社交不安障がい者が旅をする。#44
ヨグジャ2日目。
ここには2日間滞在することにしていたが、特に何をするか決めているわけではなかった。
一応行ってみたい場所はいくつかピックしている。
でも、別に絶対に行きたいというほどでもない。
ここにあるもう一つの世界遺産「ブロボドゥール遺跡」は候補として有力だが、あまり乗り気ではなかった。
そうこう考えて、結局昨日行こうとして諦めた山頂からの景色を拝む方に再チャレンジすることにした。
昨日の消化不良感が、どうしても胸の奥にこびりついていたのだ。
サクッと朝のルーティンをこなし、バス停に着いたのは午前10時。
待つこと数分でやってきたバスに乗り、街の南端にあるバスターミナルまで向かった。
そこからGrabバイクを呼び町外れを目指してひたすら走る。
昨日の反省を活かし、事前にリサーチを重ねていた。
今回Grabで行き先指定した場所なら、確実に行けるはずだ。
Grabバイクのおばちゃんに身を任せ走ること15分。
バイクは傾斜の激しい山道に入った。
周りには森が広がっている。
にも関わらず、車やバイクが走れる舗装された道が続いていた。
時々、木々の中から家が現れたり、曲がりくねった道でバイクとすれ違う。
おばちゃんも普段はこんな所には来ないようで、戸惑いが感じられた。
バイクで走り出してから30分。
遂に山頂に到着した。
Grabバイクのおばちゃんは明らかに困惑した様子で何かを言ってくれる。
「Terima kasih (ありがとう)」
チップを多めに払って彼女と別れた。
辺りは山頂なのに、普通に舗装された道路が通っていて、バイクもそれなりの頻度で走っていた。
道路の脇には人の家やお店が普通にあって、ここで人が生活していることが分かる。
「やばっ、何でこんなとこに住んでんだ?」
建っている家の中には子供の姿もあった。
遠くに見える街からしても、それなりに標高もある。
こんな人里離れた山に住んでいたりここの道路をバイクで走っていたりする人たちは、一体何なんだろう。
「やっぱりこの国はヤバい」
僕の中のそんなイメージがより強くならざるを得なかったが、明らかに外国人が来る場所ではない山中に1人で訪れている僕もまた、相当ヤバい人間だったなと苦笑いした。
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Google Mapsを頼りに行きたいと思った展望スポットを目指した。
道路は通っているがかなりの勾配で、歩いているだけで汗が吹き出した。
数分歩くと地図アプリに設定したゴールに辿り着いた。
だが、辺りを見回しても絶景などどこにもない。
あるのは少し開けた空き地とその周りを覆う木々だけだった。
「ここであってるよな」
手元のスマホを確認しても、GPS上はここだと表示されていた。
しかしよく見ると、ネット上に上がっているこの場所で撮られた写真は、数年前のものだと気付いた。
「今はもう変わっちゃってるんかな」
ここ付近には何もなさそうだ。
諦めてその場を後にした。
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せっかく山頂まで来たのだし、少し散策してみることにした。
傾斜のキツい道路を登っていくと、打ち棄てられたキャンプ場のような場所を発見した。
シャッターの閉まったカウンターの上には、ドリンクメニューが掲げられている。
更に奥に進むと、開けた所に展望台があった。
お目当ての絶景スポットとは少し違うが、山頂のこの場所から見えるジョグジャの街はなかなか壮観だ。
なるほど、天気が良くここから日の出や日の入りを見られればさぞかし綺麗だろう。
ネット上に上がっていたのも、そういった類の写真だった。
今日の天気は悪くない。
しかし、いかんせん蚊が多くてあまり長居する気にはなれなかった。
近くには芝刈りをしているおじさんがいたが、別に話しかけてくるでもなく一心不乱に芝刈りをしていた。
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一応見たかった景色を見られて満足した。
もう少しこの山の頂上に伸びる道を散策してもよかったが、暑さと疲労にやられそうだったので下山することにした。
「Grab捕まるかな」
ダメ元で配車できるか試すが、周囲にドライバーなんていなくて捕まる気配はない。
そりゃそうだよねと思いながら、徒歩で来た道を引き返し始めた。
歩いてみると、バイクで登って来た道もかなりの急勾配だ。
幸い下りなので大変さはそうでもないが、こんな道を徒歩で歩いている人なんて誰もいない。
ちょくちょく登ったり降りていくバイクとすれ違うたびに、僕は何をやっているんだろうと考えてしまう。
暑さも相まって体はそれなりに疲れているはずだが、早くこの場を去りたいという不安から歩幅は自然と大きくなった。
30分ほど歩いて、山の麓に延びる道路に行き着いた。
ここならGrab捕まるかなと期待して、配車を試してみる。
すると一台のバイクが捕まった。
「ああ、生きて帰れそう」
汗でベタつく体に風を送りながら、乗せてくれるバイクを待った。
待っているとGrabバイクがやって来た。
ドライバーは大抵Grabのロゴが入ったジャケットを着ていたが、このバイクに乗っているお兄さんはそうではなかった。
小遣い稼ぎ みたいな感じで人も乗せてるのかなと思った。
バイクに乗ると、お兄さんは何かを言ってくるが僕にはよく分からない。
ヘルメットないけど大丈夫?自分の貸そうか?みたいなことな気がしたが、どう返答してらいいかも分からないので適当にヤー(Yes)とティダ(No)とかオケ(OK)とか言ってやり過ごした。
しばらく走って、行きと同じバスターミナルに到着した。
お兄さんにお礼を言って、戻ってこられたことに一安心した。
「これからどうしようか」
バイクに乗りながら浴びた風で幾分マシになっていたが、とにかく汗だくになったので涼しい場所に行きたい気分だ。
調べてみると、街の中心付近にショッピングセンターがあるようだ。
エアコンが効いていて涼しいだろうと思い、ここに行くことにした。
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到着したショッピングセンターは、思ったよりも小さな所だった。
僕の勝手な思い込みや、タイで見た巨大モールがそう思わせたのだろう。
だが施設内で気になる店を発見した。
それは日本式のラーメン屋だった。
ジャカルタでmeetupに行った時、インドネシアの日本料理食べてみたら?みたいな話になった。
そんなことがあり、このラーメン屋が目についた。
「RAMEN-YA!」という店名で、まず日本では見かけなさそうなトンデモジャパニーズなにおいがする。
早速お店に入ってみると、受付の店員さんが「いらっしゃいませ」と日本語で言って出迎えてくれた。
案内されるままに席につき、一番人気らしい「Original Regendary Ramen」を注文した。
出てきたラーメンは、日本で見かけるものと比べても全く遜色のないものだった。
「うん、普通に日本にもありそうなラーメンやん」
味も、日本のどこかで食べたことがあるような感じだ。
メニューを見るとラーメン以外にもどんぶり物もあり、中にはこの店オリジナル丼もあるようだ。
気にならないでもなかったが、今日のところはラーメン一杯で店を出ることにした。
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そろそろ帰ろうかと外に出ると、土砂降りの雨だった。
傘を持っていないので、しばらく雨宿りをすることにした。
待っていると突然、ヒジャブを被った若い女性2人組に話しかけられた。
話を聞くとボランティア団体のメンバーらしく、インドネシアのホームレスのための募金を募っているとのことだった。
「100,000ルピアでいいので、寄付してほしい」
そう言われて、僕の無意識に刻まれた思い込みが発動した。
100,000ルピアは日本円で1,000円くらいだ。
そのくらい払ってしまえばいい。
だけど僕は、自分の持っているものを失うこと怖さに、あまり現金を持っていないんだとかネット決済は使えないんだとか、都合のいい言い訳を並べて彼女らをやり過ごした。
後になって、そんな「与えられない自分」に嫌気がさしてしまう。
今の自分に収入はない。
会社員時代、自分の生きがいの一つが旅だと気付いてから、自由に旅することを夢見て無駄な浪費を一切しなかった。
そうやって貯めたお金で、今旅をしている。
それは、その気になれば世界一周だってできる額だ。
東南アジアを中心に巡ろうと決めた今回の旅で、簡単に使い切ってしまうことはないだろう。
でも、まだ貯金は全然あるのに、1円でも節約することの優先度がいつの間にか高くなっていた。
僕はお金に対してネガティブな思い込みを持っている。
それはこれまでの旅の中、街中で物乞いを見た時にも発揮されていた。
別にいいではないか。
東南アジア諸国に住む彼らの平均年収は、日本の数分の1しかないのだから。
彼女らが、本当はボランティアのためにお金を集めているのではなかったとしても。
そう頭で分かっていても、自分が持っているものを失うことを異常なまでに恐れている。
自分が得るためにお金を使えば、それは結果として僕に価値を提供してくれた人に与えることになる。
たぶん、まだ本当の意味で自分が満たされていないんだろう。
今のところは、小さく「Give and Take」しかできないのも自分らしさなのかなと思うことにした。
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ボランティア団体のメンバーを名乗る彼女たちから逃げるようにバスに乗り込み、宿の最寄りまで戻って来た。
帰る前にもう少し何か食べたいなと思って辺りを見回すと、道路の反対側に良さそうな飲食店を見つけた。
ちょうど現地人らしき二人組が店に入っているのが見え、彼らに続いて僕も入ってみることにした。
「Sini (ここ)」
お店の人が何か言ってもてなしてくれるが、僕はとりあえず「ここで食べる」を意味する言葉を発する。
すると店員さんは席に案内してくれて、メニューを手渡してくれた。
品揃え豊富なようだが、どれもインドネシア語で書いてあるのでよく分からない。
適当に一番上に書いてあったセットメニューを注文することにした。
注文したいメニューを書いた紙を店員さんに渡す。
すると、店員さんは注文を確認するようなことを言った後、僕に何かを聞いて来た。
何を言っているかは全く分からないはずなのに、なぜか名前を聞いて来てるのかなと直感して自分の名前を答えた。
まあ、自分の名前と言っても海外の人にとって日本人の名前は分かりにくいので、アメリカに住む親戚の名前を借りたのだが。
しばらくすると注文した料理が運ばれてきた。
何かもわからずに頼んだが、出てきたのはカリッと焼かれた手羽先だった。
ご飯と付け合わせの野菜はセルフサービスらしい。
店員さんはジェスチャーと合わせて案内してくれたので、容易に察することができた。
皿をとって、大きな炊飯器からご飯を盛る。
これくらいでいいかなと思って炊飯器を閉めようとすると、思ったよりも勢いよく蓋が閉まり、持っていた皿とご飯を落としてしまった。
「ガッシャーン」
足元にご飯と砕け散った皿が散乱した。
「マーム!」
咄嗟にインドネシア語でsorryは何と言うのか調べて、その言葉を口にした。
すると店員さんは、笑顔で気にしないでねと言うようなことを言ってくれた。
再度皿に盛ったご飯と一緒に食べる手羽先の揚げ物は、よく火が通っていて柔らかな食感だ。
食べながらGoogle翻訳で、皿を割ってごめんってなんて言うんだろうと調べていた。
欲張ってご飯を大盛りにしても、さらりと食べ終えてしまった。
会計をしてもらっている時、先ほど調べたフレーズを口にしてみる。
接客をしてくれたお姉さんに通じたかは分からない。
でも、慣れない言葉でも自分の口から発することでスッキリした気持ちになった。