あの日の青春の夏祭り。あの子の手を握る勇気を少しだけ
中学の頃、意識高すぎ出木杉くんより意識が高かったかも自分は、当時付き合っていた女子と、夏祭りの計画を着実に遂行させることだけで夏が埋まっていた。
地元の夏祭りは友達が多すぎるので標的にされやすく、花火や芸能人がくるような祭りも近くであったが、逆に近すぎて計画を遂行するのに短すぎる時間と考え頭から削除した。
夏祭りを楽しむ?
いや、大好きなあの子と手をつなぐことの方が祭りより重要で、それ以上のことは本気で求めていなかったあの夏に、戻れるならこんな風に声をかけるだろう。
「最初に手をつないでおけ。一度握れば二度目は意識しないぞ少年。」
中学生の祭りのピークは17時~20時程度だろう。それ以上の時間になると補導される可能性があり、親からも警戒される。
あの日は猛暑だった土曜日。セミの鳴き声はうるさく、部活が終わった後にすぐにシャワーを浴びたが何度も浴衣にしようか私服にしようか悩んで冷や汗が出たのを覚えている。
結局あの子の方から
「私、浴衣で行く予定だから合わせてくれると嬉しいな。」
という連絡があって迷わずに済んだ。初めから聞いておけば良かった。
親には祭りに行くとすでに報告済みで、どこの祭りなのかは色々と見て回るとだけ伝えた。
感の良い親だ。珍しく少し多めにお小遣いが欲しいと伝えたところから、勝負の夏にするんだろうかと少しニヤニヤしたあの顔は、息子も大人になったなと言いたげだのを覚えている。
待ち合わせ後、祭り会場に足を運ぶと屋台に出店に人も多くてにぎやかだ。
しかし、まだ明るい。
あの時、僕の右手が磁石のようにあの子の左手にピタッと重なり合えばどんなに嬉しかったことか。
何度も不規則な動きをする僕の右手は、あの子の左手と同じ極なのか重なる直前ですれ違ってしまった。
祭りの中心部で盆踊りをしている。ベンチに座りながら花火を観た。
今しかない。
僕は花火を見ながら、右手だけを動かしあの子の左手を探し始めた。
触れたその左手は、花火が終わるまで離さなかった。いや、離したくなかった。
時間にして5分も無かった重なりあの手とこの手。
あの子は何を思っていたんだろうか。
祭り会場を後にして、帰宅するときはなぜか手を繋ぐことが出来なかった。もっと…繋がっていたかった。
あの子は帰宅方向が違う。大きな十字路で笑顔で「またね。」と言い残し帰っていった。
あのドキドキ、あの瞬間はあの時しか味わえない青春だったのだろうか。
しばらくして、普通のデートをした。映画を観てご飯を食べてプリクラを撮って。
記憶はいつも苦みからドリップされる。
うま味は極上じゃない限り、脳の引き出しからピックアップされない。
あの夏祭りを思い出すのは、苦みが勝っていたのだろうか。
あの日の少年に言ってあげたい。
「いつだって手を繋ぐチャンスはある。あの子もドキドキしているんだ。ドキドキは結果にしてこそ、思い出になる。ほんの少しの勇気を忘れずに、繋ぎたいと思ったらすぐにその手を繋ぐんだぞ。」