先日、投稿した怪談「そのプールで泳ぐな」には後日談。というか別の視点からの話があった。
それは先日の話を投稿してすぐのことだった(実は最初の投稿の際はどの高校なのかわかる人にはわかるような記述をちりばめて書いていた)。
当時の顧問だったという女性から連絡がきたのだ。
要件は怪談を削除して欲しいということだった。
私はその依頼は受けることにした。
ただし怪談そのものは残すが高校が分かるような記述だけはしない、という条件で。
彼女も渋々だが折れてくれた。
代わりにどうしても気になることがあったので、それを顧問だという女性に質問することにした。
ネット上のやり取りでは誰が盗み見るとも限らない。
直接会って話がしたいというと、女性はとある喫茶店を指定した。
第一声、私が自分の身の上を名乗ると彼女は大変驚いたようだったが、私がこの話を知りたがった理由も察してくれた。
要件は一つ。
どうして彼女は溺れたのか?というものだった。
溺れたというよりも正直、沈んだ、あるいは水の底に引き込まれたというべきだろう。
顧問だったという女性は少し言い淀んだあと、一つの可能性を挙げた。
「呪いではないかと思います」
彼女がそう確信するのには理由があった。
そのエースの少女が溺れたとき、その少女に負け続けた少女がいたのだという。
負けん気が強く、努力家でもあったが、才能という点で劣っていた。
個人戦ではいつもエースに一歩届かず、しかしリレーなどでは十分に他校の生徒よりも優れた結果を残していた。
自他ともに厳しい性格のせいで部活動の中でも浮いていたらしい。
いつもエースの少女を睨みつけるようにしていて、それは当時教師だった女性でも恐ろしくなるほどだった。
しかし、表立って何かいじめのようなことをするわけではなかった。
少女はひたすら努力し続け、その練習量では部内でも一目を置かれていたらしい。
だが、その努力が裏目に出てしまった。
少女は大きな怪我をしてしまったのだ。
校内選抜を決める部活動内のレースがあり、その直前ことだったらしい。
怪我は練習をしすぎてしまったことが原因であり、完治は見込めたが、最後の夏を少女は治療で棒に振らないといけなくなった。
どの道、大会が終われば受験に専念することになるし、怪我をしてしまっては大学に推薦で行く夢も描けない。
少女は退部を申し出て、女性も惜しいことだと思いつつも了承した。
そのときのことを女性はこのように言っていた。
「静かだったんです。ただただ静かだったんです。でも、それは気力を無くしているとか落ち込んでいるとかではなくて、私には、まるで爆発寸前の何かを見ているような気分でした。彼女の中にあった何かが、彼女の周りをぐるぐると廻っているようなそんな寒気のする雰囲気だったんです。それなのに少女はまるで憑き物が落ちたみたいな顔をしていました。」
直感的に危ないものを感じたけれど、相変わらず少女自体は何もしていない。
女性はかける言葉もなく少女を見送ったらしい。
件の事故が起こったのはその直後のことだった。
そのとき、顧問もプールサイドにいた。
泳いでるさなか、エースだった少女が忽然と水中に消えたのだ。
周りの生徒もすぐに気が付いたが、女性を含め、近づく者はいなかった。
少女はもがいてもいなかったし、あまりにも自然に消えたので、一瞬潜ったのだと錯覚したのだ。
目的は分からないが、すぐに上がってくると思ったが、予想に反して上がってくる気配がない。
少し心配になってきたころ、頭部が水中から現れたのだ。女性は「ああ、びっくりした」と思いながらも胸をなでおろそうとした。
ゴーグルでも水中に落としたのかもしれない。そう思った。
しかし、直後の光景に女性は目を疑った。
浮かんできた少女はエースの少女ではなかった。
あの、退部した少女だったのだ。
顔は無表情だったという。
少女は顔を二度三度と横に振った。それは周りを見渡しているようだった。
そして、再度水中に消え、そのあと浮かんでくることはなかった。
退部した少女をその後、見かけることはあったが、特におかしなところはなかった。
どちらかと言えば、少し明るくなって友人も増えたように感じたらしい。
女性もたびたび少女から挨拶されたが以前のような寒気のする気配を感じることはなくなっていた。
ただね、と女性は続けた。
「あの事件が起こってから、エースと呼ばれるような子がいると、必ずプールで事故に遭うようになったんです。そんなに大きな出来事じゃないし、足をつるとか、そのくらいのことなんだけど、何かが起こった子はそれ以来、決まって急速に成績を落としてしまうようになった」
事件の後もしばらくの間、女性は顧問を続けていたらしい。
辞めようと思いつつも、不安を感じて辞めることができなかったのだという。
彼女が見つけた対処法を次の顧問に引き継ぐまでは。
「エースを作らないこと。それが唯一の対処法でした。個人戦でも可能な限り大会ごとに選手を変えて、大会の当日までは代表選手を口外しない。メドレーでもアンカーは固定しない。それを徹底したら、結果的に大会直前までみんな練習を頑張るようになったし、全国までは厳しかったけれどみんな好成績を収めるようになってくれて、しかも大学に行ってから活躍する選手がたびたび誕生したの」
それは怪我した少女が辿った道筋を追いかけるようだったという。
女性はそれはそれでよかったのかもしれないと言いながら、暗い表情で言った。
「でも私はこれが呪いだと思うのです。なんでこんなことなってしまったのか分からない。私はただ、次の犠牲者が出はしないか、それだけが心配でいまでも時々色々と調べてしまうんです」
一番の呪いを受けたのは貴女では?そう言いかけて私は口を噤んだ。
言ったところでどうなるわけでもあるまい。
私は彼女から再三、投稿した話を直すようにと念を押され、別れた。
もちろん約束は守るつもりだ。
多分、彼女の懸念は当たっていると思ったからだ。
みんなに知られることで、この呪いは強くなる。
直感で私はそう感じた。
だから、私はこの怪談を投稿したが、どの高校かだけは分からないようにした。
願わくば、いらぬ詮索はしないでほしい。
時期に『彼女』がプールからいなくなるまで。