キスをするための、キスの練習【後】
「そうなんだ…じゃあ、翔太。私とキスするための、キスの練習してくれない?」
そう志保ちゃんから言われた翔太は戸惑いを隠せず、胸の鼓動を隠すように少し強めの口調で伝えた。
「それって…好きな人がいて、付き合っている人がいて言う言葉じゃないと思うよ。それに、キスが上手かどうかで嫌いになるような人じゃないと思うよ恭一くんは。」
「翔太は…私とキスするの嫌?」
被せるように飛び出た言葉は翔太の胸をさらに締め付けた。
「嫌じゃないよ。でも…何かが間違っているような気がする。」
「そんなに難しく考えないで欲しいの。ねぇ翔太?私たち、友達でしょ?軽い気持ちで良いから。今夜、家の近くの公園に来てね。」
有無を言わさぬ言葉に少しだけ翔太は苛立ちを覚えた。自分の気持ちが落ち着き始めたときに、どうしてこんなことに巻き込まれなければいけないのか。
夜…言われた通り志保ちゃんの家の近くの公園に行くと、すでに来ることを分かってたかのようにベンチで待っていた。
「来てくれたんだね。ありがとう。恭一くん、きっと夏祭りの終盤にタイミングを見計らってキスしてくると思うの。だから…その時に可愛く目を閉じて準備すれば良いと思うんだけど、翔太から見て可愛く感じるか教えてくれる?」
翔太は言われた通りに手をつなぎ、向き合って、見つめ合いキスができる雰囲気で、可愛く目を閉じているかどうかをキスが出来る距離で確認した。
どんな時間よりも長く感じたその瞬間は、翔太の一度消し去った恋心を呼び戻すには充分な時間だった。
「凄く可愛いよ志保ちゃん。」
キスはしなかった。いや、出来なかった。
「本当に可愛い?恭一くんも可愛いって思ってくれるかな?」
「うん、絶対に可愛いって思ってくれるはずだよ。素敵な夏祭りの思い出になるんじゃないかな。」
「ねぇ翔太…キスしなくていいの?」
「別にキスしたいわけじゃないし、志保ちゃんのキスする顔、凄く可愛いから絶対に大丈夫だよ。」
そう伝えて翔太は足早に公園から立ち去った。
夏祭り当日、恭一と志保は浴衣を着て花火を見たあとに無事にキスすることが出来たという報告があったのは恭一からだった。
「なぁ翔太。俺、志保と初めてキスしちゃったんだ夏祭りの帰りに。凄く可愛かったなぁ。やっぱり恋愛っていいよな。」
「良かったねキス出来て。でも、あんまりそういうこと言っていると周りから嫌われちゃうよ、自慢かよって。」
「ごめんごめん。でも本当に嬉しかったんだよ。あぁ…夏休みがずっと続いてくれればなぁ。部活も早めに終わるし一緒にやりたいこと沢山あるんだよなぁ。」
「楽しい時間が続くと良いね。あ、そういえば言ってなかったけど両親の都合で引っ越すことになって二学期の前に転向することになったんだ。」
「え…?」
「急だけど…会うのは今日が最後。またどこかで会えたらいいね。ありがとう。」
翔太は状況が理解できていない恭一に追い込みをかけるように少し背伸びして唇に優しく唇を重ねた。
「ありがとう初めての人になってくれて。」
笑顔で伝えた翔太は後ろを振り向くことなくこの町を後にした。
終わり。
あとがき
思春期の少し可愛らしい少年が、自分が異性、同性のどっちが好きか分からない状態の中、女子の可愛さ(容姿なども含め)に触れたものの、同じく女性のしたたかな一面も見たことで嫌気が指して男性を好きになることを決意し、自分のファーストキスは大事にしたくて本当に好きな人とキスした。という思春期のもどかしい部分を描ければ良いかなと思って書きました。
まだまだ言葉の引き出し、感情表現など足らない部分ですが、毎週色んな形で書いていければと思います。
最後まで読んでいただきありがとうございます。