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場に潜在する力を読み 庭として象る─針原成吉 (作庭家)

京都大学平田晃久研究室と京都の建築学生,新建築社で,建築学生のための拠点づくり「北大路プロジェクト」をスタートさせました.その思考を広げるため,学生によるさまざまな専門家へのインタビューを行い,連載として紹介します.
第3回は作庭家の針原成吉さんにお話を伺いました.ご自身が関わられたふたつの庭(四条大宮S寺の庭園,本法寺庭園「巴の庭」)を見せていただきながら,「北大路プロジェクト」における庭のあり方を考えていきます.
インタビューの聞き手は,平田晃久さん(京都大学 准教授),天野直紀さん,丹羽健一郎さん(京都大学 平田研究室M2※),大須賀嵩幸さん,志藤拓巳さん,吉永和真さん(同M1※).※所属はインタビュー時のもの.



目次
●庭における自然なものと抽象的なもの
●美は計算できないところにある
●京都という庭の中で建築を考える

本法寺にて行われたインタビューの様子.
左から吉永さん,針原さん,平田さん,天野さん.

庭における自然なものと抽象的なもの

──針原さんは11代目小川治兵衞氏と重森三玲(1896~1975年)の弟子である齋藤忠一氏に師事されていますが,その経験は現在の作庭にどのように生かされているのでしょうか.

針原 小川治兵衞と重森三玲の庭は,それぞれ自然なものと抽象的なものの代表例と言えます.小川治兵衞というのは江戸時代より続く日本庭園の作庭家のことで,特に7代目(1860〜1933年)が多くの名勝庭園を残しています.小川治兵衞の現存する庭は面積が広いものがほとんどです.それは,狭く小さな空間の中で自然な広がりを持った石組や景色をつくろうとしても,高低差に乏しかったり,景色の変化をつくることができないからなのです.一方,重森三玲の場合は,狭い空間でも石1個に抽象的な意味を込めることができます.しかし,広い庭を重森三玲が手掛けた場合,テーマが非常に高尚で思索的であり,見る人の能力が問われるので,すぐに理解することが難しいように思われます.両者に師事することでそれぞれのよいところを学ぶことができ,対応できる幅が広がったと思います.
たとえば重森三玲の抽象的な作庭を学んだことで,お寺などのコンセプトのある場所でも庭をつくることができるようになりました.今回ご覧いただいた四条大宮S寺の庭園もそうですが,寺にはそれぞれ信仰する宗派の教義があり,作庭にはコンセプチュアルな要素が求められます.仏教には教義を絵に表す「絵解き」という文化がありますが,庭で絵解きを行うこともあるのです.この庭では,白い橋を渡って極楽浄土に行くという教義を実際に橋を渡って体験してもらうというコンセプトで庭づくりに取り組みました.橋の手前ではわざと石をガタガタに並べて渡りにくくして,橋の向こうでは歩きやすく石を並べて変化をつけ,苦難に満ちた人生と,それを越えた先にある極楽浄土をそれぞれ見立てて表現しています.

四条大宮S寺の庭園.

最近では,海外でも抽象的な庭を手掛けるようになりました.誰にでも分かりやすい自然趣向で取り組んでいた頃もあったのですが,彼らは禅などの日本思想に理解が深いので,その思想を込めて抽象的に庭をつくると喜んでくれます.

大須賀 現代に生きている私たちはあまり信仰を意識することがありませんが,庭を見ることで宗教に触れることができるのはよいなと思いました.

吉永 宗教の教義に即した庭の表現があるのですね.「北大路プロジェクト」でも,そこで人が集まって起こることに対して,どんな場があり得るかを考えていきたいです.


美は計算できないところにある

──針原さんは,作庭だけでなく既存の庭の保存や修理も手掛けられています.今回拝見した本法寺庭園「巴の庭」もそうですが,どのようにしてもとの作者の意図を読み取っていくのですか.

針原 いわゆる庭づくりの名人と呼ばれていたような人びとは,先人たちの作庭した庭に影響を受け,それを参考にして写すことで庭をつくっていきました.私の場合もまずスケッチなどで庭の現状を写し取り,当時の作者の意図を読み取るところから始めます.
今回ご覧いただいた本法寺庭園「巴の庭」は,本阿弥光悦(1558~1637年)作庭で,当時の庭園を示した絵図が残っていたので,みなさんにはまず塗り絵をしていただきました.過去の絵図を基に,現在の庭の様子を塗り絵で表現することで現状と過去の比較ができ,庭の立体感もよく分かります.樹木の寿命は200~300年くらいですから,庭の様子は絵に残されているものとは変わっています.対して,石組は永く残りますから,石をいかに見せるかを考え,保存・修理に取り組みました.

本法寺庭園.本阿弥光悦の作庭とされ,「巴の庭」として有名である.
国指定名勝.


自分で作庭する際も,材料の石を選ぶことに最も時間をかけています.いちばんやってはいけないことは,材料をためてしまうことです.自分がこういう石を持っているから次にどこかで使えるかもしれないと考えてしまうと,その庭のために使うべき石をきちんと選定できていないことになります.材料を材料として見られるかが重要ですね.一方,植物はコントロールするのが非常に難しいです.植えて成長させても,最終的にどうなるかは育つまで分かりません.なるようにしかならないので,そこは自然に任せるしかない.しかし,植物は計算できないところが美しいのだと思います.われわれにできることはつくる対象に誠実であり続け,材料と向き合うことです.しっかり材料を選んで根幹さえ決めておけば,コンセプトも自分の思いも変わらないので,あとは自然に合わせてつくっていけばよいのだと思います.

天野 計算できないことが美しいというのはおもしろいなと思いました.「北大路プロジェクト」でも建築のフレームワークを整えて,そこで起こることは自然に任せてしまうような庭的なつくり方ができたらよいなと思います.

針原 それがまさに今建築家に求められている仕事なのではないでしょうか.海外で作庭をする際に,自分で完璧に決めていたはずの石組が,たまたま施工する人が少し適当だったためズレてしまった経験があります.それは不自然だけど自然なことで,傾きが少し変わるだけで石の表情は大きく変わりますから,緊張感があるはずの石組がやわらかくなったりしておもしろいなと思いました.

平田 「北大路プロジェクト」では,実際にシェアハウスに住む人たちが中心となって運営していくので,そこで起こる活動と一緒にかたちをつくっていけるのではないでしょうか.今まで建築は先にかたちをつくり,固定されて動かないというイメージがありましたが,これからは庭の考え方のようにかたちとそこでの活動をやわらかく結びつけていくことに可能性を感じています.庭ではコンセプトや考え方は保存されているけど,時間が経つことで実際に生えている植物は変化していく.抽象度の高い枠組みがある種の自然さを許すというあり様は新しい建築を考える手掛かりになりそうです.


京都という庭の中で建築を考える

──針原さんはさまざまな立場で庭に携わられていますが,今後京都で活動されていくにあたってどのようなことをお考えですか.

針原 庭はつくりっぱなしではなく維持することが大切なので,施主にメンテナンスの仕方をなるべく伝えるようにしています.やはり管理者やずっと手入れしてくれる人がいないと,庭はよい状態を保つことができません.さらに,庭を維持するには資金が必要です.京都に来たら何を見に行くかと言えば,やはり古いお寺や古い庭でしょうから,観光の仕組みなどを取り入れてその資金をうまく捻出していくことも考えられると思います.
また,これからの京都には宿泊施設や観光施設が増えていくと思いますが,庭がその付属品として鑑賞するためだけでない意味合いを持ってほしいですね.

大須賀 鴨川や京都御所など,京都には庭のような空間が多く点在しています.鴨川を庭のように取り込んだ「ザ・リッツ・カールトン京都」(『新建築』2014年5月号)のように,建築と自然の関係にはまだまだ可能性がありそうです.

針原 確かにもう少し広い視点で見ても,京都は山に囲まれて,水が流れていて,ロケーションとしてもとても素晴らしいのです.鴨川の水がきれいなのもすごく恵まれていることだと思いますよ.しかし,京都御所の周りを歩いてみると意外に緑が少ないのです.それは,やはり自然や庭的な緑の存在を御所に任せているからなのでしょうね.

平田 京都はグリッドの中に庭があるともとれるし,周りの山をも庭と捉えることもできるんじゃないかと思います.日本建築の特殊性を言う時に,庭との関係性を考えることは欠かせませんね.

志藤 「北大路プロジェクト」も庭のある住宅を扱っていますが,特に通りに面した庭のあり方は議論の的になっているところです.今回お話を伺って,庭のつくり方だけでなく建築や場のつくり方についても,活かせる部分がたくさんあり,より広い視点で考えていきたいと思いました.本日はありがとうございました.
(2017年2月28日, 本法寺にて 文責:平田研究室)




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