連載小説 ダイスケ、目が覚めたってよ(28)~(40)
今まで掲載した(28)~(40)をまとめたものになります。整理も兼ねて掲載したいと思います。
文字数としては(28)~(40)で8,000字を超えたのでいったんまとめました。塵も積もれば小説となるような気持ちで執筆しております。
駄文となりますが、読んでいただいた方にはお礼を伝えたいと思います。
本当にありがとうございます。
それでは引き続きよろしくお願いいたします。
(28)
生温かい地面に俺はいた。湿気を多く含んだ腐葉土のように柔らかい地面。雑草が茂っていて独特の臭気が辺りを覆っていた。俺はその臭気を鼻孔の奥に感じ、顔をゆがめた。
顔をゆがめたときに俺は理解した。また違う世界線に来たということを。
新しい世界線の記憶がまた層のようになっていた。俺はあたかもこの世界線でもずっと生活していたのがすぐ実感できる記憶だ。
だが、今までにないこの感情はなんなんだ。不快、不安、焦燥、恐れ、怒り。これらが混ざり合いそれぞれ交互交互に襲ってくる。負の感情が襲ってきて記憶を辿ることができなくなっている。
俺は地面に手をつき体を起こした。辺りは暗く、夜のようだが今が何時なのか全然わからない。湿度と温度が高く不快な熱がまとわりついている。呼吸できているのが不思議なくらいだ。
俺はこの場から早く立ち去りたいと思った。
立ちあがろうとしたときにポケットにスマホが入っていることに気がついた。俺は先にスマホを見た。ナナミから着信が10件入っていた。ショートメールも入っている。
アイツがナナミのところに来ている。やばい。
その瞬間に、この世界線の現状の記憶が、記憶の層の表面すべてに素早くぬるぬるぬると広がっていった。
つづく
(29)
アイツとはナナミの幼なじみで、名前はマスダという。
マスダは元々読書が好きで犬や猫などの動物も好きな物静かな心優しい少年だった。低学年の頃はナナミともよく図書館に一緒に通っていて動物の本などを読んで二人で語り合っていた。
だが、マスダは小学生高学年の頃に性格が急変し、暴力的な少年になった。学校では暴言を吐くようになり周りには人が近づかなくなった。そしてあるとき、マスダはナナミの顔にケガを負わせた。それを知った母はマスダと絶交させたのだ。
それから数年経ちマスダの暴言性、暴力性は増していて町内では有名となっていた。マスダが住んでいる周辺ではマスダの声や騒音により近隣トラブルも発生していた。
あるとき、マスダがふと街で歩いているナナミを見つけ、マスダが一方的にナナミに好意を持ち始めた。それ以来ずっと家の周りをうろうろするようになり、つきまといを始めた。
俺も何度かマスダと対峙しナナミにつきまとうなということも伝えた。だが、つきまといをやめず、ある日、大きいノコギリを持って家の前をうろついていたのでさすがに警察に電話をした。そこからは警察から警告を受けたのかぱったりとマスダはつきまといをやめていた。
しかし、ここ数日またマスダが現れたらしい。何日間は特に害はなく、家の前を通り過ぎるだけだった。だが、前にも増してその怪しさは増していた。おそらく何日も風呂に入っていないと思われる髪型をしており、服も洗濯をしていないような感じだった。
ナナミからのメールを見るとメールを送ってきてから結構時間は経っている。焦燥感の中で俺はなぜか絶望感も感じていた。
つづく
(30)
俺は立ち上がり、不気味な森を一瞥し歩き出した。
道路に出るとアスファルトから蒸された空気が俺の顔を焼こうとしている。呼吸が荒くなり熱く重い空気が肺を循環する。俺の首には脂汗がたまり肩口から染まっていった。
俺は走ることはできなくなっていた。早歩きが精一杯だった。
もし、ナナミに何かあったらー
ふと、良くない考えが頭をよぎった。
前の世界線の幸せと対比してこの世界線はどうなっているんだと思った。アカリに聞けばわかるのだろうか。そもそもアカリはまだヘビの状態でナナミの部屋にいるのだろうか。
思考が不安と交互に折り重なり心臓のあたりを浸食していく。
車のハイビームが目に当たり目がくらんだ。
歩く気力を保つだけの思考になっていた。
つづく
(31)
俺はやっとの思いで家にたどり着いた。足が重くもうだめだ、倒れると思ったときにやっと家にたどり着けていた。
家に入り俺はナナミを探した。「ナナミー、どこだー?」
階段を駆け上がりナナミの部屋に入ったが、ナナミの姿は見えない。だが、ナナミの机の上にアカリがいた。アカリは静かにとぐろを巻きこちらを見ていた。俺はアカリに話しかけた。「ナナミがどこにいるかわかる?アカリ」
ヘビであるアカリには返答の術はなかった。
「ナナミを探してくるよ」アカリに一言残し部屋を出て階段を降りた。
「ナナミー、ナナミー、おーい、どこだー」俺が大きい声で呼んだときに、風呂場の方からかすかに物音が聞こえた。
「ナナミか?」電気が消えており真っ暗になっていた。閉まっている風呂場のドアを静かに開けた。
「ダ、ダイスケ……」わずかにナナミの声が聞こえてきた。バスタブの中に血まみれのナナミがいた。
「ナナミ、大丈夫か、今救急車呼ぶよ」俺は119番に電話をかけ救急車を呼んだ。
「アイツが……アイツが来たの」
「マスダか?」
「そう。ノコギリを持ってて抵抗できなかった」
「もうそれ以上しゃべらなくていいよ」俺はそう言ってナナミの傷口の確認をした。出血は止まっているようだが、かなりすでに出血していてナナミは意識朦朧になっていた。
そのとき背後から大きい物音が聞こえた。
(つづく)
(32)
「動くな!」暗闇の中から野太い声が聞こえた。
俺は声に反応して振り返った。そこにはノコギリを持った大柄な男が立っていた。
「お前か。ナナミを傷つけたのはお前だな」俺は近くにあったバスタオルを握りノコギリに対抗しようとした。
「ダ、ダイスケか?」その男はダイスケに尋ねた。
「そうだ。俺はダイスケだ。お前に下の名前で呼ばれる筋合いはないけどな。お前はマスダだろう」俺はそうは言ったが、マスダの声に聞き覚えがあった。まず、この世界線の記憶ではない。前の世界線かそれよりもずっと前なのか。今はまるっきり思い出すことができなかった。
「ちょ、ちょっと話を聞いてくれ」
「聞く話はない!警察を呼ぶぞ」そうは言いつつも向こうはノコギリを持っている。膠着状態になるかと思ったとき救急車のサイレンが聞こえてきた。
「救急車を呼んだのか?」
「当たり前だろう。お前もおとなしくしろ」
「ダイスケ、また、今度ちゃんと話すから……」と言い残しマスダは逃げるようにして出て行った。
「おい、待て」
だが、ナナミを置いて行くわけにもいかない。俺はひとまず救急車を出迎えた。
つづく
(33)
救急車が到着し救急隊員が家に入ってきた。
「こっちです。こっちです」ダイスケは大声で呼んだ。
「ケガしている方はどちらにいますか」
「こちらです。風呂場のところです」
「結構出血がありますね。意識はありますか」
「さっきは意識があって返事をしていましたが、今はあるかどうか」
「おい、君、声が聞こえるか?」救急隊員がナナミに声をかけた。
ナナミは意識はあるようだが声は出せないようだ。反応はある。
「担架をもってこい。こっちだ」
救急隊員はナナミを救急車へ運び、手早く応急処置を行っていた。
「ご家族の方ですか?」救急隊員が俺の方にやってきて尋ねた。
「そうです。状態はどうですか?」
「今は出血は止まっています。このまま病院へ運んで傷の手当てをしたいと思います。入院になると思いますが、一緒に来られますか?」
「はい。一緒に行きます。ちょっと財布とか取ってきたいのですが準備する時間はありますか?」
「少しであれば大丈夫です」
「わかりました。ちょっと取ってきます」
俺は自分の部屋に保険証や財布を取りに行き階段を這うように上がった。階段を上がったときに一度先にアカリを見ておこうと思いナナミの部屋に入った。
アカリのヘビの体は月の光に照らされて青く光っていた。反射された光は部屋中を照らしているようにも見えた。
「アカリ……」
ダイスケがアカリに近づくといつもと様子が違うことに気付いた。いつもはとぐろを巻いて俺の顔を見ているのだが、今は俺を見ていない。
動いてもいないので死んでいるのかと心配になり電気をつけた。すると、アカリは自分の尻尾に噛みつき自分の体を食べようとしている。急いで俺はアカリの体を掴み口から尻尾を出した。
アカリは尻尾を口から出した後に一瞬目をつむり、こちらを睨めつけた。
つづく
(34)
アカリはいつものようにとぐろを巻いてこっちを見た。
「アカリ、大丈夫か?」俺は思わず声をかけた。
「......」アカリは無言でこちらを見ている。とりあえず今はナナミだ。
ナナミの部屋の電気はつけたままにして俺は自分の部屋に行った。財布を取りまたナナミの部屋を覗くとアカリはとぐろを巻いてこっちを見ている。
「部屋の電気はつけたままにしていくよ」アカリにそう言い残し階段を下りた。
すぐに救急車のところに行き、俺は救急車に同乗した。
「ナナミ、大丈夫か?」俺はそこでも思わず声をかけた。
ナナミはぴくっと反応した。生きている。俺はそう思い安堵し、ああ助かったと感じ少しだけだが安心をした。
「では、病院へ向かいます。他のご家族はいらっしゃいますか?」救急隊員に尋ねられた。
「他にはいません。ナナミと二人で暮らしています。両親は前に他界しました」
俺は今の世界線の記憶を参照して答えた。両親はもういなかったのだ。この世界ではナナミと二人だけで暮らしていた。それだけナナミに対する気持ちも強くなっていた。そんなナナミが襲われたのだ。ナナミがいなくなったらどうしようという恐怖感が一番強いがマスダに対する恨み、怒りも生まれてきた。だが、今はナナミを無事に病院へ連れて行き治療してもらうことを考えなければと思った。
つづく
(35)
病院に着きナナミはまず医者の先生に診てもらった。外傷があり出血もあるが命に関わるような傷はないようだ。ナナミの意識もしっかりしてきており、会話ができるようになってきた。
「お兄ちゃん、ごめんね」
「ナナミが謝ることじゃないよ」
俺はそう言いつつマスダに対する恨みが募ってきた。この世界での記憶がそうさせている。他の世界での記憶にはマスダは存在していない。他の記憶での俺はマスダに対して恐怖感を感じている。ナナミを守るために逃げてもいいんじゃないかとも考えている。複数の感情を同時に持ってそれを感じている。不思議な感覚だ。
「マスダはお姉ちゃんを狙ってきてたの」
「えっ」
「ヘビのアカリはどこだ?って聞かれたの」
「アカリがヘビだっていうのを知ってるの?」
「そうよ。前の世界線でもその前の世界線でもずっと狙われてたのよ」
「マスダって何者なの?」
「それは……私の口からは言えないよ」
「アカリに聞けばわかるかな」
俺はまたわからないことが出てきてイライラが募ってきた。マスダは俺の名前を知っており、何かを伝えたそうなそぶりも見せていた。マスダの声も何か懐かしい感じを覚えた。俺もいろいろ考えすぎて急にどっと疲れが出てきた。
「お兄ちゃんも休んでね。私は少し寝るよ」ナナミは病室ですでに横になっていた。
「わかった。俺は一度家に帰るからね」
そう言って俺は病室をあとにした。
つづく
(36)
俺は家に戻り、玄関に入ると血の匂いが漂ってきた。ナナミが出血した血の匂いだろう。先に掃除をしたいところだが、アカリを見るために階段をのぼった。階段は暗く一歩一歩気をつけて歩かないと足を踏み外しそうになっていた。毎日何回も上り下りしてるはずの階段なのだが、今日に限ってはまるで初めてのぼる階段に感じていた。家の中には熱気が籠もっていた。もしかしたら軽く熱中症になっているのかもしれない。いったん呼吸を整えるために階段の途中で壁に手をつき休んだ。
「ふう……」
俺はこんなに体力がなくなっていたのか。いや、もしかしたらこの世界線の俺は体力がないのかもしれない。こころなしか前の世界線の俺に比べて体が一回り小さいようにも感じる。筋肉が少なくなっている。筋肉が少なくなったからといってこんなにも階段を登るのがきつくなるだろうか。俺はそんな違和感を感じながらも階段を登りきった。
ナナミの部屋から明かりが漏れている。電気をつけたまま出てきたからだ。
俺はドアを開けてアカリを確認した。
アカリはまた自分の尻尾を口にくわえ、尻尾から自分の体を食べようとしていた。アカリの体の表面の白鱗は部屋の照明に当てられ光を反射してまばゆく輝いて見えると思ったが、部分で光の反射ではなく虹色に発光しているようにも見えた。
つづく
(37)
俺は神々しく光り輝くアカリに触れることに躊躇をしていた。
まあ、俺が躊躇した理由は神のように見えるからではなく、単に感電しないかとか熱くないかとか物理的にケガをしないかを心配していた。
「大丈夫かな」
俺はアカリにちょんと触り熱くないか確かめた。熱くもないしビリビリともこない。むしろその体は冷たかった。
アカリは自分の尻尾を口にくわえているため、頭と尻尾をつかみ引き剥がした。
「アカリ、俺はどうしたらいいんだ?教えてくれ」
アカリはまたとぐろを巻いてじっと俺の方を見ている。何も答えない。
この世界線では俺の家族はナナミだけだ。アカリは前の前の前の世界線での恋人だが、今はヘビの状態だ。俺は状況を整理しようとしても整理しきれなくなってきた。世界線が変わると家族ができたりいなくなったりする。なにが本当で何がウソなのかわからなくなってくる。ウソというのはないのかもしれないが、新しい世界線に来ると前の世界線であったことがすべて真実でなくなるのが俺にはウソに感じられていた。
部屋にあったボールペンをおもむろに手に取り、コピー用紙に名前を書いていって。
・俺
・アカリ
・ナナミ
・母親
・マスダ
今のところ俺が世界線の移動で関係してきた人達だ。ナナミはもともとはアカリの妹だったが、今は俺の妹になっている。この世界線では母親はもう死んでおり、マスダという人物が現れた。マスダは以前の世界線では関わってきてはいないが、ずっと前のことを考えると会ったことがあるような気もしてくる。向こうも俺のことを知っているような感じだった。
「アカリ、ちょっと俺は休むよ」
アカリに一声かけて俺は自分の部屋に戻った。
つづく
(38)
俺は結局シャワーを浴び歯を磨き寝る準備をしていた。
夢の中でアカリと話そうと俺は考えていた。
この俺の部屋にはエアコンがなく、今日は寝ながら熱中症になってしまうような暑さだ。ベッドに横になったが汗がシーツににじんでいた。
「これは暑さで眠れないぞ」
俺はベッドを飛び降り階段を駆け下りた。冷蔵庫の扉を開き氷を取り出す。氷をコップへ入れ麦茶を注いだ。麦茶の香ばしい香りが俺の心を安心させた。いろいろなことがあったにもかかわらず、冷たい氷の入った麦茶には心を奪われた。
麦茶が氷によって冷やされるのを数秒待ってから俺は麦茶を飲み干した。冷たい麦茶が食道を通り、胃まで到達したのがわかるくらい麦茶は冷たい。冷たい麦茶が通過された内臓は冷やされていた。
だが、それは一瞬のことだった。また、暑くなってきたのでも同じように冷たい麦茶をもう一杯飲んだ。
体の熱さも落ち着いてきたので俺は自分の部屋へ向かうため階段を上ろうとした。階段の近くにある姿見を見て、何気なくちょっと自分の顔を見ておこうと思った。
俺は姿見の前に立って驚愕した。自分の姿が鏡に映っていないのだ。
その瞬間目が覚めた。ベッドで汗をかいて寝てしまっていたのだ。
「寝ちゃっていたのか。さっきのは夢か」
俺は喉の渇きを覚え、俺はベッドを飛び降り階段を駆け下りた。冷蔵庫の扉を開き氷を取り出す。氷をコップへ入れ麦茶を注いだ。麦茶の香ばしい香りが俺の心を安心させた。いろいろなことがあったにもかかわらず、冷たい氷の入った麦茶には心を奪われた。
麦茶が氷によって冷やされるのを数秒待ってから俺は麦茶を飲み干した。冷たい麦茶が食道を通り、胃まで到達したのがわかるくらい麦茶は冷たい。冷たい麦茶が通過された内臓は冷やされていた。
だが、それは一瞬のことだった。また、暑くなってきたのでも同じように冷たい麦茶をもう一杯飲んだ。
「あれ...…」
俺は既視感を覚えた。
ちょっと待てよ...…
俺は姿見へ向かった。俺の姿が映るかどうかを確認するためだ。
俺は飛び込むように姿見の前に立った。
俺の姿は映って...…
つづく
(39)
俺の姿は映っていた。俺はほっと胸をなで下ろした。
強めの既視感で何でもありの世界だからループ系やホラー系を想像してしまった。だが、そんなのはそう簡単には起きないからな。大体麦茶を飲むだけのループはしたくないね。俺はそう思いながら階段を上った。
さっき感じた既視感は本当に既視感だったのか夢だったのかわからなくなっていた。もう一度アカリの姿を見ておこうと思いナナミの部屋に入った。
電気をつけるとアカリも起きたようで、とぐろを巻いてこちらを向いていた。自分の尻尾は食べていなかった。
「アカリ、大丈夫か?今日は暑いね」
ヘビは変温動物だから暑いのはまだ大丈夫なのかなと余計なことを考えていた。
「もう一度寝るよ。おやすみ」
俺はアカリに一声かけて電気を消し自分の部屋へ戻った。
外を見ると今日は満月だった。少し赤っぽい満月で普通の満月よりも大きく見えた。たまに月が大きく見えたり小さく見えたりするが、今までで見た中で一番大きく感じた。その月の大きさに一瞬恐怖感を覚えじっと月を睨んだ。たが、まあ大丈夫だろうと思い、俺はベッドに戻った。
麦茶も飲んで寝る準備は整った。早く寝て夢の中でアカリに会おうと俺は考えた。
つづく
(40)
俺はベッドに横になり呼吸を整えた。
ベッドは暑いが寝れないことはなさそうだ。
見覚えのある天井を眺めながら俺は考えた。
隣の部屋にはナナミはいない。アカリはいるがヘビの状態だ。
この世界線の俺は孤独だ。今までの世界線では誰かしらが俺の周りにいた。
今この家に俺は一人。
急に不安が襲ってきた。
とりあえず寝よう。寝たらアカリに会える。アカリと話そうと俺は考えた。
目をつぶり俺は無になった。
すぐに闇が訪れ、眠りに落ちていくのがわかった。
何重もの闇のカーテンをめくりながら俺は前に進んでいる。そのカーテンは触れているのかわからないほど薄い漆黒のカーテンだ。
ふわりと最後のカーテンをめくった先にアカリはいた。
「遅いよ。待ってたよ」
「ごめん。麦茶飲んでたよ」
「ダイスケは体大丈夫?」
「俺は大丈夫だよ。だけどナナミが傷を負って病院に入院してるよ」
「そうよね。全部見てたわ。マスダが来てたわね」
「そうなんだよ。アカリはヘビの状態で助けることも何もできないから苦しかったでしょ」
「まあ、ちょっと苦しかったけどね。だけど私はこうなることは全部わかってたからね」
「えっ、こうなることわかってたんだったら避けることはできなかったの?」俺は少し怒気を込めてアカリに尋ねた。
「できないわ。この世界線でのナナミの運命なのよ。私も本当はこの世界線には来たくなかったんだけどね。ちょっとイレギュラーなことが起きちゃったのよ」
「イレギュラーなことって?」
「まあ、そのイレギュラーも想定内だから全然大丈夫よ。とりあえずこっちに来て」とアカリは言って俺に向かって手を広げた。
俺はアカリを抱きしめた。
つづく