火矢の祭り(朗読:はこわけあみ様)
これは私が祖父から聞いた話だ。
私の母方の田舎に『飛矢の祭り』という村祭りがある。飛ぶ矢と書く。
土地神様に奉納した矢を神主が的に向けて放ち、その矢が的の真ん中を射抜くと、その年は山の恵みを十分に受けることができるというものだった。
矢は三本用意され、的は大きく、距離は近い。日ごろから鍛錬している神主が三本とも外すとは考えられない。
占いとしては形式的なものだというしかないだろう。
興味深いことに、この神社の土地神は山の神ではなく火の神である。
というのも、この村は山間に位置していて、周りを山々に囲まれている。
本来ならば山の神の怒りこそ恐れるべきものだろう。
しかし、古くから住む者たちは生計(たつき)を山の恵みによって成り立たせ居ている。ひとたび山火事が起こればその生活の多くを失うことになる。
それゆえに、山の神への信仰と火の神への信仰が入り混じったのではないか、と祖父は言っていた。
そして、この祭りにはもう一つの意味がある。
「山に入って迷ったものが無事に帰ってくるように」と祈念する側面があるのだという。
さして険しい山ではなく、登山道具などをしっかりと揃えていれば慣れたものが迷うということはまずない。とはいえ、ブームで訪れた軽装の若者や、近隣のものでもまだ山に慣れぬ子供などはときどき迷う。
村の青年団が出動するということも数年に一度くらいはあるようだった。
祖父の祖父、私の高祖父(こうそふ)にあたる人物が、やはり山で迷ったことがあったらしい。
その年は山菜が豊富に採れる年で、高祖父は喜び勇んで足しげく山を登っては山菜取りをしていた。
ただ、私も詳しくは知らないのだが、山菜というものはあまり一か所で採りすぎてはいけないらしい。次の年が不作になるからだそうで、そのため、高祖父はさらに山菜を求めて山の奥へと入っていってしまった。
高祖父は日が暮れていくのに気が付いて慌てて道を戻ったが、秋の日は釣瓶落とし、気が付くのが少し遅かったようで、帰りの途中には真っ暗になってしまった。
折悪しくその日は新月。月の明かりを頼りにすることできなかったので、高祖父はその場所で青年団が来るのを待つことにした。
(山道から大きく逸れているわけではないから、そのうちに見つけてくれるだろう)
”帰れる”ということに、高祖父は心配はしていなかったが、帰った後こっぴどく怒られるだろうことを思い、大木の根元で気を重く膝を抱えていた。
しかし、高祖父の予想に反して、助けの声はなかなか聞こえてこなかった。
このとき、高祖父の他にも帰ってこない子供がいた。
迷ったと思われる場所は高祖父が登った山のちょうど反対。
しかもそちらの子供のほうが幼かったため、青年団は高祖父捜索の順番を後に回した。
高祖父はだんだん不安になってきていた。
ひょっとして自分は思ったよりも山の奥に来ていたのか。
しかも帰り道を戻ったつもりでさらに奥に来てしまったのではないか、などと考え始めていた。
高祖父には青年団の声が聞こえない理由は分からない。
今更になって、高祖父は山の暗闇に恐怖を感じ始めていた。
「あぁ、どうしよう。ここで一晩過ごさないといけないかもしれない」
と、心細くて泣きそうになった。
そのとき、
フォォォォンッ!!!!!
と、風を切るような音が聞えた。
驚いた高祖父が慌ててそちらを見ると、天に向かって火矢が真っ直ぐに上がっていた。
音に驚き、火矢に驚き、訳も分からず辺りを見回して......、高祖父はおかしなことに気が付いた。周りが明るくない。
炎をまとった矢が高く上がれば周りにもその明かりが届きそうなものだが、その感じがない。
辺りは相変わらず真っ暗で、しかし火矢だけは煌々として天を目指して飛んでいる。
これは火の神様の助けに違いないと思った高祖父がその矢の上がった方向に向かって走った。
子どもが暗い山道をひた走れば、普通、足を取られて転んでしまう。
ところが山道はまるで何もさえぎるものがないかのように高祖父を案内した。
「まるで木々が避けるようだった」と高祖父は語ったという。
こうして矢の放たれた辺りに行くと、また
フォォォォンッ!!!!!
と風を切るような音が聞こえて火矢が上がる。そして高祖父はそれを追いかける。数度繰り返すうちに高祖父はいつの間にか無事に村へとたどり着くことができた。
青年団はちょうど先の幼子を見つけて、今まさに高祖父の捜索へと向かおうとしていたところだった。
高祖父の姿を見つけた青年団の一人は、高祖父に駆け寄ると「なんでじっとしてなかった。暗い山道を歩けば危ないことぐらいわかっていただろう!」と𠮟りつけた。
しかし、高祖父が山であったことの一部始終を話すと、村の年寄りが青年を押しとどめた。
「子どもが山に迷うのは山の物怪の仕業だ。土地神様が助けて下さったのなら叱るにはおよばない。日々の信心が身を助けた。お前たちもゆめゆめこのことを忘れるでないよ」と青年たちを戒(いまし)め、高祖父の頭に手を置くと優しく撫ではじめた。
こんなことがあったからではないだろうが、この村で『飛矢の祭り』は別名で”燃えるほうの火”に矢と書いて『火矢の祭り』とも呼ばれ、いまだ火の神が篤く信仰されている。
その証拠に、祭りの夜、家々ではわざわざ薪で風呂を焚く。
このとき風呂の湯に『飛矢の祭り』で焼かれる「導き札」というお札の灰を入れ、その湯につかる。
そして一年の無事を感謝し、次の一年の無事を祈るのだという。