5Gも視野に新しいフェーズに突入する衛星通信市場
日本はケータイ通信網やブロードバンド通信網が充実しているため通信環境が生活に影響することは余り聞かれませんが、米国は国土が非常に広く、郊外に出るとケータイ通信網にアクセスできなくなることも普通で、ブロードバンドが使えない地域も多いです。世界的に見てもブロードバンドはおろかインターネット通信が普及していない地域の方が多いのが現状です。そんな中、低地球軌道 (LEO: Low Earth Orbit) の通信衛星を利用した世界規模のブロードバンド サービスが注目を集めています。
この数年、イーロン・マスク氏率いる米SpaceX社が Starlink と呼ばれるブロードバンド通信サービスを展開しており、低地球軌道 (LEO) 上にすでに 2,000基を超える通信衛星群 (コンステレーション) を打ち上げています。現在北米を中心に 10万台を超える衛星通信端末セットを利用者に出荷しており、衛星通信を行うためのパラボラ アンテナや専用の受信機、Wi-Fiルーターなど一式を購入 (US$499) する必要がありますが、月額 US$99で空が見える場所であれば地球上のどこでもブロードバンド通信環境が手に入ります。
日本市場向けでは先日 KDDIが SpaceX社との提携を発表、日本国内向けに地上設備の整備が難しい山間部や離島でも追加料金なしで通話やインターネット サービスを展開する計画のようです。過疎地での光ファイバー網が不要となり、低コストで通信インフラを整備できることに期待が高まります。通信衛星ネットワークを活用することで災害や停電などで地上の通信インフラを使えなくなった場合のバックアップ機能や、老朽インフラの点検や災害監視、農業など様々な用途への展開も期待できます。KDDI は既存の基地局に衛星との通信用アンテナを設置する計画で、山口衛星通信所 (山口市) にはスペースX の衛星専用の無線局を新設。衛星経由でデータをやり取りできるようにするそうです。
また数年前には倒産に追い込まれた英OneWeb社も最近ヨーロッパや北米のパートナーを得て事業化を急速に進めてきています。特に最近の数か月は AT&Tとの提携や軍事利用などのニュースで話題になることが多かった印象で、既存の通信インフラを補完する方向に取り組んでいるようです。例えば AT&Tとの提携では北米でブロードバンド サービスが提供できていない地域に対し OneWebの衛星ブロードバンド ネットワークで中継する展開や、ケータイ網向けのセルタワーを結ぶバックボーン ネットワークの展開を計画しているようです。
米Amazonも衛星ブロードバンド プロジェクト「Project Kuiper (カイパー)」は最近あまり進捗が聞こえてきませんが、Project Kuiper は最終的に 3千基強の衛星を低地球軌道上に打ち上げる計画で、26.5~40GHz帯(Ka band) の電波を使い 4K映像も視聴できる 400Mbps前後のダウンリンク サービスも予定しています。Amazon は最終的な利用者価格にこだわっているようで、手頃な価格で衛星通信サービスが提供されるのではないかと期待しています。
さらに 米Nanoracks社の創業者の一人である Charles Miller氏が手掛ける 米Lynk Global社(旧Ubiquitilink社) は先月 (2021年9月)、衛星軌道から 5Gの双方向データリンクのデモンストレーションに成功したと発表しています。初期テストでは、ノイズやドップラーシフトなど一部の専門家から不可能と言われていた要素を打ち消すことができたことが実証され、2020年には衛星から直接普通の電話機に初めてSMSメッセージの送信に成功しています。ナローバンドではあるものの、衛星を使って都市全体に避難メッセージを送信するシナリオが実現できることを示しました。
今までも通信衛星サービスはありましたが、低地球軌道 (LEO) の通信衛星を活用するメリットはその近さです。Starlink や OneWebなどの LEO通信サービスは国際宇宙ステーション (ISS) のちょっと外側となる地上およそ 500km上空の軌道を周回します。この距離は東京から大阪ほどの距離なので、通信の遅延は非常に少なく、また通信用の電波も比較的弱くても地上をカバーすることができます。しかし軌道が地球に近いということは短い時間で地球を周回することを意味しており、LEOの軌道では ISSのように 90分強で地球を一周してしまいます。つまり LEO通信衛星が地上から見えている時間はおよそ 8分弱で、地上からこれらの通信衛星を使って通信しようとした場合、非常に速い速度で空を移動する通信衛星を追跡する必要があることと、通信が途切れる前に別の通信衛星との通信を確立しなければ安定した通信は行えません。これらが今までの LEO衛星通信の技術的課題でした。また LEOでくまなく地上をカバーしようとした場合、実に 3万基以上の通信衛星が必要になり、通信衛星のコストを抑えるために小型化することと打ち上げコストを抑える必要があります。また通信衛星は故障しても修理しに行くことができないため、通信衛星が故障した場合には速やかに別の通信衛星で機能を肩代わりし、故障した衛星は軌道から取り除く必要があるため、通信衛星のオペレーションも今までの人口衛星管理とは異なるアプローチが求められます。
今までの大型の通信衛星は地上から見て静止しているように見える静止軌道 (対地同期軌道) を周回しているものが多かったです。気象衛星でお馴染みの「ひまわり」もこの部類の人工衛星です。時刻と共に移り変わる夜空の星々と異なり地上から見て常に空の一点に静止しているように見えるため、地上のパラボラ アンテナはほとんど移動する必要がないのが特徴ですが、この静止軌道は地上 4万km前後の距離にあり、実に LEO軌道の 100倍近く遠くになるため、通信上の遅延も大きくなるのに加え、通信用の電波も大きな出力が要求され、通信衛星に搭載するアンテナや電源などすべてが大型化せざるを得ません。
最近 LEO通信衛星によって加速し始めた新たなインターネット通信市場ですが、直接的・間接的に今後皆さんも利用する機会が増えるのは間違いなさそうです。宇宙ビジネスが身近になることにワクワクします!
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