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社交不安障がい者が旅をする。#45
ジョグジャカルタを離れ、バスに乗ってやって来たのはジャワ島東にあるMalang という街だ。
事前リサーチをする中で、この街の外れにあるブロモ山という火山へのハイキングツアーなるものを見つけ、心を奪われた。
ハイキング好きとしては、是非とも行かなければ。
あまり知られていないであろうこの場所に訪れたのは、そんな理由からだった。
この火山にアクセスするには、ツアーに参加していないと難しいようだ。
そのため、事前にツアーの予約をしていた。
お昼頃に出発だと思っていたそれは、夜中の0時発だということに、後で気付いた。
Malang 到着の翌日に火山へのハイキングに行こうと思っていたのだが、到着したその日の夜に出発することになった。
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深夜0時。
2時間ほどの仮眠から目覚め、眠気しかない中ツアーの送迎を待った。
しばらくすると、宿の前に一台のジープが停まった。
降りてきたドライバーのおじさんに名前を呼ばれたので、返事をして車に乗り込んだ。
夜の街を走ること数分、車は山道に入った。
周りには、同じようなジープが何台も停まっていて少し張り詰めた雰囲気だ。
おじさんは車のドアを開けると、あっちのジープに乗り換えて欲しいと僕に頼んでくる。
眠気も冷めやらぬまま、案内に従って目の前に停まっているジープの後部座席に乗り換えた。
ツアーのスタッフさんたちは打ち合わせのようなことが済むと、若そうなお兄さんが運転席に乗り込んできた。
車は本格的に山の中に入って行った。
ジープは、急勾配で曲がりくねった道を走っている。
時刻は深夜2時。
真っ暗な中、ヘッドライトと前を走る車を頼りに、険しい道を猛スピードで疾走する。
1車線くらいの道幅しかなさそうなのに、他のジープとすれ違うときでも全くスピードを落とさない。
なんなら前の車がノロノロ走っていると見るや、スピードを上げて追い越していく始末だ。
真っ暗な中、いろは坂よりも明らかに難易度の高い道を走っているだけに、そのドライビングテクニックは圧巻だった。
そのまま山を登っていくと、灯りが見えてきた。
家々が立ち並んでいて、ここで人が生活している痕跡が見られる。
火山のある国立公園の入り口あたりに差し掛かかると、こんな山の上でこんな時間にも関わらずニット帽と厚手のマントを羽織った人たちの姿があった。
身なりからして、どうやらここに住んでいる人たちのようだ。
車の窓から入ってくる風はひんやりしている。
かなり山道を走ってきたが、相当標高の高いところまで来たようだった。
ゲートを越えると、ついに道なき道を走り出した。
ジープは有り得ないくらい揺れている。
ドライバーのお兄さんはできるだけ凸凹の少ない道を選んで運転しているようだが、それでも車は上下左右に激しく揺れた。
「今までの人生で一番クレイジーな旅だ笑」
真夜中に、山の上の道なき道を疾走している。
険しい道にエンジンも悲鳴を上げかけているのか、車内は微かにガソリンのにおいが漂っている。
そんな渦中にいる僕の眠気はとっくに吹っ飛び、呆然とするしかなかった。
いや、なんならこれって夢かなと思ってしまうような状況に、理解が追いついていなかったのかもしれない。
ツアーの概要を見ていたときは、のんびりとしたハイキングを想像していた。
だが実際は、僕の予想の953倍はヤバいジープ旅が待っていた。
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過酷な山頂ドライブも終盤に差し掛かった。
車はかなり標高の高い場所までやってきた。
ここにも家々が立ち並んでいて、小さな集落のように見える。
なかなか信じ難い場所に人が住んでいる光景も、もはや見慣れてしまっていた。
高台のような場所まで来ると、道の両端には既に多くのジープが停まっていた。
僕は待っているから、ここからは歩いて山頂に行ってくれ。
だいたい4時くらいになると、空が明るくなるはず。
ドライバーのお兄さんはそんなことを言って、車から下ろしてくれた。
外に出ると、寒さに体が震えた。
着てきたウインドブレーカーのファスナーを首元まで閉める。
午前3時30分。
頭上には星空が、眼下には続々とやってくるジープのヘッドライトと集落の明かりが煌めいていた。
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車を降りた場所から、周りにいた観光客に紛れて山頂のビューポイントに向かう。
地元民らしき人たちは、この時間に観光客相手に小さな売店でスナックやら防寒着やらを売っていた。
20分ほど登って、これ以上は行けないだろうと思われる開けた場所まで来た。
ここで日の出を待つことにした。
辺りはまだ真っ暗で、吹き付ける風が寒さを増幅させる。
建っている柱の影に身を隠して時間が過ぎるのを待った。
ふと上を見上げると、頭上には満点の星空が広がっている。
それは、普段街中で生活しているとなかなか見られないものだ。
「今見てるのも、たぶん何億光年も前に発せられた光なんだよな」
小さく輝いていて見えるあの星一つ一つも、実際は巨大な惑星だったりする。
そんな風に見えてしまうことに、宇宙の壮大さを感じていた。
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少しずつ空が明るくなってきた。
頭上の星々が見えづらくなってきたことからも、そうと分かる。
器用にスマホを立ててタイムラプスを撮りながら、その瞬間を待った。
空は、少しづつオレンジ色が濃くなっていく。
それに伴って、ハッキリとは見えなかった周囲の山が姿を表した。
幾層にも連なる山脈。
遠くを見ると自分が立っている場所よりも下に雲海ができていた。
右には富士山の形に似た火山口が、今でももうもうと煙を上げていた。
残念ながら西の空は雲が厚く、昇ってくる太陽そのものを拝むことはできなかった。
だが幻想的な景色に、寒さはいつの間にかどこかへ消えていた。
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火口まで続く階段を登る。
頂上まで来ると、噴き出される煙に息が詰まった。
日の出を拝んだ後は、火口のすぐ上を見学する流れになっていた。
再びジープに乗って移動する。
火口の手前まで着くと、ドライバーのお兄さんはジープを停めた。
周囲にはやはり多くの観光客と、彼らを相手に商売をする地元の人たちがいた。
火口に辿り着くまでにはそれなりに険しい道を歩く必要があった。
地元の人が連れている馬に乗って楽に行くこともできたが、ハイキングがしたくてきた僕は、その勧誘を断った。
砂で覆われた地面を歩いていく。
ところどころに放置された馬糞が散らかっている。
すぐ隣には複雑に波打つ火山の岩肌が、荘厳な雰囲気を醸し出していた。
100段はあろうかという長い階段を登ると、ついに火口の縁に至った。
そこは、激しく噴き出してくる煙と硫黄のようなにおいが充満していた。
ただでさえ長い階段を登って息が上がっているのに、ここの空気を大きく吸うと余計に苦しくなってしまう。
周りにも咳き込んでいる人がちらほらいた。
長時間ここにいるとまずい。
そう思っだ僕は、しばらく火口の様子を観察して来た道を引き返した。
「あの火口の中とかどうなってるんだろう」
ジープを目指して歩きながら、周囲の大自然を含め地球の壮大さを感じずにはいられなかった。
この地球に比べたら、人間なんてほんのちっぽけな存在でしかないんだと思い知らされる。
道すがら落ちているペットボトルのゴミを見て、人間如きが偉大なこの地球を汚していいはすがないと怒りを覚えた。
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車に戻ると、お兄さんはこのツアー最後のビューポイントに向かってくれた。
相変わらず激しくガタつきながらしばらく走ると、山肌に挟まれた高原が現れた。
どうやらここが最後に見学する場所のようだ。
ジープを降りて高原のど真ん中に立つ。
目の前に広がる高原は、草木によって緑、黄緑、黄色などの色で彩られている。
どこまでも続くその場所と青い空に浮かぶ白い雲とのコントラストは、ここが現実世界とは思えないほどの美しさだ。
「ゲームの中でこんな感じの景色見たことある気がするな」
それはまるで、人間が作った仮想空間の中の世界だ。
そんな場所に、生身の自分が立っていることに感動を覚えた。
空気はどこまでも澄み渡っている。
周りにいる観光客は少数で、余計な雑音なんて聞こえやしない。
「やっぱり、この世界は生きるに値する」
この地球には、心を震わせるほど美しい場所がある。
気がつくと自然に涙腺が緩くなっていた。
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道なき道と、険しい山道を下っていく。
車窓からは行きでは暗くて見えなかった大自然と、その中で生きる人々の営みがうかがえた。
「こんな傾斜のキツイところで野菜とか育ててるんだ」
よくよく考えれば、こんな山の上に平地なんてほとんどないのだからそうなるのはなんら不思議ではない。
もう何度も思い知らされていたが、改めてこの場所で生きる人たちの力強さを感じた。
2時間ほど走って、ジープは街まで降りてきた。
お兄さんは、一緒に同乗したツアーメンバーを送り届けていく。
そうこうしている内に、僕が泊まっているホステルに到着した。
「Your driving is amazing!」
思ったことを素直に伝えると、彼は笑顔でありがとうと伝えてくれた。
時刻は午前9時。
深夜0時から始まったツアーによって、もはや時間感覚が狂っていた。
抗いきれない睡魔に身を委ね、この日はもう何もせずに休むことに決めた。