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35年のプロローグ

初めまして。

僕はこの35年間、楽器製作を生業としてずっと生きてきました。

木を刻み、削り、磨き、塗装仕上げをした後に部品を付けて調整をし、そして音楽を演奏するための「楽器」として完成させる。そんな仕事をしています。

19歳で社長と自分だけの小さな楽器メーカーに就職し、4年半勤めた後に退社。数ヶ月間迷いつつも、周囲の協力もあり23歳で自分の工房を開きました。

父の趣味の植木鉢達を庭の隅に寄せ、暑い夏に近所の大工さんに助けて貰いながら自力で建てた3坪半の小屋が僕の城になりました。

幾ばくかの退職金に加え、自分のギターやバイクを売払った資金で工具や最小限の木工機械を購入し細々とギターの修理や製作を始めました。

開業当初はなかなか軌道に乗らず、月末になる度にこっそりと母親からお金を借りて支払いをしていた事を思い出します。お金も無く将来の見通しも立たない僕をいつも励ましてくれたのは母でした。

僕が一生懸命作った楽器を母が手でさすりながら「きれいに出来たなぁ」「注文貰えて良かったなぁ。」と褒められると、「楽器の事なんか分からないくせに」と思いながらもこそばゆく、やはり嬉しかったものです。

もう80を過ぎた母親はいまだに時折「仕事はあるのか?小遣いはあるのか?」と心配して電話してきます。母から見れば僕はいつまでも子供なのでしょうね。

ちっぽけな工房は開業から2年後に有限会社となり、以後25年間少しづつですが発展を続けて来ました。社員も15名を超え、楽器業界の中でも多少は名を知られた存在になったと思います。
ただの楽器好きの僕が独りで始めた工房が25年の間に数万本もの楽器を生み出し、沢山の楽器愛好家にその音色を楽しんで頂けるようになったのです。自分自身本当に頑張り、また沢山の幸運にも恵まれましたが、やはり周りの方や家族、友人に頂いた励ましや応援あってこその今と思っています。

我が社の成長と創業25周年を見届けた後に、僕自身は思うところあってその会社を譲り独立しました。
27年前にしたのと同じ様に、また新しく小さな工房を作ったのです。
2011年。50歳を迎える年の夏でした。
(たかはし・しんじ、弦楽器製作家=松本市)

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