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才能の種

ある週末、大学生の庸介は目的もなく電車に乗り込み自分を見つめなおすどこかを求めていた。


小学校から高校まで各年代の代表選手に選ばれるようなサッカー選手として、将来が有望され「次世代のニューヒーロー」とマスコミからも注目されていたが、ある練習試合で左足前十字靭帯断裂、そして右足首の粉砕骨折とサッカー選手として致命的な怪我を負ってしまい選手生命を諦めざる得なかった。


大学に入学したもののサッカーばかりしてきた人生は、その代償として庸介に生きる目的を奪うことになってしまった。


「もし…あの時に戻れるのであれば俺の人生は変わっていたのに。」


何度も頭の中に出てきては消えるこの想いが嫌になっていた。


降り立った土地は海沿いの小さな港町。何かを考えながら歩いていたわけじゃないが、ふと目に飛び込んできた店の看板が気になった。


【才能の種、売っています】

何かの冗談かと思い一度は通り過ぎようと思ったが、なぜか気になってしまい店の中に入るとそこには一人のお婆さんが座っているだけだった。

「才能の種が売っているという看板を見ましたが、どんな才能の種が売っているんでしょうか?」

単刀直入に庸介はそのお婆さんに聞くと、

「どんな才能の種でも売っていますよ。もちろんどんな才能でも開花させることが出来ます。」

と笑顔で答えてくれたが、庸介には余計に悪質商法で旅行に来る人に思い出の話のタネにでもしてもらう為に売っているんじゃないかとさえ思ってしまった。

「お婆さん、才能の種はいくらで売っているんですか?」

「才能の開花期間によって変わるんですよ。」

「じゃあ半年用の才能の種、一つだけ購入します。思い出に。」

「分かりました。ただ裏に取扱説明書が書かれてますが、必ず守って下さいね。」

庸介は思い出半分、面白半分として半年用を購入した。お婆さんが言っていたように裏に書かれている取扱説明書を確認したら3つの注意事項が書かれていた。

1.いつ、なんの才能の種を植えたか分かるように種の横に書いて立てておくこと
2.毎日必ず「ありがとう」と種に向かって伝えること
3.毎日栄養となる水を与えること

とくに難しいことでも無いので問題ないなと思い、自宅に戻ると種が入る植木鉢を購入してさっそく種を植えてみた。


翌日、注意事項に書かれていたようになんの才能が必要かを書かなければいけないので庸介は

【一流のサッカー選手の才能】

と書きながら、

「まぁ…叶うはずの無い夢物語なんだけどな。」

とつぶやきながら水を与えて感謝の言葉を伝えて大学に行った。

1週間ほど言われた通りに水を与えながら感謝の言葉を伝えていたがとくに何か起こるわけでもなく、本当に話のタネにしかならないなと苦笑いで大学の授業へ向かっているところに一人の男性から声をかけられた。

「あれ、庸介くんじゃない?年代別の代表に選ばれてた。違う?」

声をかけてきたのは一つ上の学年のサッカー部らしき男性だった。

「怪我をしたって聞いてたけど、この大学に入学したんだね。今はサッカーはしていないの?」

庸介は有名サッカー大学からのオファーもあったが、自分がもう蹴れるような状態ではないのと、周りの選手がプレーしながら夢を追いかける姿を横目にするのは嫌で特別サッカーが強くない大学を選んで入学したのだ。

「今は全くしていないですね。もう怪我しちゃってサッカーは諦めようかなと思っていたので。」

「もったいないなぁ、せっかく才能あるのに。俺はサッカー部なんだけど楽しくサッカーやっている程度の大学だし、庸介くんみたいな一流プレーヤーが参加してくれるとみんな喜んでくれると思うんだけど一度練習見学でも良いから来てくれない?」

「1日だけ考えさせてください。」

その夜、庸介は迷っていた。高校を卒業して必死にリハビリして今は生活に支障が無いレベルになったものの、本格的なサッカーをプレーするには厳しいだろうと思っていた。

むしろ一度大きな怪我をした場合、リハビリ期間など考慮してもそこからトップレベルにまで再度戻れるかどうか…先輩の苦しんでいる姿やそこから這い上がることがどれだけ苦しいか分かっていたからだ。

「でも…才能の種があるし…練習だけでも見学してみるかな。」

翌日、授業が終わりグラウンドに姿を現すと昨日話しかけてきた男性が自分の存在に気づき近寄ってきた。

「来てくれて凄く嬉しいよ。見ての通り、サークルのような雰囲気で毎日ミニゲームをしている程度だし、庸介くんでも怪我の心配ないんじゃないかな。もしよかったら参加してね。」

と言うとボール回しに加わり楽しそうにボールを蹴っていた。

庸介が戦ってきたサッカーとは明らかに違っていた。プロになるためにどんな練習にも耐え、全国で結果を出すことでプロの道が開ける世界でやっていた庸介にはサッカーを楽しむことより、いかに勝利を手繰り寄せるかしか頭に無かったのだ。

「でも、ボールを蹴るのは久しぶりだしリハビリ程度に良いかも知れないな。」

子供の頃、時間を忘れてボールを蹴っていた頃を少しだけ思い出し、庸介はボール回しに参加することを決意した。


それは思っていた以上に楽しかった。庸介は自分でも驚いた。そこに厳しさなど無く上手か下手かよりボールが蹴れる喜びが全てを上回ってしまった。久しぶりに蹴るボールはまるで初恋のような気持ちを庸介に蘇らせてくれた。


庸介はその日から毎日のように練習に参加した。最初は体力も全くなく途中でバテたり怪我の後遺症が自分の心にあったために接触するのを怖がっていたが、毎日ボールを蹴ることで体力も戻り、まるで怪我が無かったかのようにプレーにキレが戻ってきた。


そんなある日、サッカー部は練習試合を他校とすることになり庸介も参加することになった。相手は全国大会常連の大学だ。

「まぁ相手はBチームだし、俺たち相手にしてくれるだけでも嬉しいもんだよ。気楽に行こうぜ。」

と仲間の一人が言っていたように、庸介の大学サッカー部は全国を目指すようなチームでもなければ強豪校と競い合うほどのレベルでもないことは明白だ。

試合が始まると庸介は何も気負うことが無いこともあってか素晴らしいプレーでサッカー部始まって以来の大差の5-0で勝利することになった。

そのうちの4点は庸介が決めた得点だった。

こんなに楽しくサッカーが出来たのは何年ぶりだろうという感覚と共に、サッカー部のみんなが練習試合でもこんなに喜んでくれているのに少し驚いたがそれでも素直に嬉しかった。

翌日、いつものように起きてSNSをチェックしていたらあるメッセージが入っていた。


「突然ですみません。私はあるプロサッカークラブのスカウトを担当しているものですが、昨日の練習試合で相手チームのプレーをチェックしていたのですが、あなたのプレーが目に止まり調べてみたら年代別の代表に選ばれた経験のある庸介さんだと分かりました。

もうサッカーは止めたと伺っていたのですが、昨日のプレーを見て少しお話をしたいと思いました。もしよければお話できればと思います。連絡お待ちしております。」


庸介は一瞬目を疑ったがその人のプロフィールを覗くと確かに有名プロサッカーチームのサイトのリンクがあり、スタッフプロフィールの名前と一致していた。

嘘では無さそうだ。でも話が出来すぎじゃないか。半年以上本格的な練習もしていなければ実戦形式の試合などもしていないこの俺をなぜという疑問しか浮かんでこなかった。

話だけならと返事をすると、ある週末にカフェで待ち合わせをして話をすることになった。

「庸介くんの存在は高校のときから注目していました。でも、怪我を機にサッカーはしないと伺っていたので諦めていたのですが、前の試合のプレーを見る限り本格的に筋肉を鍛えて戦術理解などすれば日本のトップレベルで活躍できると今でも私は思っています。ぜひ、練習参加だけでもどうですか?」

庸介は二つ返事で答えた。もうこんな機会は二度と来ることはないと思っていたプロの道がこんな形で開かれるなんて思ってもいなかったからだ。

2週間後の週末、初めてプロ選手と一緒に練習をしたが特段どこか劣る部分があるかと言われれば正直な話で無いと感じた。

体力的な部分と筋肉量では明らかに劣るものの、プレーの質や技術では負けることなく出来たいた。

練習が終わった後にスカウトの方が車で自宅まで送ってくれた。

「今日の練習はどうだったかな?色々と感じたものはあったかな?」

「ありがとうございます。凄く楽しかったです。正直最後の方は体力が無いなと感じましたが、とくに何かものすごく衝撃を受けるほどの差を感じることはなかったというのが素直な感想です。」

「そうなんだね。実は監督も庸介君のことを凄く評価していたんだ。多分1ヵ月後にはチーム編成もあるし、庸介くんさえ問題なければ正式に加入のオファーを用意しようと思うんだけどどうかな?」

「もちろん僕で良ければ今後もお願いしたいです。」

庸介は嬉しかった。1つはプロでも通用するレベルにある自分がまだ存在していたこと。そしてもう一つは偶然だと言われても自分にチャンスが巡ってきてくれたことを。


しかし、1ヵ月後の連絡は想像していた答えでは無かった。


「ごめんね庸介くん、色々な事情から今回は見送らせてもらうことになったんだ。また機会があれば連絡させてもらうね。」


好感触だったために庸介は動揺を隠せなかった。プロで通じる自分がいて、実際に練習に参加してもプロ選手に引けを取るようなレベルでは無かったと自負していた。


「なんでだよ…」


布団に倒れ込みがらふと、庸介は才能の種を見た。「一流のサッカー選手の才能」と書かれた札の下の日付を確認した。


種を蒔いた日から今日は半年と1週間が過ぎていた。


後半へ続く。


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