Ado「Episode X」/弱い自分を、自分がいちばん知っているから。
「失敗しない」
それを、私は、フィクションの中でしか存在しえない無欠の能力だと思っていました。
でも、本当は、そうではありません。
「失敗しない」という台詞は、葛藤の末に心に宿った覚悟、研ぎ澄まされた決意そのものでした。
「Episode X」と、「大門未知子」という存在
「劇場版ドクターX FINAL」の主題歌として書き下ろされた「Episode X」は、Ayaseさんが提供したAdoさんの楽曲。
大人気ドラマ「ドクターX〜外科医・大門未知子〜」初の劇場版主題歌で、今J-POPの最前線で活躍しているお二人のコラボということで、発表時から大きな話題になっていました。
ちなみに、ジャケット、MVは、YOASOBIの「夜に駆ける」や「ツバメ」、Adoさんの「私は最強」などのMVを手がけたninaさんです。最強の布陣すぎる。
この曲を聴いてまず驚いたのが、力強さの中に、どことなく脆さと弱さを感じるAdoさんの歌声。
葛藤や苦悩を必死に振り切って、重圧を抱えながらも颯爽と走り続けようとするような、そんな印象を抱きました。
特にはっとしたのが、この一節。
難しい患者に出会うたび、「私、失敗しないので」と自信たっぷりに宣言する大門未知子ですが、彼女は外科医になったその瞬間からずっと人の命を救い続けられていたわけではないはずです。
大門未知子は、僻地医療に参加したり、軍医として働いたりという過去も持っています。
その原因が実力不足であれ物資の不足であれ、患者の命を救えず悔やんだことが、きっとあったはずなのです。
「私、失敗しないので」という台詞はきっと、自分の実力を誇示するためだけのものではありません。
口に出してしまえば、名実ともに「失敗」はできなくなる台詞。
自分自身に失敗を許さないための、自分自身を鼓舞し奮い立たせるための、呪文のような言葉です。
そう言い聞かせるための言葉であり、紛れもない覚悟の証として発せられるのが、「私、失敗しないので」。
思い返してみると、ドラマの中で明かされた「大門未知子の失敗しない理由」は、実に単純で地道で、泥臭いものでした。
その一方で、誰にでもできることではない、そんな努力でもありました。
本当に手術に懸ける情熱が強くなくてはできないこと。
組織に所属していない孤高の外科医として、本当に救うのが難しい患者にしか執刀しない存在だからこそ、できること。
彼女のもつ情熱と、能力と、彼女の腕を求める声とがぴしりと噛み合う在り方。
それが、「フリーランスの外科医」としての大門未知子という存在なのだと思います。
命を救う現場で働き、葛藤と苦難を乗り越えて「失敗しない」とまで言えるようになった大門未知子。
その姿を、リスペクトと愛情をもって描いているのが「Episode X」という楽曲です。
「Episode X」と「失敗」について
この曲は、もちろん大門未知子の生き様を描いたものではありますが、同時に、聴き手の生き方や選択を肯定してくれるものでもあります。
このフレーズを聴いて私が思い描いたのは、「どんな失敗も『失敗』にしない強さ」でした。
生きていれば、誰もが失敗をします。
些細なミステイクはもちろん、もっと根本的に間違った選択をして、後悔しまうこともあるはずです。
でもそれは、そのときの自分の精一杯だったのではないでしょうか。
正しいほうを選べなかったのだとしても、失敗してしまったのだとしても、それは、そのときの自分の最大限。
このフレーズを携えていられたら、どんな失敗も間違いも、そのときの自分には必要なものだった、と思えるのではないでしょうか。
失敗によって気づけたこと、成長したことが必ずあるし、それによって出会えたもの、掴んだものもきっとある。
失敗を「失敗した」と簡単に放り捨てるのではなく、失敗を「失敗」にしないために、そのときの自分に向き合うこと。
もう一段強い自分になるために行動すること。
その葛藤の先で、「弱い私」を越えて強くなれる。
Adoさんの歌声と、Ayaseさんの歌詞から、私はそんなメッセージを感じました。
「失敗はない」、それはきっと、大門未知子のように特別に強くて真っ直ぐな人だけに許された言葉ではありません。
誰に何と言われようとも、私はどんなことがあっても、ここまで生き抜いてきた。
どんな出来事も、選択も、後悔すら、「今の私」になるには必要なものだった。
そう思えるなら、「私に失敗はなかった」と言っていいのではないでしょうか。
むしろ、そう思えるようになるために、何度だって「私に失敗はない」と言い聞かせることで、強い自分に近づけるのかもしれません。
「失敗しない」ではなく「失敗はない」という歌詞になっているのは、そんな意味が込められているからだと思います。
Adoさんの歌声に所々脆さが垣間見えるのは、きっと、「自分を奮い立たせるための曲」だから。
完璧に強い自分ではないことなんて、他でもない自分自身が、いちばんよく知っている。
苦悩することも、迷うこともある。それでも、時間の流れや周囲の期待に押されて、選び取って進まなければならないことがある。
そんなときに「何度だって唱える」のが、「私に失敗はない」。
揺るぎない御守りのような、ダイヤモンドの支柱ようなフレーズです。
「Episode X」とAdoさん
Adoさんは、歌い手としての確かな矜持をもっていらっしゃる一方で、能楽で脇役を意味する「アド」というお名前の通り、「あくまで主役は聴き手」という姿勢をもっていらっしゃるように思います。
自分のためではなく、いつだって自分以外の誰かのために叫んでいらっしゃるような。
国立競技場を埋めてワールドツアーまで成功させた歌姫が、この言葉を歌うことの重さと意味。
それに想いを馳せると、無性に胸がいっぱいになります。
リアルでも、インターネットでも、大きなステージであろうとなかろうと、そこに「Ado」の声を求める聴き手がいる限り歌い続ける、という矜持も感じます。
このフレーズを聴いて、私はふと「Adoさんの歌声は、『手を伸ばすような歌声』だな」と感じました。
聴き手に向けて、画面越しに(時には檻越しに)手を伸ばしてくるような、掴んだものは決して離さない強さをもっているような。
そしてそれは、外科医・大門未知子の姿勢にも重なるところがある気がします。
まとめにかえて
ずっと歌詞を中心に触れてきたので、Ayaseさんについても少し。
私などが烏滸がましいですが、Ayaseさんは、すごく「抽象化」に長けていらっしゃるなと思います。
作品やアーティストさん、曲に与えられたテーマから要素を取り出して、重なるところを見つけ出して、そこから言葉に起こしていく感覚、センスが、すごく鋭い。そして、優しい。
そこには最大限のリスペクトがあって、愛がある。
だから私たちは、こんなにもAyaseさんの紡ぐ曲に感動させられるのだと思います。
そして、今回のジャケット、MVはninaさん。
MVの最後には、ドラマのキービジュアルの大門未知子を彷彿とさせる構図と「X」のモチーフとが組み込まれていて、そんな演出も心憎いです。
特に、ninaさんの描く女の子はみんな、強い意思や複雑な感情を感じさせる瞳、眼差しが印象的。
神秘的な映像と美麗なイラストも相まって、つい何度もMVを見返したくなってしまいます。
さて、ここまで3000字越えの記事にお付き合いいただき、ありがとうございました。
映画は近々見に行く予定なので、この曲がエンドロールで聴けることがとても楽しみです。
「ドクターX」のファイナルを、しっかり見届けてきたいと思います。