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斉藤壮馬さんの2ndアルバム「in bloom」の歌詞考察
※2022/4/2追記
引き続き当記事のviewが伸びています。おそらく斉藤壮馬さんクラスタの方々によるものかと思います。誠にありがとうございます。
当記事についてはもう少しブラッシュアップを重ねていきたいと思っております。
一方、私も元々声優・渕上舞さんとの比較も兼ねて行ってきた執筆作業であるため、ブラッシュアップと同時に渕上舞さんの宣伝要素が加わっていくことはご了承ください😂
随分早い更新になりますが、今回は斉藤壮馬さんの2ndアルバム「in bloom」の歌詞について、ちょこっとですが考察しようと思います。
先日、私は渕上さんの歌詞において語感の話を繰り出しましたが、とあるフォロワーさんから、斉藤壮馬さんについてもやってほしいという要望がありました。
前々から斉藤壮馬さんの曲は聞かせていただいていましたが、今回のこの2ndアルバムは珍しく私にだいぶ刺さりました。
珍しいんです。私に刺さるなんてことは。
だからいつも渕上さんの話しかしていないんですね。もしかしたら、あんまり音楽そのものがそもそも好きではないのかもしれません。逆に。
さて、早速考察してみようかと思いますが、12曲もある中、全部考察するというのは厳しいです。また、私自身斉藤壮馬さんの人柄というものを良く知っているというわけではないので、一曲だけ選ぶか、もしくはそれを題材に色々広げていこうかと思います。
基本的にご本人作曲・作詞が多い斉藤壮馬さんコンテンツ。
どれを選んだら良いのか迷いますが…
とりあえずは「carpool」を選ばせていただこうかと思います。
歌詞はこちらになります。
「carpool」について
https://www.uta-net.com/song/295819/
ざっと歌詞を眺めてみましょう。
おそらくこの歌は海沿いに旅に出る、しかしそれも過去の記憶?なのでしょうか。助手席に座っていた彼女のことを思い出しているかのような。
早速語感の話に移っていきますが、今回は歌詞の一つ一つの単語を取り上げるのはやめてみます。(まあ斉藤壮馬さんの語彙力が豊かすぎて、逆に選びきれないというのもあるんですが)
むしろ、注目したいのは「語尾の語感」かなと思っております。見たところ「~た」「~て」「~や」「~よ」という語尾が目立つんじゃないでしょうか。
というか、おそらく壮馬さんの曲って他にも聞いていると、こんな感じの語尾が多いはずです。そしてその語尾は、ご自身の作曲でもあり少し和らげな、やわらかな、優しげな感じが多いはずです。
語尾の語感について
では「~た」「~て」「~や」「~よ」ってどんな語感なんでしょうね。
つい最近、とある方から少々話を聞かされ、購入した本があります。
日常会話からネーミングまで 語感力事典 山口謠司
https://www.amazon.co.jp/dp/B08JCLHRBS/ref=cm_sw_r_tw_dp_QQ9.FbD0J555N
こちらの本、あかさたなはまやらわの持つ「語感」を解説しております。
歌詞の考察参考になるのではないかと思い、ちょっと前から購入しておりました。
では早速この本に記載されていることを抜粋させていただきましょう。
①たの場合
本書では「艶やかでふっくらした語感」と解説しております。
壮馬さんの本曲の歌詞では「いつか遣した」というところ、楽曲と一緒に聞くと少し「艶やかさ」も感じます。「ふっくらさ」もあるといえばあるんですよね。そもそも言葉としては過去形だったり完了形だったり。
過去形、完了形を使うこと自体が、「ふっくらした」ものなのでしょうか?完了しているという意味では膨れ上がったものになりますね。
「~した」というのは、非常に使われやすい語尾です。しかし、作詞者によってはいかようにも形を変えます。それがあえて「~した」という純粋にその語尾を使うと自体、「た」の語感を何か楽曲に含みこませたいという意図が感じられます。作曲も一緒にされているのならば、語感と音をリンクさせているはずです。
②ての場合
これめっちゃ多用されていない?
本書では「すんなりと抵抗のない語感」と解説されております。
確かに「運転席はいつだって」「オープンカーに飛び乗って」という場面の「て」は、すんなりと、というかある意味「さあ行くぞ今」と言わんばかりの摩擦を感じられないものがあります。ついでに「て」は「てりてり」「てかてか」のような光るイメージもあるんだとか。確かに、「さあ行くぞ今」だけでなくその時のシーンは「何か光り輝くようにいきいきしている」感覚です。この辺りは、動詞とかとの組み合わせなども少々検討しなければならない気がしました。
「~して」「~をやって」「~だって」、すんなりというより滑り込む感じでしょうか。少々疾走感も感じられるような印象です。
③やの場合
本書では「何度も回数を重ねる、『矢』のように突き進む」と解説されております。「やっぱり」とか「やいのやいの」とか、あきらめたような、投げやりのようなイメージでしょうか。
これを聞くと「随分乱暴だな」と思うかもしれません。
しかし、結構深く考えれば的を得ているかもしれないと思いました。
壮馬さんの「carpool」では一回しか使われておりません。
「はやすぎて追いつけないや」
というか、多分この曲くらいでしか使われていなくない?と歌詞を色々見直して今思っております。今、記事をここまで書いた上で気づきました。
なのになぜ私の中で目立ったのでしょう。
それは
渕上舞さんの作詞で結構使われている気がするから
だからちょっと気になってしまったんでしょうね。オイ、って突っ込んでいただいて構いません。
先に解説したようにそのように矢を飛ばすように。突き進むという語感がある「や」。「追いつけないや」。この歌詞の一節って、ちょっと「あのころのきみ」を思っているような感じなんですよね。だからちょっと「あのころのきみ」を逆に追いかけているような印象すらある。「追いつけないや」と言いつつも、諦められない、こちら側も彼女を目指している、となれば、矢を飛ばすように目指している感じがあるのかもしれません。
そのようにとらえると、渕上さんの歌詞によくあるような「~や」ってちょっと、諦められていない印象もあるのでしょうか。渕上さんのネガティブな歌詞って、意外とまだあきらめてない、炎燃やしてるような、そんな感じも見えたりするんですよね。
ということに改めて気づかされました。壮馬さんありがとう。
④よの場合
「ぼくだらけのものだよ」「きみだけにあけてあるよ」という一節でみられるこの語尾。同アルバム「いさな」ではめちゃくちゃ多用してますね。
ではどういう語感なんでしょう。
「力を横の方に与えて自分を支える」という語感なんだそうです。
「よろよろ」「よたよた」している酔っ払いの方とかを駅のホームで見るじゃないですか。そういう方って、横移動することで自分を支えているのかもしれませんね。
さて、壮馬さんの「carpool」では、実際先ほどの歌詞だと「ぼくらだけ」「きみだけに」という主語で出来上がっております。となれば、語尾に「~よ」がつくのは、まさに相手に支えてもらいたいという思いの表れなのかもしれません。この「よ」に関しては、結構すんなり解説できた気がします。逆に言うとさっきまでの語感の話は、結構怪しいと自分でも思っています(そもそも書籍の内容自体、少々怪しい。)
ちなみに渕上さんの曲でもよく見る印象。
特に、語尾で「よ」が使われている曲(本人作詞)では「Journey」が印象的。と思って「Journey」の歌詞を見直したら、確かに支えられているんだろうなあと思えるような歌詞の一節が幾つか見えました。
それはぜひ、ご自身で確認してみてください。
https://www.uta-net.com/song/262087/
おわりに
さて、今回もざっくりとメモ的に書いてみました。
この「語感」で歌詞を考察するというのは、特に声優さんの作詞においては体系的に何か研究手法が出来上がったものではありません。
故に私にとっても試行錯誤です。ですが、この試行錯誤の末に何かが見つかればいいなと思っております。
ちょっとまた私の自分語りになってしまいますが、かつてNHK大河ドラマ「真田丸」の時代考証を務めていた黒田基樹先生と色々お話をしたことがあります。(ぶっちゃけ飲み会だったんですが)
その際の帰り際に、言われた言葉が「迷った結果が論文になる」ということでした。色々尽くして、検証してみたらその結果が論文になるということなんですね。
私自身、音楽とか言語についてはぶっちゃけ素人ですが、素人なりに色々試行錯誤してみようと思います。どうせ、この声優歌詞考察は未開拓ジャンルでしょうから(とはいえ多少は文学、言語学の基本的な文献でもあたるべきだろうかと思っておりますが)
ということで、今日は以上です。ありがとうございました。