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【これから死にゆく母を見つめて】

私の家は、いわゆる母子家庭というものでした。
父親については詳しくは言及いたしませんが、まぁ、幼心にひどい人間であったということは記憶しております。
そんな父から私と妹を守り、たった一人で私たちを育て上げてくれたのが母でした。
働きに出て、祖母の介護もしておりましたから、いったいどれほど大変な思いをしてきたのか私にはいまだにわかりかねます。
私と妹が成人し、祖母も無事に天寿を全うし、ようやく母自身が自由になれるようになったころ、癌が見つかりました。
ステージはⅣ、末期癌でした。
母が罹ったのは虫垂癌と呼ばれる盲腸にできる大腸癌の一種で、症例が多くなく発見も遅れることが多い珍しい癌だったそうです。
当初、大学病院でも別の場所の癌だと思われていました。
手術はしましたし、一度は成功だったのです。
ですが、末期まで進行してしまった癌は、どれほど薬を使っても、放射線治療を行っても完全に治ることはありませんでした。
食が細くなり、外出もほとんどできなくなってしまい、それを残念がる母をずっと見ていました。
いいえ、見て見ぬふりをしてきました。
まだ元気だから。まだ普通に話せているから。
そう私自身に言い聞かせて、なにもなかったかのようにこれまでと同じように過ごしていたのです。
ですが、事態が急変したのは突然でした。
朝、目が覚めたら訪問の医師と看護師に囲まれた母がいました。
嘔吐が収まらず、水を飲むことも食べ物を食べることもできないと。
今はまだ点滴で栄養を摂ることでどうにか生きながらえていますが、いつどうなってもおかしくない状態になってしまったのです。
いつか来る日の覚悟をしなければならないと、頭の中では理解をしているつもりでした。
しかし、実際にその場面に直面したり近づいたりすればそんなことすべて吹き飛んでしまいました。
できるかぎり一日でも長く生きていてほしい。
今の私にとって、それだけがたったひとつの願いになっています。
死にゆく母からすればこのような娘では不安も残るのでしょうが、どうしても諦めきれずにいるのです。

同じような状況を体験されている方、これから体験されるかもしれない方へ。
時間はどれほどあるように見えても有限です。
もしも私と同じような状況にあるなら、どうか私のように目をそらしてしまわずに、後悔のないようご家族を大切にしてあげてください。

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