(バイサイドの弁護士からみた)LBOの実務・第3回 ④SPCの設立
ども。弁護士の後藤慎吾です。
今回はLBOの「M&Aフェーズその2」の「④SPCの設立」について説明します。
この連載で「M&Aフェーズその2」とは、以下のパワポのように、デューディリジェンス(中又は)後のSPCの設立やM&A関連契約の交渉・締結のプロセスをいいます。
(大変なので前回みたいに1枚のパワポの全てのイベントについて1回の投稿で説明するのはやめました。。)
SPCとは
LBOでは必ず、スポンサーは、対象会社の買収のための準備として、SPAの締結の前のタイミングでSPCを設立します。
SPCとは、Special Purpose Companyの頭字語であり、特別目的会社とかLBOの文脈では買収受皿会社といわれるものです。要は、一般的な会社のように実業を行うことを目的とせず、特定の目的のためにいわばハコとして設立・利用される会社のことです。LBOでは一般にSPCとして株式会社が利用されますので、以下ではその前提で説明します。
上のパワポでいえばスポンサーが自ら金融機関から融資を受けて対象会社を買収することも考えられますが、何故LBOではSPCが設立されるのでしょうか?
有限責任性
その理由はSPCが持つ有限責任性にあります。有限責任とは、出資者が自らが出資した金額を超えて責任を負わないという法的性質をいいます。そして、会社法第104条は、以下のとおり株式会社の株主の責任が有限責任であることを定めています。
スポンサーが金融機関から融資を受けて対象会社を買収する場合、スポンサー自らが金融機関に対して貸金支払債務を負うことになりますが、仮に対象会社が倒産した場合であっても、スポンサーの貸金支払債務はそのまま残ることになります。
これに対して、SPCが金融機関から融資を受けて対象会社を買収する場合、SPCが金融機関に対して貸金支払債務を負うことになります。また、スポンサーは、SPCの株主ではありますが、仮にSPCや対象会社が倒産した場合であっても、SPCの貸金支払債務については、自らSPCに対して出資した限度で責任を負えばよく、それ以上の責任を負いません。
このようにして、スポンサーは、SPCを利用することにより、自らが損失を負うリスクをSPCへの出資額の範囲に限定することができるのです。
このようなLBOの特質を維持するため、バイサイドの弁護士は、M&A関連契約やファイナンス関連契約等を検討する際には、スポンサーが上記の有限責任を超える法的責任を負うことがないかについて検証する必要があります。
SPCの設立の際の留意点
LBOのバイサイドの弁護士は、ある程度デューディリジェンスが進んで、スポンサーからSPAのドラフトを依頼されるくらいのタイミングで、そろそろSPCの設立準備もしましょうか、という話をすることになります。
スポンサーがSPCの発起人となりますが、この場合とりあえずSPCを設立しさえすればよいので設立時の募集株式数は1株で設立します。また、最終的に、SPCは、吸収合併存続会社として対象会社を吸収合併することになり、その際には取締役会設置会社となることなどが必要となることが多いですが、SPCの設立の段階では取締役会も設置せず、最もシンプルな形で設立すればよいかと思います。
投資事業有限責任組合が株式会社の発起人になることができるか
ちなみに国内のPEファンドは投資事業有限責任組合で組成されることが多いものと思いますが、商業登記法上、投資事業有限責任組合が株式会社の発起人になることができるかという論点について松井信憲著「商業登記ハンドブック」(第4版)72頁では以下のように記載されており、登記実務においても同様の考え方がとられています。
ですので、「●●投資事業有限責任組合無限責任組合員××」が株式会社の発起人となる旨の書面を提出して株式会社の設立に関する登記申請した場合であっても登記申請は通りますが、この場合、投資事業有限責任組合が発起人になるのではなく、無限責任組合員が発起人になるとの整理になります。
株式会社の設立の手順は、LBOで用いられるSPCの設立であっても、他の一般的な事業会社の設立であっても同じですが、本投稿では、留意するべき点として①会社の目的及び②発行済株式総数と1株当たり引受価額の2点について説明しておきます。
会社の目的
まず①会社の目的についてですが、LBOではSPCの発起人は法人であるのが通常ですので、以下の法務省民事局長回答に留意する必要があります。
この法務省民事局長回答などから、新設会社の発起人となる会社の目的と新設会社の目的とが少なくとも1つは重複している必要があると考えられています。
ですのでLBOで設立されるSPCの定款で定める目的のうちの一つは、スポンサー(SPCの発起人)の目的と重複していることが求められます。
したがって、上記の、「●●投資事業有限責任組合無限責任組合員××」が発起人となる場合に、商業登記法との関係では、投資事業有限責任組合が発起人となるのではなく、無限責任組合員が発起人となるとの整理からすれば、ここでの目的の同一性の判断対象となる発起人は投資事業有限責任組合ではなく、無限責任組合員となります。
発行済株式総数と1株当たり引受価額
次に②発行済株式総数と1株当たり引受価額についてです。
前述した通り、SPCの設立時募集株式数は1株でよいですが、SPCはクロージング前までに買収関連資金の一部を増資により調達することになりますので、SPCの原始定款に記載する発行可能株式総数及び設立時(と増資時の)1株当たり引受価額は、SPCが今後最大でどれくらいの額の増資をする必要があるのかを予め予想したうえで定めるのがよいでしょう。設立時にはSPCの発行可能株式総数を適当に定めておいて、クロージングまでにSPCの定款を変更して発行可能株式総数を増やすことも可能ですが、ドキュメンテーションも面倒ですし、登録免許税(3万円)ももったいないですしね。
SPCの設立との関係では他にもいくつか留意点がありますが、今午前4時11分でかなり疲れたのでこの辺でやめときます。
弁護士と登記申請代理業務
LBOとはあまり関係がないですが、弁護士が登記申請代理業務を行うことができるかという論点が昔ありました。この論点に関する条文は弁護士法第3条第1項です。
この条文に規定されている「一般の法律事務」が、登記申請代理行為を含むかという解釈上の問題ですが、過去に訴訟でこの論点が争われたことがあります。具体的には、弁護士が顧問先会社の増資に関する登記申請代理をしたところ、当時の埼玉司法書士会の会長が「商業・法人登記・・・は司法書士のみが各会社の法人からの嘱託にもとづき申請代理ができる旨司法書士法に定められております。」「次回登記申請のさいは司法書士に嘱託されますようお願いいたします。」などと記載された文書を当該顧問先に送付したことについて当該弁護士が埼玉司法書士会に損害賠償請求などを求めたという事件です。これについて東京高等裁判所平成7年11月29日判決は以下のとおり判示しました。
この弁護士さんのおかげもあって、現在は、弁護士は登記申請代理業務を行うことができるという結論で決着がついています。私も顧問先会社の商業登記申請については対応していますし、とりわけLBO案件では、SPCの設立、増資、合併のほかにも、株式譲渡制限条項の変更、株券発行会社への移行、減資、本店移転、機関変更、役員の選任・辞任、役員の責任制限の設定などの登記申請代理業務を行う必要があるので、ある意味商業登記のオンパレードといった様相を呈します。
ですので、LBO案件のバイサイドの弁護士は、商業登記実務についても精通している必要があります。
おわりに
登記申請書類は登記官にチェックされるので(しかも結構よく見てらっしゃるので)登記関係のドキュメンテーションはかなり神経を使います。
でも、弁護士で登記申請代理業務までやっている人ってあまりいないんじゃないかと思うので、これもワンストップで行えるというのは付加価値になってるんじゃないかなと考えています。
ではでは。