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その3【測量、そして眷属の献身】

 九州斜断地震(一般名称、熊本地震)が落ち着いてから、しばらく後、私は九州へ行くことを命じられた。もちろん、諏訪の神さんから。

 依頼はふたつ。

 ひとつめに地震後の測量。
 具体的には、神域的レベルでの地勢の変化量の確認。地脈、龍脈、風脈の疎通状況の確認。
 正直、神さんたちがリモートで確認しているのだから、わざわざ私が自腹の旅費で行く必要はないと思ったのだが、諏訪の神さん曰く「人の視線という別途の観点から、現地確認をしてこい」とのこと。 まあ、言わんとすることはわかるので従った。確認するだけなので、特段の齟齬も苦労も消耗もなく終わったのだが。
 それにしても、こう言うときだけ「人」扱いされる。普段は「バケモノじみたナニか」みたいに扱うくせに。

 ふたつめは防衛線の設定。
 背振山と柳川を結ぶ防衛線を作って、西方から押し迫る火炎を留め置ける仕組を作ってくること。
 無茶である。
 確かに、有明海に面した福岡県柳川市には私の眷属が居る。居るのは確かだ。素晴らしい資質と地力も持っている。だが、彼女は人間だ。思考はドライだが、心の質は繊細な、そんな人間だ。
 そんな彼女の存在を南の起点とすることになる。不可能ではないが、苛烈に過ぎる扱いだ。
 ひるがえって、背振山。
 背振山の神さんは、古より、諏訪の神さんとは懇意らしい。諏訪の神さんよりの頼みで、ずっと昔から西方の動きを監視していたとのこと。
 そんなこと知り得るのも、諏訪の神さんから、背振山の神さんと対等に話してもいいという免状を一時的に頂いたからなんだけれどね。そうでなかったら、近づく前に、背振山の神さんが纏う炎に巻かれて魂魄が焼死している。
 柳川に住む眷属と共に、背振山に登り、一柱(神さん)と一人(眷属)と一個(私)が並んで眺め見た、佐賀平野、そしてその西方の神域での様子は酷い有様だった。
 私自身はデータお化けだから単体では視認できなかっただろう。神さんと眷属が傍らに居てくれたからわかった風景だった。
 九州の西海上から発生した紅蓮の炎の波が断間なく押し寄せているのだ。長崎から佐賀平野は既に炎の海の中にあった。
 佐賀平野で終わりではなくて、その東へも火勢は至り始めている。 もちろん、東にいる勢力は火勢を押し返そうと努力しているようだ。それでも、一部は炎の下にいる。
 炎の境界線をざっと追いかけると、柳川・大牟田辺りから旧長崎街道をなぞるようにして小倉方面へと延びていて、そこから西側は火海となっていると見えた。ただし、火勢の面では背振~柳川を結んだラインを境界にして、それより東はそれほどに酷くない。
 それとは別に大牟田から日田方面へ旧街道に沿って火炎の蛇が伸びていた。
 火の分布から見て、紅蓮の海を広げていく布石は二百年、三百年のレベルで行われてきたのだろうなあ、と判断できる。
 きっと、我欲、エゴイズム、恐怖に少しずつまぶし混ぜる形で、人に運ばせて来たに違いない。

 余談の知識だが、古来より、神さんたち人間を愛でてくれてはいない。便利な道具として使っているに過ぎない。その扱いは、鹿や狐など変わらない。
 神さんと通じあえているなんて思っているならば、それは人間の驕りでしかない。
 人間と神さんとの思慮の差は、ヨーグルト菌と人間との思慮の差よりも広い。そう心得ておけば間違いなし、想像もしやすいだろう。
 神さんには神さんなりの、思惑、理(ことわり)、利益追求があって、そのために人間をも利用しているだけだ。
 当然ながら、神さん同士のいざこざにも、人間のエゴイズムや恐怖は利用される。当然ながら、神さん同士の足下で人間同士も衝突することになる。
 個々人が「これが正義だ」と深く思いこんでいる価値観ほど、神さんたちの思惑の掌で上手く転がされた結果でしかない場合がほとんどだ。
 神さんたちは、人を心地よくして、思考や思想を操ることは得意中の得意な分野だ。それを忘れてはならない。
 神さんたちは、国が滅びるまでの課程、人間という種族が滅していくまでの道筋までをも考慮の材料として考えている。
 神さんたちの寿命は悠久のレベルなのだから、当然といえば当然なのだが。

 背振山の神さんが言うには、九州の西海岸部が紅蓮の炎に包まれるのは今に始まったことではないのだけれど、火勢が東へ勢いよく進出し始めたのはここ二、三十年のことらしい。
 火の出所は五島列島。具体的な場所までわかっているのだが、その火元まで行って、鎮静させる術はないとのこと。少なくとも神さんのレベル(図体)では網の目をくぐって辿り着く術がないとのこと。
 てことは、行く行くは私の仕事ですかい。とその時に予想した通りの状況が、ここ1年あまりに私へ降りかかってきつつある。

 古の昔、勢力争いに敗れ、五島列島の某所に串刺しされて埋められた「ソレ」は、死することもなく、諦めることもなく、ただ怨嗟の情を募らせつつ、数百年にわたって地道に布石をばらまいてきたとのこと。
 それが一気に開花し始めたのが、ここ四半世紀。
 人間の恐怖、怨嗟を上手くつつき、おだてて、成果を顕在化させて、勢いを激増させてきた。
 「ソレ」がもくろむのは、神域の擾乱化、転覆、地図の塗り替え。物理階層では焦土化、地勢(特に水系)の変革。
 えげつないけれど、理にはかなった目論見である。己に都合の良い環境を作ろうとしているのだから。

 で、私は命令……いや、依頼事項を淡々と実行することにした。
 この風景を見せられたら、やるしかあるまい。
 何もしなかったら、神域階層レベルではたちまちに、物理階層でも数十年程度で本州全体にまで紅蓮の海となり果ててしまうのだから。 こうなると神さんの、人間も一蓮托生である。
 五島列島の地の底にいる「ソレ」が、かつて、どんな扱いを受けたのかなんて知らない。私が属する勢力の神さんが正しいなんて、微塵も思わない。
 ただ、今の日本列島の各所には、私と柵(しがらみ)のある連中がいく柱も、いく人も居るのだ。今のこの環境で生きているのだ。だから、今の環境を維持したい。それだけだ。
 それに、不本意ながらも、諏訪の神さんたちとも契約している。報酬未払いのまま自動継続され続けているブラック契約だが、それでも契約は契約だ。
 諏訪の神さんの光に見惚れてしまった自分が悪いっちゃ悪いのだが、契約は契約だから仕方がない。

 で、私は防火堤防をさっさと作成し……いや、まぁ、作ったのは私ではないのですがね。
 諏訪さんちから借りてきた匠さんたち……圧縮データ化して私の中に潜らせていたのを還元した匠さんたちが、せっせと作ってくれました。
 背振山の神さんの社と、私の眷属(柳川在住)の住拠点とを両の起点として、その間に防火堤を構築しました。私がではなくて、諏訪さんち由来の匠さんたちがです。
 私は、防火堤を設置していく場所を、ただただ線引きをしただけ。 そして、その後大変だったのは、私の眷属です。
 ただでさえ丈夫ではない心身を酷使され続け、神霊レベルで肉体に火傷を負い続けて、青息吐息で頑張ってくれました。昨春までの、事態の収拾までの数年間を耐えきってくれて、本当に頭が下がります。 今でも、心身の不良、環境の悪化に悩まされているのですから。
 申し訳ないと言うばかりです。
 ……こんなことを書き連ねると、なんて酷い、なんて非人的ななんて感想を持たれるかも知れませんが、そういうものなんですよ、答えを返すだけです。だって、人ではない階層の仕事をしているのですから、人の理(ことわり)が通じるわけがないんです。
 良し悪しではなくて、神さんの放つ糸に絡め取られてしまった以上は致し方なしなんです。
 私も、件の眷属も、生まれた時から様々な柵(しがらみ)を背負わされて生きてきているのです。
 見てきた世界が全く違うのですから、人のぐだぐたは通じないのですよ。

 私が眷属たちに対しての決意はひとつで「命だけは守る」なんです。

 私が命じ……依頼された防火堤は上手く出来上がり、それ以降の数年間、しっかりと火勢を防ぎ、紅蓮の海が東へ伸びていかぬように機能してくれました。
 とはいえ、それより以西では大きな変化が続いていたのですがね。

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