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才能の種【後】

庸介は日付を見つめながら心の中でふと思った。

(才能の種の効果が今までの結果を表しているとすれば…もっと長期の才能の種を買えば、プロの世界で活躍できるかも知れない。)

庸介は記憶を辿りながら才能の種を購入した港町に行き、あの看板を発見した。

【才能の種、売っています】

相変わらず胡散臭い雰囲気を漂わせているが、今では何か特殊な能力を育む妾宅にさえ感じた。

「お婆さん、才能の種は本当だったんだね。もしよかったら次は2年用を欲しいんだけど買えないかな?」

「もちろん買えますよ。ただ裏に取扱説明書が書かれてますが、必ず守って下さいね。」

「分かってますよ。ありがとう。」

2年分の才能の種を購入し、家路に戻る電車の中で裏に書かれていた取扱説明書を確認した。

1.いつ、なんの才能の種を植えたか分かるように種の横に書いて立てておくこと
2.毎日必ず「ありがとう」と種に向かって伝えること
3.毎日栄養となる水を与えること

「なんだ、前と同じか。よし、今度こそ俺は夢だったプロサッカー選手になって活躍するんだ。」

そう心に誓った庸介は、さっそく帰宅後に才能の種を植えた。今度は以前とは気持ちが違った。才能の種を信じ本気でプロになりたいと心底願う自分がそこにいたからだ。

才能の種の開花は早かった。

翌日、以前断られたスカウトマンから電話が来た。

「庸介くん、やっぱりうちのクラブに加入してもらうことは厳しいけど、僕の知り合いがJ2のコーチをしていて庸介くんの話をしたら即戦力として必要としてくれると言っているんだけど、そっちでプロの道を歩んでみるっていうのはどうかな?」

庸介に断る理由などない。念願だったプロの道が開かれるのであればどこでも問題なかった。

「ありがとうございます。ぜひ練習参加も含めて入団も前向きに考えてみようと思います。」

そのクラブはカテゴリーはワンランク下がるものの、昨シーズンまでJ1で活躍していたクラブであり、今現在優勝候補として首位をキープしているチームだ。そんなチームから誘いがあり加入できることは素直に嬉しかった。

すぐに練習参加し、問題なくプレーできることが分かると契約を結んだ。そして大学も中退することを決意し本格的にプロの道で結果を残していこうと覚悟を決めた。

ヒーローになる瞬間は突然に訪れた。

J1昇格をかけた試合の日、ベンチ入りしていた庸介は後半40分に自分たちのチームのエースストライカーが相手選手との接触から右足の負傷を負い、その代わりに庸介が出場することになった。

すると、アディショナルタイムに右からのセンタリングを右足で合わせて決勝点を決め、J1昇格を勝ち取ったヒーローとなったのだ。

若干19歳で、一度サッカーを辞めようとまで決意した男がマイナーな大学から引き抜かれてプロの道に入り、劇的なゴールを決めてチームをJ1に昇格させたというシンデレラストーリーはマスコミはもちろんのこと、多くのファンを熱狂させた。

庸介は連日のようにメディアに取り上げてもらい、CMなどの露出も多くなり、クラブとも新しい契約として年棒6000万。アナウンサーやモデルとの合コンなど20歳を迎えて最高のスタートを切った。

「日本サッカー界に次世代エース誕生」
「日本代表の新しい秘密兵器」

などと周りの注目と熱狂が集まれば集まるほど、庸介の心は耐えることが容易ではなくなってきていた。


そう、庸介は今の自分の活躍が本当に自分の実力なのか、それとも才能の種のおかげなのか分からない不安が、結果が出れば出るほど日に日に強くなっていたのだ。


「もし…この才能の種の期限が切れたら…俺はどうなってしまうのか。」


考えれば考えるほど寝れなくなり、何度も泣きながら未来の自分の姿が想像することが出来ず苦しんでいた。そんな苦しみとは裏腹に、一度ピッチに立てば結果は不自然なほどについてくる。


得点王、ニューヒーロー賞、ヤングプレーヤー賞とチームは優勝することは出来なかったが個人タイトルは独占することが出来た。


庸介は部屋に飾ってある数々のトロフィーを見ていると、嬉しさよりも不安の方が募るばかりだった。この不安をどうにか一蹴できないかと考えた結果、あるビジョンが浮かんだ。


「そうだ、あのお婆さんのところに行って才能の種を30年分購入してしまえばいいんだ。そうすれば現役の間は絶対に活躍できる。今はお金もある。そうしよう。」


庸介はスポンサーからもらったばかりの高級外車を走らせて港町に向かった。しかしそこで見たのは衝撃的な張り紙だった。


【才能の種 完売につき、しばらくお休みさせていただきます。】


庸介は崩れ落ちた。才能の種の期限はあと半年と迫っている。もう終わりだという焦燥感を募らせながら高級マンションへと戻っていった。


そこからの庸介は試合に出場するたびに結果を残すものの、夜遊びは今まで以上に頻度が増し、遊び方も荒くなっていった。


時間は無情にも過ぎていき、才能の種の期限はあっけなく切れてしまった。


お金を貯めるのに時間がかかるが使ってしまうのは一瞬だと誰かが言っていたように、庸介は練習中に軽い怪我をしてレギュラーから外れると、新たな外国人助っ人がその穴を埋めてしまい、庸介が再びピッチに出ることは無く一気に転落していった。


庸介は退団を迫られていた。


プロサッカーの世界は新人が100人新たに加われば、3年以内に3割の約30人が1試合にも出場することなく引退する厳しい世界だ。庸介は19歳の終わりにプロの道に入り、2年後の21歳という若さで新たなセカンドキャリアを築かなければいけない状況となっていた。


決断の日までは少しだけ時間があったため、庸介はあの港町を思い出し高級外車を売って買ったコンパクトカーで向かった。

【才能の種、売っています】

本当に必要だったあの時は閉まっていたのに今日は開いている。まるで心を見透かされているかのように店は手招きしているようにも感じた。


庸介は車の中で少しだけあることを考えて…お店に入った。


「お婆さん、才能の種の効果は凄いですね。どこで買ってきているんですか?」

「それは教えられませんよ。今日は買われますか?」

「買います。今日は…1ヵ月分だけお願いします。」

「分かりました。ただ裏に取扱説明書が書かれてますが、必ず守って下さいね。」

裏に書かれている取扱説明書には

・毎日できることを必ず書いておくこと

と記載があった。


庸介は才能の種をさっそく植えた。翌日、クラブとの退団についての話し合いの場で、庸介はクラブに退団の意向を話したが、クラブからは思っても無い話が舞い込んできた。


「実は、庸介はまだ若いし社会人リーグではあるが必要としている監督さんがいるんだ。そのチームはプロでも無ければ働きながらサッカーをする環境で今とは全く異なる。それでもいいなら紹介できる。今、クラブが庸介にできることはそれだけだ。」


「ありがとうございます。ぜひ、その社会人チームでサッカーをしたいと思います。本当にありがとうございます。」


庸介はプロの道を諦めてはいないと言えば嘘になるが、今は1ヵ月という時間しかないことを踏まえれば、与えられた道に従うことが何よりの正解だと過去の経験から感じ取っていた。


紹介された社会人サッカーチームは今までいた環境とは違う。高級外車を乗り回している選手もいなければ、サッカーだけで飯を食っている選手もいない。自分たちで全て運営も雑用もしなければいけない環境だ。


それでもどこか、この場所を気に入っている自分がいた。


庸介は華やかではないものの、みんなと一緒に、そして地域に根付いたこの町でサッカーをすることに喜びを感じていた。


1ヵ月が過ぎ、半年過ぎたが怪我することなくプレーできていたし、私生活でも結婚し子供を授かることになった。


庸介の自宅に植えてある才能の種の花はもう咲いていなかったが、植木鉢の横の札にはこんな言葉が書かれていた。


「楽しくサッカーができる環境に感謝できる才能」


庸介の心には、消えることのない才能の種が植えられていた。


終わり。


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shingo_moriya
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