※怪談募集企画『集まれ!怪談作家』第二回にて第二位に選んでいただきました。以下、こちらにてその作品を公開しています。
最初にケンさんと出会ったのは5年ほど前のことだったと思う。
その日、私は仕事の処理がうまくいかず、憂さ晴らしと気分転換に隣町の飲み屋街に繰り出していた。
一軒二軒と行く間にだんだんと記憶が曖昧になり、最後に行った店で酔い潰れた。
そこがケンさん馴染みの店だったらしく、酔い潰れて歩くこともできなくなった私をケンさんは介抱してくれていたらしい。
年齢は60過ぎ。年は私よりも二回りほど上で妻子無し。周りにケンちゃんと呼ばれているのを耳にしたのでケンさんと呼んでいるが、本名かどうかもわからない。
ケンさんの仕事は夜間警備員。その日はたまたま早く仕事が終わり、始発まで食事を兼ねて飲みに来ていたらしい。
結局、その日の私はどうにか歩けるようになったところでタクシーに身体を詰め込んでもらいなんとか帰宅した。
ケンさんとの再会はそのあとすぐのことだった。
家の近所の工事現場にたまたま来ていたのだ。
最初に声をかけられたときには誰だか分らなかった。
道でいきなり、おや、無事に帰れたのか?と。
続いて、あまり飲みすぎるなよと懐っこい笑顔で言われたところで私は思い出した。
繰り返し礼を言う私にケンさんは、あの店、仕事前に晩飯を食いに行くんだ、19時くらいによくいるからよければ今度来なよ、と店の名前を書いたマッチをくれた。
明日行きますと私が言うと、それじゃあ待っているよとまた笑った。
約束通り19時に店に行くとケンさんは手招きをして自分の横に座らせた。
あいにくの雨でその後の仕事は無くなってしまったと言うので、このまま飲もうかという話になった。
ちょうどいいですし、この間のお詫びに私がここは持ちますというと、再三再四ケンさんは辞退したが、結局私が押し切った。
そして杯を重ねながら私が物書きで何か話のネタになるものがないかを探しているのだというと、ケンさんはどんな話でも笑ったりはしないか?と聞いた。
もちろんですと私が答えると、ケンさんはおもむろに口を開いた。
ケンさんは土日だけ、新たに開館する予定のとある郷土資料館の警備をしていた。
解体予定の小学校の木造校舎を直し、郷土資料館にするという計画があったのだという。
それが予算の関係でいったん保留になってしまったらしい。
その小学校がケンさんの卒業校だったこともあって、ケンさんは会社にお願いしてそこに常勤しているとのことだった。
ケンさんは、その小学校なんだが、いつの間にか近所でも有名な肝試しのスポットとなっていたんだよ、と続けた。
なんでも夜中にこどもの走り回る声がするなんて言われているらしい。
しかし内装は当時の状態を再現しつつもキレイになっているらしく、ケンさん自身が夜中に見回っていても恐ろしい感じはまったくしなかった。もちろん、声を聞いたこともない。
少なくとも肝試し向きの雰囲気ではないとケンさんは言っていたが、その当時でも夜中に忍び込もうとする学生は相変わらずいたそうだ。
仕方なく、普段は防犯装置だけが設置され、学生が長期休みになりやすい三月、七月、八月には夜間警備員も配置されることになっていた。
それでな、とケンさんはさらに話を続けた。
ケンさんにはひょっとしてと思い当たることがあるのだという。
その声はひょっとして「シン君」のものじゃないかと思ったそうだ。
ケンさんが小学生のとき、シン君という友達がいた。
とても仲が良く、しかもそろって悪ガキ。何か悪さをするなら必ず二人でという具合だったらしい。
だから、シン君が夜中の小学校に忍び込もう、と誘ってきたときケンさんは二つ返事で頷いた。当時5年生。来週に卒業式を控えた土曜日のことだった。
ケンさんは当然、シン君が卒業式を盛り上げるために何かイタズラを仕掛けるものだと思っていた。なら自分も一緒にしないわけにいかないなとも。
しかし、シン君から出てきた言葉は意外なものだった。
おまじないをしたい、未来が見えるおまじないをしたいんだ、と。
ケンさんは驚いた。正直、シン君にオカルト的な趣味があると思っていなかったからだ。しかし、当時は今よりもSFが盛んだったし、未来という言葉の意味がもっと輝いていたのだという。
意外に思ったが、やはりシン君が何かするなら自分が参加しない理由はない、と快諾した。
実際、ケンさんも未来を見てみたかったのだという。
失敗したら戻ってこれないかもしれないけど。なんてシン君は言っていたが、ケンさんは正直、その言葉の意味をあまり深刻に考えてはいなかった。
その日、23時に校舎裏で待ち合わせる約束をして、二人は別れた。
帰ったら少し昼寝をしておこう。そんなことまで考えていたという。
しかし、ケンさんは家に帰り。そして、その晩シン君と合流することはできなかった。
その夜、ケンさんのお父さんが倒れた。幸い大ごとにはならなかったが、気が動転していたケンさんはシン君との約束をすっかり忘れてしまった。
思い出した時にはもう約束の時間は過ぎていたという。
事情が事情だけに謝れば許してくれるだろう。そう思っていた。
しかし、ケンさんが週明けに登校するもシン君はその日学校に来なかった。それどころか、担任の先生もクラスメイトもシン君のことを覚えてすらいなかった。
背は自分よりも少し小さくて、でも目は大きくて、いつも一緒に自分といたずらをしていた......、とそこまで言っても誰もシン君のことを覚えていなかった。
そして、シン君、シン君と周りに説明をしていながら、ケンさんはあることに気が付いた。
シン君の名前が出てこなかった。
シンイチ?シンジ?シンスケ?シンヤ?シンタロウ?シンゴ?シン......。
どの名前を思い出しても、そうであったのかように感じるし、そうでなかったようにも感じた。
帰り道、ケンさんはシン君の家を訪ねることにした。行き慣れた道で、迷うどころか目を閉じてでも辿り着ける自信があったのに、その日ケンさんは遂に見つけることもできなかった。
あれ以来、シン君は消えてしまった、とケンさんは言った。
おまじないを失敗して帰ってこれなくなり、そしてどういったことかみんなの記憶からも消えてしまった。そういうことらしい。
でもさ、とケンさんは続けた。
俺はもしかしたらシン君が成功したんじゃないかと思ってるんだ。
成功して未来に行って、だからみんなの記憶から消えたんじゃないか。
だから、夜、校舎の中を歩いていればひょっこりシン君に会えるんじゃないか、そんなことを今でも考えてるんだよ。
といい、人懐っこく笑った。
話を聞いて以来、時々私は店に顔を出し、ケンさんがいれば一緒に食事をしたり、お酒を飲んだりしていた。
1年2年とそれが続き、しかしある時期、仕事が忙しくなり店に顔を出すこともできなかった。
久しぶりに顔を出せたのはある年の4月の初めのことだった。
「ケンさんが亡くなった」とケンさんの同僚だという男性に言われた。
例の小学校で夜中、心臓発作を起こしたそうだ。不審な点はなかったらしい。
「ケンさん、もともと身体に悪いところなかったからびっくりしたよ。聞いたところじゃ、ばったり倒れてそのまま眠っちまったらしいよ」
男性はそういうと、俺も他人事じゃないわと言って小さく笑った。
結局、その資料館の計画は計画のまま白紙に戻り、木造校舎もほどなく解体されることになった。
ケンさんが最後に何か見たのか、それとも何も見なかったのか、それは私も知らない。