
社交不安障がい者が旅をする。#42
朝4時30分。
昨日は20時に就寝したため、目覚めは良好だった。
チェックアウトするため身支度を整える。
一階に降りると安ホテルのオーナーらしきおばちゃんは、早朝からフロントの定位置に座っていた。
「Check out please. (チェックアウトお願い。)」
「You’re really checking out at 5 am. (ほんとに5時にチェックアウトするんやね。)」
「Yeah (うん。)」
早朝にチェックアウトできるか事前に聞いていたので、そんな言葉を交わした。
おばちゃんは英語が通じているか若干不安になっていたが、この時間でもチェックアウトできそうだ。
激安なだけあってあまり快適とは言えないこのホテルでのステイも、「当たり前」と思っていたことへの感謝を思い出させてくれた。
そういう意味ではここに来て良かったと思える。
ただ、ジャカルタに4日間はちょっと長すぎたなと思ってしまうのだった。
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早朝でもGrab配車は簡単にできた。
渋滞に巻き込まれることもなく市内中心地のバスターミナルに到着した。
今日はここからバスに乗って、ジョグジャカルタに向かう予定だ。
旅行アプリに表示されているバスの発着場所情報は、何もない道路のど真ん中を指し示していた。
さすがにそんなところからバスに乗ったりしないだろうと思い、その付近にあった高速バスの停留所と思われる場所にやって来たのだった。
しかし、Eチケットに書かれているバス乗り場の住所を再度ググっても、この付近ではあるが別の場所が表示されてしまい、情報が錯綜している。
到着したバスターミナルらしき場所をうろうろしてみると、バスのチケット売り場が並んでいた。
よく見るとその中に、僕が予約しているバス会社の名前もあった。
「ここでチケット売ってるならここから乗車で間違いないやろ」
そう踏んで待っていると、チケット売り場のおじさんと目が合った。
しかも僕が乗る予定のバス会社のチケットを扱っているようだ。
近づいてスマホのEチケットの画面を見せてみる。
するとインドネシア語で何か言ってくれるが、もちろん僕にはさっぱり理解できない。
おじさんはあまり英語を喋れそうな風ではなかったのでジェスチャーや翻訳アプリでなんとか意思疎通を図ると、紙の乗車券を渡してくれた。
もう少しここで待っていようと思ったが、やはり乗り場が合っているか不安になってしまう。
改めてググると、近場にもう一つバスの停留所がありそうだということが分かった。
「ここからあまり遠く無いしちょっと行って見てみるか」
荷物を持ってしばらく歩く。
Google Maps先生の案内に従って辿り着いたのは、なんの変哲もないマンションの入り口だった。
「いや、絶対ここじゃないわ」
やはり情報が錯綜している。
先ほどまでいた停留所に引き返した。
とりあえず可能性は一つ潰した。
発車時刻5分前だし、あの停留所で間違いないことを信じて待つことにした。
発車時刻を15分過ぎてもバスは来なかった。
ジョグジャ行きのバスだったら何でもいいから適当に乗って行ければいいかな。
冷静にそう考えていると、停留所に一台のバスが入って来た。
バスの正面には、僕が乗る予定のバス会社の名前が書かれている。
「Jogja?」
バスがら降りて来たスタッフの人に聞くと、そうだと返ってきた。
どうやらこのバスのようだ。
予定通りジョグジャに向かえそうだと安心した。

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約9時間のバス旅も、そろそろ終わりを迎えようとしている。
最初は森や田園地帯を突っ切る高速道路を猛スピードで走っていたバスは、途中から山道に入っていった。
栃木のいろは坂みたいに曲がりくねった狭い道を、けっこうなスピードで走っていく。
それでいて途中で大型のトラックなどと頻繁にすれ違うものだから、乗っているこっちがひやひやさせられてしまう。
しかも、山道の脇には家々や商店が立ち並んでいる。
明らかにここは山の中だ。
だが、そこには小さな町があって普通に人が住んでいる。
さっきからすれ違っている車やバイクは、この辺りに住んでいる人なのだろうか。
山道はかなりの距離が続き、それと同時に町も延々と続いていた。
「高速道路があった場所はあまり人は住んでいなさそうだったのに、ここはけっこう人住んでるんだな」
道は相変わらず起伏が激しかったり曲がりくねったりしている。
標高も明らかに高い場所だ。
そんな所に、多くの人が普通に暮らしているのは意外だった。

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道路のカーブが落ち着き、しばらく走っているとジョグジャの街が近づいてきた。
バスの車窓から眺めると、高いビルなどはないがジャカルタより圧倒的に落ち着いている感じがした。
数分後、バスは停留所に停まった。
僕は、数時間ぶりに大地を踏みしめた。
ホテルまでどうやって行こうかと調べてみる。
どうやらトランスジョグジャというバスがあって、それに乗れば行けそうだ。
近場のバス停からバスに乗って宿に向かった。
見えてきた街の雰囲気は、やはり落ち着きのあるものだった。
小さな商店街立ち並んでいたり、大きめのショッピングモールもある。
クリスマスが近いとあってか、街はイルミネーションで彩られていた。
そして何より、バスの車内からでも観光客らしき人たちの姿を見かけた。
「ジャカルタでは全然観光客っぽい人いなかったのにな」
ジャカルタでは明らかな外国人をほとんど見かけなかった。
それは僕に、この国に滞在することの難易度を上げさせた。
外国人があまりいないと、街でもあまり英語が通じないかもと直感してしまった。
だが、ここは違う。
いかにも西洋人といった顔つきの人たちが、イルミネーションの中を楽しげに歩いている。
その光景は、混沌としたジャカルタの街に1人放り込まれた外国人の僕が、初日からじわじわと感じていた不安を拭い去るのに十分だった。