コインロッカー(朗読:かすみみたま様)
その日、僕は駅の構内で友人を待っていた。
スマホに視線を落とすと時間は12時25分。
約束まではあと5分。友人から28分着の電車に乗ったとLINEがあった。
友人はいつも、時間どおりにくる。らしいと言えばらしいが、いつも早めにくる自分に少しは合わせてくれてもいいような?と思わないでもない。
ま、自分も友人に合わせる気がないからどっちもどっちか。
『ここを開けてくれ……』
突然、背後から男の声が聞こえた。
疲れた感じの嗄(しゃが)れ声。中年から初老くらいだろうか?
ソッと目線を後ろに向けるとそこにはコインロッカーがあった。
扉の一つが小刻みに震えていた。
「…………ふぅ」
僕はその声を無視して、スマホをいじり続けた。
『開けろ!開けないか!』
背後の声に怒りが混じってくる。
『祟るぞ!開けないと祟るぞ!!』
声に脅しが混じるが、さらに僕は無視した。
ロッカーを開けて祟られたことはあっても、無視して祟られたことはなかった。
『開けてくれ…開けてくれよぉ……』
男の声が懇願にする声に変わったところで僕はコインの投入口に硬貨を投げ入れた。
鍵を回して引っこ抜く。
そのまま真っすぐ馴染みの駅員のところに向かった。
「はい」、と若い駅員さんに鍵を渡すと、駅員さんは苦笑いしながら百円玉を三枚渡してきた。
「夕方を過ぎ、日が沈んだあたりで開けてください。それで今回は大丈夫だと思います」
僕の言葉に駅員は頷くと鍵を引き出しにしまった。
電車の到着するアナウンスが流れた。
ほどなく友人がホームからの階段を上がってくるのが見えた。
友人は慌てる様子もなくダラダラとこちらに向かって歩いてくる。
並び歩きながら先ほど会ったことを話した。
「また声が聞こえたんだ?」
友人の問いかけに首を縦に振った。
「今日はおじさんだった。たぶん、この間、線路に飛び込んだ人だと思う」
「おじさんね。放っておいたら危ないのか?」
僕は軽く一度だけ頷いた。
聞こえない人は開けてしまう。
だから僕はコインロッカーを使ったことがない。
僕が声を聞いてなくても、そこに誰かがいないとは限らないから。