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ぼくはsupreme豚である


とある土曜日の朝、AM5:00にセットした目覚ましのけたたましいアラーム音に目を覚まし僕は外出の支度を始めた。

外に出ると、陽が半分顔を出すかほどの明かりを見せつつ未だ夜に包まれている。夏の終わりなのにやけに寒く、長袖を着た僕は電車に乗り込み原宿に向かう。

始発近いということもあり、車内には昨日朝まで飲み明かしたであろうほろ酔いの大学生や、部活の練習に向かうのか冷たい風に頬を赤く染めた中学生たちが居た。
そしてその休日の穏やかな空気の中にチラホラと真逆のオーラを放ち、まるでなにか勝負事前かのような目をした男たちがいる、恐らく目指す先は僕と同じなのだろう。

車掌のアナウンスが原宿駅の到着を告げる。いつもと変わらない声と台詞だが、この朝に限ってそれは戦闘開始のゴングとして僕たちの耳に届く。
ドアの開場と共に僕らは駅に降り立ち、至極スムーズに改札をくぐり、足早に同じ場所を目指した。


原宿駅から表参道を横切り、渋谷側に位置する代々木公園入り口へ5分ほど歩き、目的地に到着する。
そこには他から集まってきたであろう同じ目をした男たちが点々と留まっている。僕も自販機で飲み物を買い、同じように一本の街路樹に体重を預け、スマホの画面をなぞりながらその時を待つ。
そのまま何か事が起こるわけでもなく時計の針は7:00を指した。

するとそこに、数人の黒ずくめの男達がやって来た。点々としていた僕らは一斉にそちらに視線を向け生唾を飲み込み、頭の中で呟く。

「来た…」

その男たちは全員、恰幅が良く、色黒で、耳は餃子のようになっていて、なにかしらの格闘技経験者だということが伺える。服の下からタトゥーが首まで伸びている者や、2mはあるであろう大柄のアフリカ系アメリカ人もいる。そして皆ガゼルの群れに忍び寄るライオンの様に眼光を光らせていた。そして同様に胸には文字が刻まれている。
その文字は大手屈指の警備・ボディガード会社の一員だということを意味している。

それと同時に逆らってはいけない人達という事でもある。

以前僕はこの警備員の1人でNBAのジェームズ・ハーデンぐらい髭を蓄えた巨漢に至近距離で「顔面潰すぞ」と耳打ちされたことがある。本当に潰す気で放つ声質に震え上がった。僕の思慮の低さが招いた事なので非はこちらにあるが、ビビりすぎて30歳手前にして初めて本気の土下座をしかけた経験が頭に蘇る。


そしてこの黒ずくめの男たちがある場所まで移動して1人が手を挙げると点々としていた男たち何人かがそこに向かって走り出した。それを眺めつつまた何人かはゆっくり歩き出す。僕もそうだ。

次々と男たちが並び始め列がなされて行き、気付けば200-300人は居るのだろうか、公園入り口から道沿いに100mほどの人の列ができていた。

彼らはこの朝に大量に集まる僕らの統制を任されている。


そのこともあり、人の多さとは裏腹にシンと静まり返っている。列も5人横並びでピチッと隙間なく並び、カバンは邪魔にならぬよう皆足元に置き、その様子を檻の外から獲物を狙う猛獣のように黒ずくめの何人かが眺めて居る。
列からはみ出たり、縁石に腰を降ろそうとするものがいれば、すぐさま黒ずくめから強めに注意が入る。あるものは恐怖し、あるものは反抗の態度を示すがすぐに後悔することになる。僕らは彼等に従う以外に道はない。


初めて来たのか日本語の出来ない外国人が友達と列内で離れてしまったことを訴えているが、黒ずくめからしたら関係ないようだ。また強めに「あ!?」と一喝され、その外国人はおし黙る他ない表情を浮かべる。

ここはまるで刑務所のように感じる。

そして300人ほどの囚人達はそのまま、容易に座ることも許されず足が棒になっていく感覚を感じながら1時間ほど待つと、先頭の方がざわつき始めた。

前の様子が見えない僕らでも、それがなにを意味するか分かり、周りは「きたきた…!」と刑務官達の目を気にしながら静かに高揚している。

列の人混みから首を限界まで伸ばし先を見ると、これまた3-4人ほどの男たちがこちらに歩いてくる。
黒ずくめの男たちと違い全員痩せていて、ラフな格好だがどこか洗練されていた。


そして彼らが着ている服に書かれた文字、僕らはそれに目がない。

このために疲れた身体を引きずって朝早く起きることもできる。

黒ずくめに見張られながら足も棒にできる。

顔面潰すぞと言われてもパブロフの犬の様にまた求めてしまう。

そこには〝Supreme〟と書かれていた。


シュプリーム


日本語で〝最高〟


1994年にマンハッタンの路地に誕生して以来、アパレルシーンに絶大な衝撃を与え続け、2017年老舗ハイブランド、ルイ・ヴィトンとの衝撃コラボを経て、全アパレルブランドランキングでNo.1に輝いた、ストリートカルチャーを語る上で外せないキング・オブ・ストリート、それがSupremeである。

僕は服は好きだ。Supremeの服が古着屋などで高額取引されているのは知ってたが、数年前、初めて店舗で手に取り完全にその尖りきったブランドイメージに魅入ってしまったのだ。


都内では、原宿、渋谷、代官山に店を構え、新作のアパレルや小物は毎週土曜日に発売する。

開店はAM10:00だが、新作を求め多くの人が訪れる。店舗は小さく、商品にも限りがある。時には2-3着の入荷しかないアイテムに対しても300-500人が集まるのだ。

そこでSupreme側はアイテム数に対して大量に訪れる囚人のような僕らを対象に入店順を決めるゲリラ抽選を行う。公式ツイッターアカウントも無ければ公式ページなどでの他のショップのようにご丁寧な案内などはない。もちろん場所時間全ての情報が隠されたガチゲリラだ。
そのため黒ずくめの男たちが到着し、その場所にいないものは抽選対象外となる。
1秒でも並び遅れればもし、大量に汗をかき、悲願の表情を浮かべてようが無慈悲に黒ずくめに追い返される。それでも諦めきれず近くに留まる者には怒号すら飛ぶのである。

大抵、新参者はここで戦いの螺旋から弾かれる。

何度か訪れ経験をしてやっと戦いに参加できると言っても過言ではない。


そしてSupremeの店員達は僕らを20人1グループに分けてボロボロのショッパーの中に入れた番号札で順番を決めていく。
そのため前の方に並べばいいというものではない。一番後ろのグループが先頭になることもザラだ。なので並び開始で急ぐ必要はない。全ては運なのだ。

店員が大体順番を決め、紙に書いたのか動き出す。

正念場だ。

選ばれたグループは店員が列から引き抜き、先頭に並ばせていく。先に出荷されてくsupreme豚達は恍惚の笑みを浮かべ隊列を崩さず店員についていく。
ここで5グループ目までに選ばれなければ正直なにも買えないと思った方がいい。

それを過ぎると、経験者たちは敗北を悟りスッパリ列を抜け肩を落として店と逆方向に消えていく。それでも可能性を信じて並び続ける者もいるがここから店に入れる約4時間後、どうなるかは火を見るより明らかなのだ。

その日、なんと僕は見事2グループ目をゲットし店頭まで進むことが出来た。そこにいる自分が求める服を買う権利を得た僕らはネットでカタログを眺めながら開店を待つ。ここからは何時間でも待てる、棒になった足も羽の様に軽い。
周りからは、あのアイテムは買えるかな、このパンツと合わせたいななどと、過酷な抽選を生き抜いた者たちの安堵の息が混じった会話が聞こえてくる。


長きに渡る戦いを経てAM10:00、遂に開店時間になる。店内から漂うお香の香りと、イカしたヒップホップのリミックスFMの曲が外まで漏れてくる。この瞬間、身体が熱くなり叫びそうになるが、落ち着け、その行為はイケてない。
開店から数十分後、2グループの自分の番になり遂に店に足を踏み入れる。ここでも欲が出て慌てて列を乱せばいつでも帰らすぞと言わんばかりに黒ずくめが、眼を光らせている。
焦るな、焦るな、疲労感を外に捨て、まるでフラリと来たかのように入店する。
その店内は木でできた床に眩しいほどの白い壁、洗練された空間に、新作アイテムが並んでいて、新作アイテムを200万点で着こなした店員達がジッと僕たちを見ている。
いますぐアイテムをこの手で触りたいが、それは許されない。

未だ僕らは囚人なのだ。

そう、これは並びだけの話ではない。
黒ずくめが刑務官で僕らが囚人ならば、Supremeの店員は神なのだ。

お客様は神様だ。

Supremeにおいてその言葉は意味をなさない。
あるとすれば、店員は神!僕たちは豚!

もちろん、いらっしゃいませも無ければ、日常当たり前に提供されている、笑顔の接客なんてものはない。

平日にでも店舗に行ってみれば体感できるが、客に対して神達はは興味を全く示さない。頭にあるのは早く店を閉めてスケートを走らせたい、それだけだろう。

SNSなどでもこの接客態度に苦言を表すつぶやきが山ほど出てくるが、これはブランドイメージのひとつであり、Supremeがアパレルのトップに君臨するワケでもある。

逆にいつか彼らが笑顔で「ゆっくり見てってくださいね」なんて言ってきたとしたら残念に感じてしまうだろう。
外ではあのドSもこのドSも、店内ではみんなドMになってしまうのだ。


そしてやっと欲しいアイテムを選べる順番がくる。
オーバーサイズのワークジャケットにスケートでソールが減ったスニーカーの店員が僕に近寄ってくる。

て、店長。。。

そう彼は知る人ぞ知るこの店舗の店長だ。

店長は豚でも見るかのような眼で僕を見ながら一言。

「で?」

これだよこれ。


「ご希望はどちらですか?」

ちがう。

「なにかお探しですか?」

ぢがう、そうじゃない。


「で?」


ブ、ブヒィッ!!!


興奮と共に緊張が走る。

次に僕が吐く言葉を間違えれば、この後も100人ぐらい控える豚達の相手をしなければいけないのに、店長のお手を煩わせてしまう事になる。

欲しいアイテムの名称、サイズ、カラー。
これを最小文字数で伝えなければいけない。

外でイメージトレーニングは済んでいる。脳内で添削もした。大丈夫だ、大丈夫、大丈夫…。


少しの間も感じさせてはいけない、店長に早く返事を…しなければ…

時間が凝縮されていく。


HUNTER×HUNTERのキメラアント編で王にウェルフィンが圧倒されながら『コムギ…?』とこぼすシーンのそれに近いものがある…。

やっと、喉奥から言葉がでる。


「…トゥースのティールLありますか?」


「Lもうない、はいコレXL」

ブブ、ブヒヒヒィィィ!!!!


やった!あった!Lはなかったが!XLあった!!XLでいいですう!!!L?なんそれ!

無事、商品を受け取り、レジを済ます。もちろんここでも店員から発せられる言葉は値段ぐらいだ。


そして店外へ。


一度会計して外に出れば戻ることはできない。


いつのまにか夏の日差しが出ていて空から僕を焼き付ける。

一気に疲労が襲ってくるが幸福感が勝っていた。

気分は〝最高〟だ。


2018年、今年もまた僕は新作アイテムを求め、財布が許す限りまた豚囚人になるのだろう。


おしまい。


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