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保育施設,「平面以外の工夫」と「子ども以外の工夫」─『新建築』2018年6月号月評
「月評」は『新建築』の掲載プロジェクト・論文(時には編集のあり方)をさまざまな評者がさまざまな視点から批評する名物企画です.「月評出張版」では,本誌記事をnoteをご覧の皆様にお届けします!(本記事の写真は特記なき場合は「新建築社写真部」によるものです)
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評者:饗庭伸
●「平面以外の工夫」と「子ども以外の工夫」
●「平面以外の工夫」─むく保育園,Fuji赤とんぼ保育園,認定こども園 りのひら
●「子ども以外の工夫」
─林業との関係─認定こども園 めごたま,にしあわらほいくえん,佐川町立黒岩中央保育所,わかたけ保育園
─風景との連続─城西小学校屋内運動場・幼稚園・児童クラブ,すばる保育園,まちのこども園 代々木公園
「平面以外の工夫」と「子ども以外の工夫」
特集は18題の保育施設を紹介したものですが,それぞれの作品は工夫に満ちているようでいて,平面の構成がほとんど同じで,年齢別に区画された部屋が通路や共有部で繋がれているということに少し驚きました.そして作品に付されたテキストのほとんどが,景観やら村おこしやら特区やらに触れたものであり,対象である子どもを直接に洞察したものではないことにも驚きました.
子どもと平面をアプリオリなものとして扱い,建築家は平面以外の立面・断面や細かなしつらえの工夫=「平面以外の工夫」と,子どもとは直接関係のない工夫=「子ども以外の工夫」のふたつに取り組んだということです.
ここまで同じ平面が登場してしまい,そこに建築家の挑戦的な振る舞いが見られなかったということは,法がよほど強いのか,それとも法が制度と一致した「普遍」とでも言うべき状態にたどり着いているということかもしれません.
しかしながら18題を見る限り,そこに単調な空間が生産されているわけではありませんので,子どもと平面をアプリオリなものとすることによって,ふたつの工夫に集中できたという見方もできます.そこで,評の対象をこのふたつの工夫に絞りたいと思います.
「平面以外の工夫」─むく保育園,Fuji赤とんぼ保育園,認定こども園 りのひら
まず「平面以外の工夫」を考えていきます.これについては,立面・断面や細かな設えによって,子どもたちの「遊び」をどう支え,育むもうとしているかが視点となります.
評者はこれまで月評で「法」と「制度」を切り口にしてきましたが,子どもは過渡的な存在なので(永遠に子どもである者は誰もいないので),法も制度もつくり出すことができません.
5歳くらいまでの子どもは,法も制度もお構いなしで遊んでいるわけです.建築は法と制度を読み取って設計されるものですが,子どもたちには読み取られるべき法も制度もありません.
設計者が読み取っている のは保育者がつくりあげた制度であり,その制度と設計された空間が協働して子どもたちの「遊び」 を誘発します.どのように空間が遊びを誘発したのかを見ていきます.
むく保育園|手塚貴晴+手塚由比/手塚建築研究所 大野博史/オーノJAPAN
Fuji赤とんぼ保育園|
手塚貴晴+手塚由比/手塚建築研究所 大野博史/オーノJAPAN
曲がった立面を使った手塚の2題(むく保育園,Fuji赤とんぼ保育園)は,立面に沿って全速力でぶっとばしはじめる,という,「眩暈」(ロジェ・カイヨワが言うところの)を誘発するであろう興味深い設えでした.子ども特有の,目的のない動きを引き出す空間です.
これまでの保育施設では眩暈があまり重視されてこなかったと思いますので,眩暈に振り切った手塚の2題の切り口は鮮やかでした.しかし振り切りすぎて,眩暈を起こしすぎた子どもたちが果たしてどうなってしまうのか,他の遊びは必要ないのか,ということは気になりました.
認定こども園 りのひら|レムニスカート+傳工房
認定こども園 りのひらは動的な眩暈でなく,静的な眩暈を誘発しようとしたものと思いました.シュタイナーの思想は詳しく分かりませんが,五角形の平面を組み合わせ,子どもにとって謎めいた奥行のある内部空間をつくり出しています.
ただ,室内の色彩や天井の形状,細かな段差などが繊細に独特の奥行を演出していますが,やや方向性の強いフローリングと天井材がその演出を弱めているように見えました.
動的な遊びと静的な遊び,巨大な砂山と水路を使ったおままごとから,小さなコーナーでのおままごとまで,川和保育園ではたくさんの種類の遊びができるようでした.
2階に張り出した通路から子どもたちは中庭で起きている多くの遊びを俯瞰でき,3本の階段を使って好きなところに飛び込め,その動きを保育士さんたちの動きが支えている.奇をてらった構成ではないのですが,この保育園で培われた長い経験(それは保育士さんたちが組み上げてきた制度ということです)を丁寧に読み取った設計ではないかと思いました.
「子ども以外の工夫」
年齢が上がるにつれて,子どもの時間から「遊び」が徐々に減り,代わって「制度」をつくったり「法」を守ったりする訓練の時間が増えていきます.「子ども以外の工夫」でつくり出された空間が,こうした彼らの次の経験をどのように規定していくのか,子どもを主語にして読みとっていきましょう.
林業との関係─認定こども園 めごたま,にしあわらほいくえん,佐川町立黒岩中央保育所,わかたけ保育園
4題(認定こども園 めごたま,にしあわらほいくえん,佐川町立黒岩中央保育所,わかたけ保育園)は,それぞれの地域の仕事である林業となんらかのかたちで関係をつくりながら設計された作品です.
わかたけ保育園|篠計画工房
これだけで林業に携わる子どもが育つとは思えませんが,小学校や中学校といった地域の空間から住まいまで,子どもたちがこれから触れていく建物を同じレベルで徹底的につくり込んでいけると,木材への解像度の高い感覚を持った子どもが育つ可能性があると思いました.
にしあわくらほいくえん|三浦丈典/スターパイロッツ
木材は加工しやすいので,4題はそれぞれ木材の素材化の仕方,抽象化の仕方が違いますが,にしあわらほいくえんのようにバイオマスにまでなってしまうとさすがに子どもにはさっぱりでしょうから,子どもにどう具体的な意味を伝えるかを意識しながら物質化,抽象化を検討するべきだと思います.
認定こども園 めごたま|象設計集団
その意味から,綺麗に整えられた角材よりも,めごたまの夢に出てきそうな存在感のある原初的な丸太や,佐川の縁側にある子どもたちがつくった丸太に軍配を上げたいです.
佐川町立黒岩中央保育所|内海彩建築設計事務所
風景との連続─城西小学校屋内運動場・幼稚園・児童クラブ,すばる保育園,まちのこども園 代々木公園
風景との連続を意識した3題(城西小学校屋内運動場・幼稚園・児童クラブ,すばる保育園,まちのこども園 代々木公園)を見ておきます.大島が述べた通り,保育園の風景はこれから先の人生で根拠となる原風景を構成する可能性があります.
城西小学校屋内運動場・幼稚園・児童クラブ|
原広司+アトリエ・ファイ建築研究所
子どもの日常的な目線からは鳥瞰的な風景は認識できませんから,城西小学校屋内運動場・幼稚園・児童クラブは子どもにとっては沖縄の光の中で輝くコンクリートの空間をデザインしたものです.
この作品は小学校との連続の空間,つまり「遊び」から「制度」への転換をデザインし得る作品だったのですが,その違いはよく分からず,既存部分が中庭などでアイレベルの風景をつくり出しているのに,増築部分がその風景を継承していないように見えたことが気になりました.
すばる保育園|藤村龍至/RFA+林田俊二/CFA
すばる保育園は象徴的な山のかたちと屋根の外観を相似させたものですが,シェル構造による抽象化が強く,これが山のかたちとして認識され,原風景を構成する一要素足り得たのか,子どもが大きくなったら聞いてみたいところです.
隣接する鎮守の森との関係も借景程度におさめ,田園風景と抽象化された空間だけでつくられた風景は,むしろ郊外的な原風景をつくり出したものと言えるのかもしれません.
まちのこども園 代々木公園|ブルースタジオ
都心の広大な公園の片隅に,ぽつりと建つまちのこども園 代々木公園は,見たことのない風景でした.
近代公園の中につくられたこの風景は,おそらく原宿の原風景とは異質なものだと思いますが,子どもに強烈な記憶を産み付けるのではないでしょうか.
隣接する渋谷や原宿の風景との格差が強く,子どもが帰る住まいの風景とも繋がっていません.ここでつくり出される原風景の記憶は,行き場のない桃源郷への思いのようなものになってしまうかもしれません.その思いがこれからの彼らの人生をうまく導いてくれるとよいと思いました.
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