kaoru nohara
ネコノスとは、猫の巣。我が家の三毛猫くるみがつくる寝床のこと。あっちにぐるぐる、こっちにぐるぐる、日々の心のぐるぐるを書き連ねています。
ペーパーバックになった『サランドバディ』のストーリーを一部掲載しています。
『わしらの蚤の市』@chamano-ba 2020.12.18-25 この企画展で展示販売された作品の紹介です。
いままでに書いたごく短い物語を収めました。
2018年までに制作した作品(各所ギャラリーで展示)を紹介しています。もうほとんど手元にはありません。
個人出版なので、一般書店では販売していません。興味のある方は、note のマガジン『サランドバディ Ⅰ』を覗いてみてください。一部公開中です。 ペーパーバックをご希望の方は、一冊2,000円でお譲りします。わたしの下記メールアドレスにメッセージをいただければ追ってお返事いたします。cargot74@gmail.com [カルゴ]野 原 薫 サランドバディ Ⅰ もくじ [序章] サランドバディ イラスト地図 空を舞うカ
7カ月振りのネコノス手帳。と思ったら、長いよ~。 5月に入りぱたぱたと忙しくなり始めた6日の夜。少し遅くなって家に帰るとエサ入れが空っぽになっていた。「ごめんね、くるみくん、お腹すいたね」と声をかけながら二階に上がっていっても姿を現さない。窓が少し開いているから外にいるのかなと思いベランダ(物干しとも言う)を見たがいない。押入れの奥や我が家のすき間をあちこち探してもみつからない。外に出てうちのまわりを探してみても姿はない。気配を消すことにかけては忍者並みだ。いないと思ったら
昨日あたりからまた金木犀が香っている。 先月27日の朝のこと。国葬問題、黙っていては飼いならされた羊と一緒、意思表示はしなければと思い、急きょ組み立て式プラカードを作って国会議事堂前に足を運んだ。生まれて初めてのデモ参加だ。 議事堂前がどうなっているのかもわからず、何処へいけばいいのかもわからないまま、途中から歩道はデモ参加の人でいっぱいになり、前に進むのもままならず、だいたいどこが辿りつく場所なのかもわからない。進む人と、戻る人との列が狭い歩道を分けている。歩道のまわり
今月8日から始まる隠れ家蚤の市では絵画のほかにもおかしな作品を展示販売する。 作品だけ作ればいいわけではなく、ミニイーゼルだとか額だとかを削ったり塗ったりという作業もあり、これがなかなか楽しい。むしろそっちに夢中になっていたりするわけ。 頭の写真もその一つ、というかふたつ。ミニ額の角を削って色を塗って、しかし中に入れる絵はまだ途中。額を眺めているだけで満足。 3人の仲間もそれぞれ趣向を凝らした作品を出すことになっているが、初日の午前中に搬入設営というので、当日になってみ
昨日、食料の買い出しに出かけたついでに菊の花を買ってきた。 赤黃白の3色が一本ずつ。そのままだと仏花になりそうだったので、短くカットしてわけてみた。黄色と白、赤に少しだけ白を入れたのをそれぞれグラスに挿したら、ちょっと可愛くなったかも。 ほんとは赤い菊だけが欲しかったんだけど、一束198円じゃ文句は言えない。花もちのいい菊は当分楽しめそうだわ。 今日は、原稿のほうは塩漬けにしておいて、来月開催の『わしらの蚤の市』に出す予定の蓋シリーズ、『ふたしかなものたち』2点を制作す
今朝は涼しいなと目を覚ますと、スズムシの音が聞こえてきた。スズムシって飼ってなくてもそこらへんにいるもんなんだね。 この涼しさをわたしは信じてはいない。秋だね〜なんて言ってても、どうせまた暑さはぶり返すだろうし。信じられるのは自分の感覚だけだ。政治家(屋)の言葉なんてのもぜんぜん信じなくなった今日このごろ。 こういうのはいいことなのか、はたまた不幸なことなのかしら。自分で考えて納得しているならそれは幸せなことだろうなとは思うけど。それにしてもこの社会の滅茶苦茶さはそろそろ
雨の日も、藍染めの小物でこざっぱりとした気分。 友人から送られてきたという手作りのランチョンマットを自分は使わないからと従姉から譲られた。だいたいいつもいらないものはわたしのところへやってくる。うちはゴミ箱か、とちょっとイラッチになることもあるが、もう諦めている。 従姉自身もドレメ出身ということもあり、よくちくちく裁縫をやっていてパッチワークの敷物や袋物などを作っていた。死ぬほど丁寧に作るのに感心したものだ。 その従姉の友人から送られてきたのは、和柄のランチョンマットと
昨日に続いてお菓子の話題。 チョコレート、オレンジピール、ピスタチオナッツ。こっち系でわたしの好きなものだ。しかし、昨日のオレンジピールチョコで撃沈し、その前に書いたピスタチオナッツチョコでもおなじく撃沈。 原因は何か。文字が読めない(見えない)うえにもーそーが入るからだ。原材料とか顔をしかめて見ても文字がちっこくて読めず、パッケージだけで判断するので、そして自分にいいように思い込むから想像とかけ離れたシロモノを前にガクゼンとすることになる。 昨日は飲み物を買いにドンキ
口に入れるモノの形というのは、美味しさを決める要素のひとつではあるはずだ。 先日、スーパーで見つけたオレンジピールチョコ。輸入品お菓子コーナーに並んでいた。チョコレート好き、さらにオレンジピール好きなわたしは、自分でもオレンジの皮を煮て作ったりするほどオレンジピールチョコに目がない。 で、このパッケージを見つけたわたしは当然手にとった。帰って開けてみると、まるで弾薬みたいな食べ物とは思えないグロテスクなモノが出てきて軽いショックを受けた。 いくらなんでもこの形はないだろ
わたしたちの眠りの中、霧の立ち込めるその先に、ひっそり息づく世界がある。 この夢の世界は、『サランドバディ』といい、上質の深い眠りの中から訪れることができるのだが、その能力をもつ人たちは『眠り師』と呼ばれる。 緑の多いサランドバディは、東西に流れる水嵩も幅もたっぷりとあるおだやかな『ヌー川』によって大きく北の地域と南の地域にわかれる。 ヌー川の北側にひろがる『グリーンスタイケン』は、いくつもの小さな丘が連なる田園地帯で、丘の斜面につくられた畑のほかには、小学校が一つと、小さ
生まれてはじめて買ったシベリア。存在は知ってはいたが、子どものころに食べたかどうかも記憶にない。 で、これはヤマザキの三角シベリアという商品。たしかに、わたしの記憶にあるのは長方形のシベリアだ。一見、こし餡が挟まれているように思えるが柔らかい羊羹みたい。 そしてパッケージを見たら、わざわざ「スポンジケーキに、ようかんをサンドした製品です」と書かれていた。スポンジケーキにのあと「、」が入っているのがなんだかパッケージのコピーらしくないなと、変なところで気になってしまった。
すっかり涼しくなって、コオロギも鳴き出した。佃煮アパートもほぼ完成。 次は『サランドバディ』の物語に沿ったかたちで作りたいわ。でもその前に素敵な木箱を手にいれないと。これがなかなか大変かも。 佃煮の入っていたこの木箱、見た瞬間にアパートだなと思ったのだが、そのまま何年も過ぎてしまい、去年、外枠の角をまあるく削り、そしてこの夏ついに手がけた。始めてしまえば早いのだけど、ここに至るまでが長かったなー。 これを見た友人が『ドールハウス』と呼んだのだが、人形じゃなく、小人さんの
野菜愛、その延長に果物があって桃愛。 区から送られてきた食料品に絶対的に不足していたものは生鮮品。そりゃそうだろう。日もちが第一だし仕方ないよね。というのも頭ではわかるが、体はめいっぱい拒絶しているんだな。なんてワガママなわたし。 おなじ乾きものなら、乾燥野菜を入れてほしかったなー。といまさらながら強く思う。 そして、缶詰めならば、お腹をこわしたり、風邪をひいたときに必ず登場した桃の缶詰めだろう。さくらももこの本のタイトルにもなってるくらいだ。中味は読んでないけど、病気
午後から雨が降るというので、昼前10日ぶりの買い出しに出た。 野菜はほうれん草、なすが高かったが、玉ねぎはだいぶ安くなっていた。 小人さんたちの住む佃煮アパートは70%が出来上がり。これから細かい置き物などに時間がかかりそう。友人のために、という気持ちがあるからやってられるけど、そうじゃなかったら、佃煮アパートはいまだにただの佃煮の空き箱のままだろうな。 うちには空き箱や空き缶が大切にとってある。お年寄りのうちに包装紙やら何やらが後生大事にとってあって子どもたちが片付け
明けた明けた。夜が明けたぞ~。今朝は日の出を待ちきれず早起きしてしまった。これでお篭り生活ともオサラバだ。 それほど気にしてるとは自分では思ってなかったのだけど、頭の隅っこじゃ、やっぱり気にしてたんだろうな。好きで篭ってるのと、出ちゃダメというのじゃ全然ちがうものね。 冷凍庫の中にあった最後の豚肉も使いきった。ガーリックたっぷり効かせてソテーして、香りも楽しんで完食。ここしばらく味はわかるのだけど、匂いがわからずにいたのが、今日はガーリックの香りもはっきりわかったし、匂い
涼しくなってきたら、がぜんやる気が出てきた。 と同時に食欲もさらに増して、秋だわね~。と、ひとり納得。今日も炊きたてのご飯が美味しくて、ついお代わりなんぞもしたくらい。ああ、早く食材の買い出しに行きたいわ~。 上のスケッチは、佃煮の入っていた木箱を使って作る予定のミニチュアの部屋用に描いたもの。これはミニチュア好きの友人のために、10月の蚤の市に展示したらそのあとプレゼントするつもり。 この小部屋も基本的には『サランドバディ』の世界。まあ、何でもサランドバディになっちゃ