1. 高ぇチョコを買った話
高ぇチョコを買った話をさせてください。6粒で5,000円弱のチョコです。
今年のバレンタインこそは自分用に高ぇチョコを買うんだと、決心をして3年。とうとう今年手を出したのですが、6粒で5,000円、一粒で800円ちょっとです。高ぇのなんのですね。私は舌が肥えているわけではないので、正直なところ食べ物の良し悪しはわかりません。お腹が空いてれば基本なんでも「うまい!」と言っている気がします。また残念ながら繊細さの持ち合わせもないため、チョコの味は「市販チョコ」味か「高ぇチョコ」味かの2択くらいに思っています。なんかこう、高ぇチョコは高ぇチョコ味がします。伝わりますか。
なぜチョコを買ったくらいで騒いでいるのかといいますと、いわゆる高級チョコを自分のために買ったのは今年が初めてだったからです。個人的にはビックイベントでした。
少し気持ちの悪いことを言いますが、私にとってバレンタインは、チョコはさておき人との交流を深めようイベントのひとつだと思っていたので、自分向けにお金を使ったことがありませんでした。なんというか、チョコは人にあげてなんぼといいますか。わざわざ自分へ買う意味はあんま分からんなあというか。なので自分用に高ぇチョコを買った自分に対して「ええ?あなたそういうタイプだっけ?」と目を丸くしている状態です。
この違和感をうまく伝えられていない気がするのでみんなに馴染みのある某ゲームで例えると、「ピーチ姫を助けるためにマップを淡々と進め、ガイドに従ってコインを地道に集めていたマリオが、脇道のミニゲームコーナーにドはまりして足を止め、ついでに集めていたコインをオールインベット。ピーチ姫そっちのけでミニゲームに精魂を注ぎだした」みたいな違和感です。
なるほど、ちょっとだいぶ結構分かりにくいので昔話をさせてください。
わたしの最古のバレンタイン記憶は中学生の頃です。
私立の女子校に通っていたのですが、バレンタイン当日はもうあれです、非常に勤勉でした。前日に焼成したブラウニーを爪楊枝と共にタッパーに入れ、お昼休みに校内を進軍します。廊下でひとたび誰かと目が合おうものなら、タッパーの蓋と自分の口を開けスタンバイ。「放てー!」と相手の口めがけて不格好なブラウニーを突っ込み、「何をー!」と私の口にもでかめのクッキーが迎え撃たれます。苦しい戦況に喉がつっかえそうです。会話もそぞろに別の人の姿を捉えると、そのまま廊下を進行。相手の口めがけて「やー!」とブラウニーを突き出します。戦況の終盤も終盤、苦しそうな顔で「もう甘いものを食べたくない」と白旗を挙げる相手には、ポッケから颯爽と降伏勧告、間違えましたティッシュを取り出しブラウニーを包み渡します。
いやあ、非常に勤勉なバレンタインですね。そんじょそこらのティッシュ配りバイトより勤勉ですよ、たぶん。
高校に上がると少し様相が変わります。
私立から公立へ進学したことで家計に余裕が生まれたのか、友人へ配布するためのチョコとして、少しだけいいチョコを買う許可が出ました。教室にあらゆるチョコがあふれ、友人同士で怒涛のチョコ交換が繰り広げられる中、私の登場に誰もがハッと息をのみ視線を向けます。なんせ脇に少しだけいいチョコ持ってたんで。明らかにちょっといい外装してたんで。十代後半という思春期も真っ只中、全員がちらちらと互いを伺い見るくすぐったい時間。漂うのはなんだか落ち着かない甘酸っぱい緊張。私は隣の席から注がれる視線に気付いていないふりをしました。絶対少しだけいいチョコ見てたんで。あんま数持ってなかったんで。本当にあげたい友人と、その場の流れであげることとなった知人と、同じ部活の少し憧れていた先輩と。皆が私の顔を見るなり今日一番の笑顔をこぼしました。少しだけいいチョコだったんで。リンツ(見切り品)だったんで。
どうどう、かわいいものですね。ファミレスの配膳猫ロボットのような中学時代と比較して、自我が芽生えてそうなとこもかわいいものです。
大学に進学しました。クラスという枠組みがなくなったことで周囲に合わせてイベントをこなす状況から、渡しても渡さなくても問題のない状況へと変化しました。
しかしそうなると、人に流されるままにしか過ごしたことがないバレンタインレベル1の初心者には何をしていいか分かりません。困りました。ただ、街の雰囲気に煽られてイベントを楽しみたいという気持ちはあったのでしょう。アルバイトで手にしたお金を握りしめ、なんとあの、人ごみ界のラスボス、デパートのバレンタイン催事スペースへ繰り出しました。レベル1の自覚がないんですかね。コテンパンというか、文字通りぺっしゃんこというか。プレス機の方が慈悲深いのではと思うほどの圧。結局何の戦利品も得られぬまま、這う這うの体で脱出。コンビニで買ったチョコ菓子を友人らと分け合い「ポッキーが一番うまいし!」「やっぱアルフォートだし!」「ダースなんて12個入ってるし!」と謎の弁明を重ねました。
いいですね、しっかり若者な感じが非常にいいですね。
ここまでつらつらと書き下した昔話で何がお伝えしたかったかというと、私の中でのバレンタインへの捉え方が年々変わっているようです、ということです。
中学生の頃は恐らく、友人の輪から漏れないための、自分の居場所確保が動機です。皆がイベントを楽しんでいる、私もその輪に入りたい。逆に言えば、仲間外れになりたくないでしょうか。続いて高校生の頃は、人に好意を持ってもらいたい、いいやつだと思われたい、に変化していそうです。あわよくば「とても」いいやつだと思われたい、もあったと思います。より欲が出てきました。大学に入ると、今自分は楽しいことをしているんだと思いたい、といったところでしょうか。また、人から見て私は楽しそうに見えてほしい、という承認欲求も多分にあったと思います。
そして今年。バレンタインで高級チョコを買った動機はなんと「高ぇチョコ味独り占めしたいなあ」です。なんか違和感ありません?急にどうしたん?みたいな。人との交流イベントじゃなかったん?みたいな。
またまた気持ちの悪いことを言いますが、私はありとあらゆる物事を損得勘定で計算しがちという自覚があります。例えば人間関係でいえば、「この人といたら自分に何らか得がある」と思うと仲良くなろうとしますし、「この人といたら搾取される」と思うと非常にトーンが下がります。なのでバレンタインという交流イベントに対しては、「いいチョコの値段分、友人の好感度が上がった」とか、「チョコを渡すのであれば相応のリターンが欲しい」とか。そんな風に思っているんでしょう、たぶん。うわ、怖…。全員に対してじゃないですよ...、たぶん。
これまで自分のために高級チョコを買ったことがなかったのも、支払った対価に対して得られるリターンが、「うまい!」と独り言ちるだけというのが割に合わないと感じていたからと考えます。
なので今年の自分の行動に、ちょっとびっくりしているという今現在です。
損得勘定しがちな性質は変わっていないので、これまで感じていなかった部分に自分なりの価値を見出したということでしょう。例えばそうですね、大切な my time に special な chocolates を添えて love yourself とか?やめましょう。
私としては自分の中に結構な変化を見ているのですが、うまく伝えられていない気がするのでゲームで例えると、「クッパのもとに辿り着き容赦なく攻撃をしかけていたマリオが、唐突に非暴力と和平協定を持ち出した」みたいな。「ピーチ姫の救出が第一目的だったマリオが、いつの間にかクッパとの闘いに楽しさを見出して「またやらね?」とか言って連絡先交換しだした」みたいな。「ピーチ姫救出のために入城したお城のインテリアに目を奪われて、ピーチ姫そっちのけで突撃!豪邸訪問!のライブ配信しだした」みたいな。
なるほど、ちょっとあんま全然いちミリも伝わらないですね。「清純派アイドルがビジュアル系バンドに鞍替え」くらいに思ってください。
自分のこの変化が、良いとか悪いとかは正直分かりません。ただ、別に悪くないなとは思うので、それはいいことですね。
さて、ではついに。ここまで長すぎるほどの前置きをした6粒で5,000円の高ぇチョコを実際に食べてみましょう。おお、チョコの中に何か入ってますね。何だろう、ちょっと、説明文がカタカナすぎてよくわからないですね。ぜ、ゼスト…?なんだろう、わからんけど高ぇチョコ味がします。おいしい。とてもおいしいので友人にも渡しましょう。1粒800円ほどのチョコです、きっと友人もその値段分喜んでくれるでしょう。あわよくばお返しにチョコをもらえ、…あ、あれ?