墓地の警備(局長の話)
私が遠縁のあるおじさんがから聞いた話。
おじさんは数年前まで、とある霊園の事務局で局長として働いていた。
当時も今も夏になると肝試しをしに墓地に来る若者たちがいて、また、そういう人達に限ってゴミを散らかし放題で帰っていくのだそうだ。
肝試しそのものももちろん困った話ではあるのだけれど、ゴミが一番の悩みの種だった。
場所が場所だけに放っておくわけにもいかなかった。朝早くからお墓参りに来る人たちも少なくはなかったから、来園前に片づけておかないといけない。
それに夏場だから腐るのも早いから臭うし、虫もわく。
朝の清掃の手間もいつも以上に掛かり、清掃担当の職員からも苦情の声が聞こえていた。
入り口の各門には夜通しで守衛もいたが、だだっぴろい土地に作られた霊園では十分な防犯対策とは言えない。
仕方なく警備会社に委託して、巡回用に警備員を雇って対応することになったのだが、おじさんはほどなく妙なことに気が付いた。
曰く、「同じ人が来ない」のだという。
警備会社から派遣された人が毎夜巡回をしているわけだから、もちろん同じ人が来ないといけないということはない。
だが、それにしても違う人ばかりくるというのはいささか引っかかった。
おじさんは警備会社に電話をして、事情を確かめることにした。
「あ、○○警備会社さん?××の霊園の事務局長なんですが、ちょっと気になることがありまして」
と切り出し、どうして違う人ばかりが来るのかと訊ねた。
やっぱり同じ人の方がこっちとしても有難いんですが、とおじさんはいうが、警備会社の営業の男性は歯切れが悪く、いい返事を返してこなかった。
しばらくそうして押し問答をしていると、男性がちょっと遠慮がちにこう言ってきた。
「うちの警備員がね。出るっていうんですよ。××様のところで。幽霊が」と。
男性が「いや、こっちもバカなことを言うなとは言っているんですけどね」と続けるも、この男性がその話をバカなことだと思っていないことが雰囲気で分かった。
そのまま男性にそう伝えると声色がより一層渋いものとなった。
「ほとんどの場合、うちも相手にしないんですけど。絶対そういうことを言わなそうな人まで、俺は無理だって、言い出してるんです」
しかも、行きたくないというすべての警備員がほぼ同じ証言をしているのだという。
「白い服の長い髪の女、とかだったら、私も作り話だとか見間違えだとか思ったんでしょうけど。そろいもそろって、イマドキの子だっていうんです。茶髪のセミロング。ジーンズのショートパンツ。丈の短いTシャツに素足に低いヒールのサンダル。夜だから細かい柄とかまでは見えなかったみたいですが、聞くと大体みんな同じ特徴で」
警備員はみな、最初はまさに肝試しをしようと入り込んだ若者だと思い、注意のために近づくのだという。
ところがどれだけ追いかけても一向に追いつかない。相手が走って逃げているわけでもないのに一定の距離を空けて近づくことができないらしい。
夏の夜間警備。夏休みを利用した大学生などもいたから、中には足に相当な自信があった警備員もいたのだが、やはり追いつけはしなかったという。
「それで追っかけて行くうちにだんだんムキになってきて、必死に追いかけてしまうそうです。後になってみると、自分でもちょっとおかしかったと思うくらいに。そうしてかなり霊園の奥にまで追っかけたところで、急に懐中電灯の明かりが消えてしまうんです。警備員はそれ以外にも誘導灯、点灯するベストと装備していますし、スマホだって持っています。なのに、そのすべてが点かなくなるそうです。××さんのところは奥に行くと街灯もない林みたいなところがあるじゃないですか。そこに誘い込まれるみたいで」
真っ暗な世界の中、少女の姿はもう何処にも見えない。
正気に戻った警備員は混乱しながらも、なんとか遠くに見える明かりを頼りにとりあえず休憩所に戻ろうとする。
すると、道すがら背中の方から「また来てね」と寂し気な女の子の声が聞こえるのだという。
「みんな、もう一度行く勇気が出ないって言うんです。休憩所に戻るまでに襲われるとかそういう話はないんです。だからまだこちらからは何も言いださなかったんですけど」
そう男性は話を区切ると一言、
「何か、ご存知ではありませんか?」
と訊ねてきた。
知りません、おじさんはそう答えるしかなかった。若い女性が亡くなるような、そんな事故があれば自分が知らないはずがない、と。
「何も事故はなかったはずです」
そうおじさんがいうと担当者が小さいな声で「そうですか」とつぶやいた。
場所が場所だけにおじさんも身に覚えがないとは言いかねた。
そのひと夏の間、いったい何人の警備員が入れ替わり立ち替わりきたのか。途中で数えるのも止めてしまった。仕事はきっつりこなしていたようで、不法侵入した車のナンバー(だいたい霊園の周りに放置されている)を何台も突き止めることができた。
対策したと噂が流れて若者たちが減ってくれれば言うことなしだ。
なにより何事もなかったのがせめてもの救いだったとおじさんは言う。
おじさんは警備会社と一部職員に箝口令をしいて、噂が広まらないようにした。
そして次の年からは巡回をやめて朝の清掃に人を増やした。
本当は頼みたかったのだけれど、警備会社から断りの電話があったそうで、おじさんとしても無理強いはできないと諦めることにしたのだそうだ。
幸い、次の年からは徐々にごみの散乱が少なくなっていき、おじさんが辞める頃にはほとんど見かけなくなっていた。
実は警備会社と電話をした後、場所が場所だけに「誰か埋められているんじゃないか」とおじさんは心配になり、例の林の辺りを職員数人と一緒に昼間見に行った。だが、なにも見つけることはできなかった。もちろん、すべての土地を掘り返したわけではないけれど。
そのまま職員による少女の目撃例もなかったので、以降そっとしているのだという。
「一応御祓いだけはしてあとは知らぬ存ぜぬだ。触らぬ神に祟りなし。まあ今回は神ではないけどね」
だから、「また来てね」の意味だけはいまだに分からないままなのだという。