トンネルの夢(朗読:酒処あやかし 絢河岸 苺様)
その夜、私はトンネルの夢を見た。
幼いころを過ごした家の近くにあったトンネル。高架橋の下にある、短いが大きくて広い。電線込みで電車が十分に通れそうなほど縦にも横にも広がっていて、しかし長さは10メートルと少しくらい。
当然、向こう側の景色は見渡せるほどに(といっても梨畑だけだったが)開けていて、昼間でも多少薄暗くはあっても明かりに困るようなことはなかった。
しかし、その夢の中で私は“向こう側”を見ることはできなかった。
真っ黒で、何も見えない闇。にもかかわらず、たしかにそこに道があるような、そんな感覚だけがたしかにあった。
そのあるようなないような道を通って、ぼんやりとした姿で何かが近づいてきた。
『それ』は腰をまげてゆっくり歩いているような速さで。
もがいているようにも見えるような、そんな息苦しそうな歩みだった。
その様子から私は勝手に老人の様だと思っていたが、本当のところは分かりらない。
薄くダークグリーンの炎のようなものが『それ』の周りを揺らめいていた。
夢の中の私はあわてて逃げ出した。
しかし、私の体は幼いころに戻っていたようで、懸命に走ってもなかなか『それ』との距離が開かず、恐怖ばかりが強くなっていった。
私はどうにか、家に逃げ帰り、靴を脱ぐとまっすぐ階段を駆け上がって二階の自室に向かった。
昔住んだ家だったが、懐かしいなどという感情は全くなかったように思う。
私は襖を開けるや否や、二段ベッドの下の段にもぐりこんで布団を被り......そこで目を覚ました。
起きた直後は現実と夢の区別がつかず、手を見たり、頭を軽く振ったりして、ちょっとずつ意識をはっきりとさせた。
スマホを見ると普段の起床時間よりは少し早かったが、もう一度眠ろうという気にはならなかった。
かといってスマホをいじって時間を潰そうなどという気分にも慣れず、いつもは浴びないシャワーを浴びて、身支度を整え、テレビをつけたところで気が付いた。その日が友人の命日であったことに。
突然の病に倒れ、あっという間にこの世を去ってしまった旧友。
私は背中がぞくりとする感じを覚えたが、しかしあれが亡くなった友人と関係があることだったのか、それは私にもわからなかった。