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(バイサイドの弁護士からみた)LBOの実務・第7回 ⑨ローン契約締結


ども。弁護士の後藤慎吾です。

今回はファイナンスフェーズ(スキーム図は以下のパワポ参照)の中の「⑨ローン契約締結」について説明しましょう。

ファイナンスフェーズ

ローン契約とは

ローン契約(Loan Agreement)は、貸付人が借入人に対して金銭を貸し付け、借入人が貸付人に対して元本・利息を支払うことを約する契約をいい、正式名称は金銭消費貸借契約といいます。民法第3編第2章第5節は消費貸借について規定しており、その中の民法587条の2第1項は、書面でする消費貸借について、以下の通り規定しています。

(書面でする消費貸借等)
第五百八十七条の二 前条の規定にかかわらず、書面でする消費貸借は、当事者の一方が金銭その他の物を引き渡すことを約し、相手方がその受け取った物と種類、品質及び数量の同じ物をもって返還をすることを約することによって、その効力を生ずる。

民法587条の2第1項

民法587条の2第1項は、貸付人と借入人間の「金銭の貸付け」と「元本の支払い」の約定についてしか規定していませんが、民法589条は、以下の通り消費貸借の利息について規定しています。

(利息)
第五百八十九条 貸主は、特約がなければ、借主に対して利息を請求することができない。
2 前項の特約があるときは、貸主は、借主が金銭その他の物を受け取った日以後の利息を請求することができる。

民法589条

金融機関は、営利活動として借入人に対して金銭を貸し付けるので、必ず、借入人との間で利息の支払いについて合意することになります(なお、商法513条1項に「商人間において金銭の消費貸借をしたときは、貸主は、法定利息を請求することができる。」という規定があるため、合意がない場合であっても、金融機関は商人である借入人に対して利息支払請求権を有します)。

このように、ローン契約に基づいて行われる主要な行為は、①貸付人による借入人に対する金銭の貸付け②借入人による貸付人に対する元本・利息の支払いの2つということになります。住宅ローンや消費者金融はローン契約の一類型ですので、一般消費者にもなじみのある契約類型ですよね。

ローン契約に基づいて行われる主要な行為

であれば、LBO案件のローン契約書も数ページ程度のシンプルなものになるはずと考える方もいらっしゃるかもしれませんが、LBO案件のローン契約書は100ページを超えることもしばしばです。なぜそんな大部な契約書になるのかというと、1つの要因として、LBO案件における金融機関のSPCに対する金銭の貸付けは、シンジケートローンの形式で行われることが挙げられます。

シンジケートローン

LBO案件では、金融機関は、SPCに対して、対象会社の買収関連費用の多くの部分を貸し付けることになりますが、PEファンドがスポンサーとなる場合、この貸付けは、SPCと対象会社の資産のほか、PEファンド等が保有するSPCの株式のみを責任財産とし、PEファンドが保有する他の資産からは回収できないノンリコースを前提に行われることから、金融機関は、対象会社の業績次第では元本・利息を回収できないリスクを負っています。

LBO案件では、このような元本・利息の回収不能リスクを分散するために、複数の金融機関がSPCに対して一つのローン契約に基づいて対象会社の買収関連費用の貸付けを行うのが一般的です。このような複数の金融機関が協調してシンジケート団を組成して借入人に対して同一条件で金銭を貸し付けることシンジケートローン(Syndicated Loan)といいます。LBO案件では、当初、金融機関1社が貸付人になる場合でも、他の金融機関に対する貸付債権の譲渡による将来のシンジケーションを想定してシンジケートローンを前提としたドキュメンテーションが行われることが多いです。

ですので、LBO案件のローン契約(シンジケートローン契約)においては、以下の図のように、複数の金融機関が貸付人になることを前提として、各貸付人と借入人の間の権利関係に関する規定のほか、各貸付人間の権利関係に関する規定が多く定められています。

シンジケートローン契約

ローン契約締結までのプロセス

このようにLBO案件では複数の金融機関が貸付人となるのが一般的ですが、その中で重要な役割を果たすのがシンジケートローンの組成を行うアレンジャーと呼ばれる金融機関です。

LBO案件では、対象会社株式の売主とSPCがSPAを締結した後のタイミングで、アレンジャー候補となる金融機関からスポンサーに対してタームシートが提供されます。タームシートとは、ローン契約等の基本条件を記載した書面であり、アレンジャー候補の金融機関とスポンサーは、タームシートに記載されたローン契約等の基本条件をもとに協議することでローン契約等の条件について大枠での合意形成を行います。

アレンジャー候補の金融機関とスポンサーがタームシートの内容について合意をすると、SPCは、当該金融機関に対して、マンデートレターを交付します。マンデートレターとは、アレンジャー候補の金融機関をシンジケートローンの組成に関するアレンジャーとして正式に指名する文書をいいます。アレンジャーは、SPC(スポンサー)との間のローン契約等の条件の交渉のほか、アレンジャーと共同で貸付けを行う金融機関との間の調整も行います。

これらの手続が完了した後に、バイサイドの弁護士は、金融機関側の弁護士が作成したローン契約等のドラフトを受け取ることになります。

ローン契約の内容

JSLA

シンジケートローン契約を作成する場合に参考になるのが日本ローン債権市場協会(Japan Syndication and Loan-trading Association、JSLA)が公表しているタームローン契約書コミットメントライン契約書のひな形です。

タームローン契約書とは、長期間の金銭の貸付けを前提とする消費貸借契約書をいい、コミットメントライン契約書とは、予め設定した融資枠・期間の範囲内で借入人の請求に基づいて行う短期間の金銭の貸付けを前提とする消費貸借契約書です。LBO案件では、タームローン契約は、SPCによる対象会社の買収関連費用の支払いのために締結されます。これに対して、コミットメントライン契約は、クロージング後の対象会社の運転資金の確保のために締結されることがありますが、その場合であってもタームローン契約書と別の契約書として作成されるわけではなく、タームローン契約とともに1つの契約書で作成されることが多いです。

ローン契約の項目

JSLAのタームローン契約書では、①定義、②貸付人の権利義務、③資金使途、④貸付実行の前提条件、⑤貸付の実行、⑥貸付の不実行、⑦増加費用及び違法性、⑧元本弁済、⑨利息、⑩期限前弁済、⑪遅延損害金、⑫エージェントフィー、⑬諸経費及び公租公課等、⑭借入人の債務の履行、⑮貸付人への分配、⑯借入人による表明及び保証、⑰借入人の確約、⑱期限の利益喪失事由、⑲相殺、許容担保権の実行及び任意売却、⑳貸付人間の調整、㉑エージェントの権利義務、㉒エージェントの辞任及び解任、㉓貸付人の意思結集、㉔契約の変更、㉕借入人による地位の譲渡、貸付実行前の譲渡、㉖貸付実行後の譲渡、㉗第三者からの回収等、㉘一般規定の各項目について規定しています。

ローン契約に基づいて行われる主要な行為は、(a)貸付人による借入人に対する金銭の貸付けと(b)借入人による貸付人に対する元本・利息の支払いの2つだと説明しましたが、上記の②貸付人の権利義務、④貸付実行の前提条件、⑤貸付の実行及び⑥貸付の不実行は、(a)貸付人による借入人に対する金銭の貸付けに関する規定であり、⑧元本弁済、⑨利息、⑩期限前弁済、⑭借入人の債務の履行及び⑱期限の利益喪失事由は、(b)借入人による貸付人に対する元本・利息の支払いに関する規定であるといえます。

また、JSLAのタームローン契約書では、シンジケートローンであること(貸付人が複数であること)に関連して、⑫エージェントフィー、⑮貸付人への分配、⑳貸付人間の調整、㉑エージェントの権利義務、㉒エージェントの辞任及び解任並びに㉓貸付人の意思結集に関する規定が置かれていますエージェントとは、各貸付人・借入人の間の連絡窓口や借入人からの弁済金の各貸付人への分配などのエージェント業務を行う貸付人をいい、通常、シンジケートローンの組成時にアレンジャーとなった金融機関が就任します。

以下では、LBO案件との関係でローン契約の項目のいくつかについて簡単に説明します。

資金使途

LBO案件のタームローンの資金使途は、対象会社株式の売買代金の支払い、対象会社へのインターカンパニーローンの実行、対象会社等の既存借入債務の返済及び対象会社の買収に関連する専門家の報酬等の諸経費の支払いなどに限定されます。SPCによるこれらの対象会社の買収関連費用の支払いは、ローン契約に基づく借入金と前回説明した出資契約に基づく出資金の中から行われるので、資金ショートしないようにクロージングの近辺でどのような支払いが必要となるのかについて予め検討する必要があります。貸付人にとってもSPCの資金の出入りは関心事なので、SPCに対して、この点について説明した書面(ファンズフローステートメントといいます。)の提出を求めています。

貸付実行の前提条件

金融機関とSPCとの間でローン契約が締結されれば、当然に、金融機関がSPCに対して金銭を貸付けてくれるわけではなく、ローン契約に規定する貸付実行の前提条件が貸付実行日においてすべて充足している必要があります。前提条件は、英語ではCondition Precedentというので、CPともいいます。ローン契約との関係でのバイサイドの弁護士の仕事として前提条件(CP)書類の作成がありますが、これについては後述します。

借入人による表明及び保証

JSLAのタームローン契約書では、借入人が借入人自身について表明保証することが前提となっていますが、LBO案件のローン契約では、SPC(借入人)は、SPC自身のほか、対象会社やその子会社との関係でも表明保証をすることが求められます。SPCは、スポンサーが対象会社の買収のために新たに設立したものなので、表明保証を行う上で問題となる事象はないものと思いますが、対象会社やその子会社に関する表明保証については、対象会社に関して以前に行ったデューディリジェンスの結果やSPAでの売主の表明保証からのカーブアウト事項などを踏まえ、ローン契約の表明保証の対象事項から除外するべき事項がないかを検討する必要があります。

借入人の確約

LBO案件のローン契約では、借入人の①書類提出義務、②報告義務、③財務コベナンツ及び④その他の作為・不作為義務が規定されます。

財務コベナンツとは、借入人が、貸付人に対して、借入人や対象会社の財務上の数値について一定の基準を充足することを誓約するものです。代表的な財務コベナンツとして、(a)利益維持(各事業年度において一定の利益を維持する)、(b)純資産維持(各事業年度において一定の純資産を維持する)、(c)グロス・レバレッジ・レシオ(Gross Leverage Ratio)(各事業年度における「有利子負債」÷「EBITDA」を一定の水準に抑える)、(d)DSCR(Debt Service Coverage Ratio)(各事業年度における「フリーキャッシュフロー」÷「タームローンの元利金の返済額」を一定の水準以上に維持する)があります。

借入人がローン契約上で誓約した事項は、ローンが完済されるまで遵守しなければなりませんが、対象会社の事業運営にとって制約になるものも多く、かつ、誓約事項も多岐に渡るので、スポンサーの担当者は、クロージング後に借入人が誓約事項に違反することのないように適切に対応することが求められます。

連帯保証と担保権設定

LBO案件のローン契約では、JSLAのタームローン契約書に記載のある項目以外に、連帯保証と担保権設定に関する条項が規定されます。

つまり、クロージング後の借入人(SPC)の主たる資産は対象会社株式ですが、非上場株式の換価は一般的に難しいので、貸付人は、いざというときのために、対象会社やその子会社(「対象会社等」)から、借入人が貸付人に対して負担する貸金債務を主たる債務とする連帯保証をとりますが、ローン契約でこの点に関する規定が置かれます。

また、対象会社等は、従前から事業活動を行ってきたことから、換価可能な資産を保有しているので、貸付人から、その保有資産について、貸付人が借入人に対して有する貸金債権を被担保債権とする担保権を設定することが求められます。また、借入人自身は、対象会社株式、対象会社へのインターカンパニーローン債権及びエージェントへの預金債権について、スポンサー等のSPCの株主は、SPCの株式について、それぞれ同様に担保権を設定することが求められます。これらの担保権の設定のために、貸付人と対象会社・SPC・スポンサー等は、別途、担保契約を締結するのですが、ローン契約でもこの点について概括的に定めて交通整理をしています。

バイサイドの弁護士のローン契約の関与の仕方

法的文書のレビュー

LBO案件においてバイサイドの弁護士がローン契約にどのように関与するかについてですが、1つは、タームシート、マンデートレター、ローン契約書などの法的文書のレビューがあります。

これらの文書は、金融機関側の弁護士が作成することになりますが、バイサイドの弁護士は、これらの文書について、①一般的な実務慣行に照らして借入人にとって不当に不利益となる条項がないか②スポンサーが認識する事実や想定する買収プロセスに沿った内容となっているか、といったあたりを検討することになります。

①の点については、例えば、LBO案件のローンは、SPC・対象会社の資産およびPEファンド等が保有するSPCの株式のみを責任財産とし、PEファンドが保有する他の資産からは回収できないノンリコースローンであることが前提となりますが、この意味でのノンリコースであることが各文書で確保されているかに注意する必要があります。私がバイサイドの弁護士として関与した過去の案件では、担保契約においてでしたが、スポンサーの追加担保提供義務の規定がしれっと入っていて削除させたことがありました。

②の点については、借入人の表明保証に関して前述した事項のほか、例えば、ローン契約では、借入人の誓約事項として、SPCと対象会社の合併の効力発生時期について期限が定められたり、SPCや対象会社の資本構成の制限が設けられたりしますが、それらの内容がスポンサーが想定するものに合致しているかを検討する必要があります。

CP書類の作成

ローン契約との関係でのバイサイドの弁護士の仕事として、法的文書のレビューの他にCP書類の作成があります。ローン契約との関係でのCP書類とは、貸付人が借入人に対して貸付けを実行する前提として貸付人に提出することが必要となる書類のことをいいます。

LBO案件のローン契約のCP書類としては、借入人や対象会社の定款・登記事項証明書・印鑑証明書・財務諸表といった基本書類の他に、ローン契約、担保契約及び連帯保証契約などのLBOに関して締結される契約の締結を承認する議事録、SPCの自己資本調達関連書類、SPC・対象会社・スポンサー(「SPC等」)の法律顧問の法律意見書などがあります。これらについては、スポンサーの担当者と弁護士の間で作成・提出の役割分担を行い、貸付実行日の前の適宜のタイミングで金融機関側の弁護士に提出し、その確認を受ける必要があります。

ローン契約のCP書類としてのSPC等の法律顧問の法律意見書では、一般的に、①SPCの適法な設立・有効な存続、②対象会社・スポンサーの有効な存続、③SPC等の権利能力・行為能力、④ローン契約・担保契約・連帯保証契約(「貸付関連契約」)の締結の適法な授権、⑤貸付関連契約の適法性・有効性・執行可能性、⑥担保契約に基づく担保権の対抗力などの事項について意見を述べることが求められます。

法律意見書の構成としては、(a)検討書類→(b)前提事項→(c)法律意見→(d)留保・制限・条件の順に記載していくことが多いかと思います。ここでバイサイドの弁護士に求められるのは一定の事実関係を所与のものとした法律意見なので、検討書類の内容のほか、法律意見書に記載された前提事項や留保・制限・条件を踏まえ、どこまでの法律意見を述べることができるのかを検討する必要があります。

終わりに

LBO案件のローン契約は、かなり特殊かつ複雑なので、弁護士でも理解が難しい契約類型といえます。バイサイドの弁護士は、自らローン契約をドラフトする必要はないですが、これを読み解くための契約構造や実務慣行に関する知識が必要になります。

かなり昔の話になりますが、私が西村あさひ法律事務所にいたころはファイナンスチームに所属していたので、金融機関側の弁護士としてLBO案件のローン契約や担保契約をよく作成していました。誰かが作った契約書をレビューする場合と異なり、自分で契約書を作成する場合には完成までの間に様々な試行錯誤を繰り返すことになり、その過程で契約に関する理解が深まります。企業がM&Aを行う場合にファイナンスが必要となる案件は多いので、M&Aを専門にしたいと考える弁護士であっても、若いうちにファイナンスのドキュメンテーションの経験を積む機会を持てるとよいと思っています。M&Aとファイナンスの二刀流でいければ鬼に金棒です。

個人的にこのような経験があるので今でもLBO案件のローン契約に苦も無く対応できていますが、それでも100ページを超える契約書を読み込むのはかなりの覚悟と忍耐が要ります。ほんと、これを作る金融機関側の弁護士には頭が下がる思いですわ。

ではでは。

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