『関心領域』観た
『関心領域』観た!アウシュビッツ強制収容所のお隣で優雅に暮らす、収容所の所長・ルドルフとその一家のお話。(ネタバレあり)
予習について
観る前に、アウシュビッツ強制収容所で何が起きたのかをあらためておさらいしておいた。この動画は、わかりやすい&精神的にまだ観やすい⇩
『関心領域』は、ほとんど史実に基づいている。あの家も、本当にルドルフ一家が住んでいた家らしい。「引っ越したくない」という奥さんの異常な発言も実話だそう。あと音がとにかくずっと不気味なんだけど、「何月何日にどんな虐殺があったか」によってシーンごとに叫び声とか銃撃音とかを忠実に再現してるらしい。怖い……
「家に帰るのが怖い」
ここから感想!まず最初のシーンで呑気にピクニックしてる一家を見て、「国民が苦しんでるのに贅沢三昧の政治家家族ってきっとこんな感じなんだろうな……」と何人かの顔が浮かんだ。
夜寝る前に、旦那さんが思い詰めたような顔をしてベッドに横になり、天井を見つめている。今日自分がおこなった"業務"を思い出しているのかもしれない。その横で奥さまがどうでもいいことを話して笑ってる。このなんの悪気もない笑いが、気持ち悪くて、異常で、許せない。
ムカムカしながら観ていたら……途中から、「あれ? これもしかしたら私のこと言ってるのかも」って考えに変わっていった。イスラエル軍から虐殺を受ける市民たちからしたら、私だって"呑気にピクニックしてる無関心な人"なんじゃないか? ……そう思い始めると、家に帰るのすら怖くなってきた。
この映画が終わったら、帰宅が約束された安全な経路で家に帰る。そのあと美味しいご飯を食べて、あったかい布団で寝る。当たり前に明日が来て、だるいな〜とか言いながらも仕事をして、その夜にお酒を飲む。お酒を飲みながら、関心あることだけがソートされるYouTubeとかSNSを見て、笑ったりとかする。この笑いって、奥さまがベッドで笑うあのシーンの気持ち悪さと何が違うんだろう? 虐殺されている場所が"お隣"という距離感じゃないことに甘んじて、私は今日も明日も事実から無意識に目を背けて、何の悪気もなく暮らすんだろう。そんなの、安全なところで「現状維持」を望む奥さまと同じだ。
……こんなふうに「無関心」な人の「関心領域」を広げる役割があるのと同時に、すでに当事者として「関心領域」であるはずのイスラエル人にとっても、この映画はブーメラン的な役割を果たすんじゃないかと思う。ホロコーストの恐ろしさを誰よりも知っているはずだから。人間がどうしても愚かなことを繰り返してしまう生き物なんだとしたら、こういう映画をきっかけに何回でも問い直して、そのたびに武器を捨てればいい。
「過去の失敗」じゃない
ナチスのホロコーストは過去のことだけど、この映画について監督は、明確に"今"のことだと言っている。
一家が優雅に暮らす壁の向こうでは毎日毎日毎日ヤバいことがおこなわれているのに、むごい虐殺シーンは一切出てこない。だからこそ、観ている人の想像力が試される。これって、まさに今の状況と重なる。この映画は、遠く離れた国で何が起きてるかが見えづらかったとしても、過去の過ちから学んで、想像して、自分なりの抵抗を見せないといけないよ!というメッセージなんじゃなかろうか?
少女が夜中に命懸けで届けたりんごや洋梨は、抵抗の一種だったんだと思う。りんごや洋梨に代わるもの……募金、政府にはたらきかける、SNSで追いかける、歴史を学ぶとか、個人でできることをあらためてやっていこうと思った。とりあえず『シンドラーのリスト』観ながら寝ます……