第61話 「我が家にオルガンがやってきた」

(松本市民タイムス リレーコラム 2020年10月10日掲載分)

初めて見た時、そのオルガンは薄っすらと埃をかぶっていた。

古材屋の2階で、年代物の戸棚や古道具に囲まれてまるで古びた家具のようなふりをして静かに佇む木製の足踏みオルガン。最初に見つけたのはうちの細君で、ピアノの経験もある彼女はそのこぢんまりとした素朴な雰囲気に惹かれたらしい。

「これ、どうだろう?」という声に呼ばれて近づいてみる。
鍵盤を押さえながら木製のペダルを踏んでみると、スースーと風が漏れる音に混じってかすかに音程が聞こえる。「う〜ん。直せるかもしれない…ねぇ。」
小学生の時に父親からオンボロの電動オルガンを買い与えられて弾いていたこともある僕も何だかずいぶん懐かしい気持ちになる。

改めて見回すと、素性の良い無垢のナラ材がその全体に使われ美しい木目を見せている。優雅な曲線の木彫りも施され、両サイドには木製の燭台まで付いている。古そうな雰囲気の割にはたいした傷もなく、おそらく良い家族の中で大切に使われていただろうことが見て取れた。

小さな子供がいる家だったらどうしたってオモチャがぶつけられたりジュースをこぼしたり、何かしらの汚れがあるだろうに、そういったものは全く見られない。

鍵盤の少し上に書かれたロゴを元にその場で携帯でネット検索をしてみる。便利な世の中だ。

Nishikawa Organ(西川オルガン)という文字と、その横に見覚えのある3本の音叉を組み合わせたマーク。今や世界的な楽器メーカーであるヤマハのロゴだ。でもなぜヤマハオルガンではないのだろう?

検索で分かった内容からするとこの子はどうやら1920年頃のものらしい。何と100年前!

明治初期。楽器職人だった西川虎吉氏と山葉寅楠氏はそれぞれ日本で初めてのオルガン製作に着手。今となってはどちらが日本初かは不明らしいが、40年ののち西川オルガンはヤマハに買収され日本楽器横浜工場となる。
古材屋で見つけたオルガンはどうやらこの買収直後の過渡期のものらしい。何やらドラマチックな出会いの勢いのまま、この100年前のオルガンは僕のステーションワゴンの後部席に乗って共に我が家へ帰ることとなった。

その後の細君の努力でめでたく修理技術を持つ職人さんも見つかり、見積もり金額に唸りながらも途中放棄は出来ない我ら夫婦(笑)。
3年待ちのはずの修理が、職人さんもオルガンを気に入ってくれたらしく依頼後半年のスピード納品。我が家の新しい家族となりました。

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