード大学博士課程に留学する機会に恵まれました。
多数の応募者から僕が選ばれた理由は、
なんと血管外科で沢山の業績を出したからでした。
何が幸いするかわからないと思った瞬間です。
マウスの主治医になるなんて
オックスフォード大学博士課程では、マウスの主治医でしたよ。
人の診療は一切行わず、ひたすら免疫学の実験に没頭しました。
移植免疫学の研究室でしたから、モデルはマウスの心臓移植でした。
ここでも精進を心がけ、手術は30分で終了、成功率は99.5%を超えました。
つまり200回に1回失敗することがあるという成績でした。
当時は、マウスの心臓移植は世界一上手いと思っていました。
当時のビデオ画像は今でも、世界中から閲覧希望があります。
マウスの主治医としての美学です。
オックスフォード大学での5年の留学を終えて帰国しました。
オックスフォード大学ではものの考え方を学んで来ました。
オックスフォード大学博士課程を修了すると
Doctor of Philosophyという学位を授与されます。
日本語に訳すと「哲学博士」。
ものの考え方の素養が身についたという証と僕は思っています。
セカンドオピニオンは主治医を否定?
帰国し、免疫学の研究室を立ち上げ、血管外科・腫瘍外科の臨床を行い、
その合間に日本初のセカンドオピニオン外来を始めました。
第三者の意見を聞くという当時ではあり得ないことを始めたのです。
主治医の美学をある意味、否定することでもありました。
セカンドオピニオンはすでに欧米では当然の権利でしたが
日本ではまったく理解されていませんでした。
「お前はいずれ潰される!」と脅されたこともありましたが、
幸い生き抜きました。
俯瞰的な視点がよしとされる時代に
セカンドオピニオンをOKしない医師は自信がない証拠、
セカンドオピニオンがない病院は3流病院という流れになりました。
俯瞰的な立場から、ある意味主治医の美学を極めることができたと思っています。
セカンドオピニオンでは、どうにもならない症状も相談される
セカンドオピニオンではいろいろ相談されます。
いろいろなオプションを提示できる主治医になりたいという思いで
いろいろな勉強をしました。
漢方もそのひとつ。
結局漢方にはまって20年が過ぎました。
あるとき、生薬の1つ、フアイアが
世界初の抗がんエビデンスを獲得するという快挙がありました。
がんの手術後の生存率を改善させるもので
副作用がないものなどあり得ないという常識を
フアイアが翻しました。
患者さんの価値に合わせて、患者さんと一緒に
今、僕は抗がん生薬、フアイアの啓蒙に励んでいます。
そして、がんの患者さんの相談にのっています。
若い頃は手術で1日でも長く生きてもらうことが自分の使命と思っていました。
しかし、今では最優先は個人の価値観と思うようになりました。
「手術をしたくない」「抗がん剤をしたくない」「放射線治療は嫌だ」
患者さんの率直な訴えがあります。
僕は、そんな訴えもまずは受け止めることにしています。
そして、「がんは何年も罹って見つかるようになったんだから、ここで無理に慌てる必要はないですよ。しっかり納得して加療をしましょう」と言い添えています。
そんな話をすると明らかなエビデンスがある標準治療を選ぶ方が多いのです。
主治医の仕事は、自分の価値観を強制せず
患者さんと一緒に人生を歩むことと思う今日この頃です。