「不在史料」論ツイートを見て思うことー自分が遭遇した事例をもとにー
こんにちは、カクトひかりみずです。
ここ最近noteを更新しておりませんで申し訳ありません。
何かとネタが思いつかなかったこと、また自分自身気持ちが忙しかったため、なかなか書く暇がございませんでした。
さて、今回は珍しく歴史ネタ。
というか、ウクライナの戦争が始まって以来、最近の私のツイッターは歴史・社会寄りの話が多くなっています。
声優・渕上舞さんから気持ちが離れているというわけではないのですが、どうしても思うことがあり、そちらに関することをつぶやいてしまっております。
そんなわけで、今回は昨夜2022/3/28の夜に、歴史界隈で話題になったツイートについて紹介し、私が出会った事例についてここにまとめておこうと思います。
やはり「不在史料」が視野に入っていないからではないでしょうか。勝った側の史料は都合良く残る、ないし作られるが、負けた側や、戦火に巻き込まれた人々の史料はまず残らない。実在史料に基づいて歴史を描けば、そしてそれを読めば、戦争は正しいことで、自分も同じように勝てると錯覚するでしょう。
— 中世の古文書(小島道裕) (@kojima_sakura) March 27, 2022
こちらのツイートになります。
ツイート主は小島道裕先生。
https://www.rekihaku.ac.jp/kenkyuu/kenkyuusya/kojima/index.html
千葉県佐倉の歴民博に所属している先生でございますね。
このツイートについて昨夜非常に盛り上がっておりましたが、どちらかというと意見は否定的な意見。
というのもこのツイートだけ見るとわかるように、「負けた側の史料」は残らないという偏ったお話に見えるようになります。
しかし同タイミングの27日には
そこで使えそうだと思ったのが「不在史料論」です。今日残った、バイアスの強い「現存史料」だけでなく、消失した、あるいはそもそも「作られなかった」史料まで視野に収めて、平和、人権、環境といった、今日的な価値観から歴史をどう描けるかを考察することが必要なのではないでしょうか。
— 中世の古文書(小島道裕) (@kojima_sakura) March 27, 2022
―というのが、先日「最終講義」的な話(3/12「歴博講演会」)で、お話ししたかったことの一部です。スライドも少し掲げておきます。事前に、「こんな時に、いったい何を話したら・・」とつぶやいたら、思いがけず多くの方から激励をいただき大変ありがたかったので、ご報告かたがた。 pic.twitter.com/cghKmMfs93
— 中世の古文書(小島道裕) (@kojima_sakura) March 27, 2022
こちらのようなツイートもされております。
「制度的未在(史料)」「残す意志を持てなかった」「被支配層の主体的な記録は、そもそも稀」など、こういう意味で残っていない史料を考えるというのは非常に重要な観点かと思います。
そもそもご本人は2021年頃からこの「不在史料」論について考えておられる様子で
最近妄想的に考えていることに、「不在史料論」という事があります。史料論、史料学は、ふつう現在ある物を対象にすると思いますが、果たしてそれで良いのか。今年初めに紹介した、瀬田勝哉『戦争が巨木を伐った―太平洋戦争と供木運動・木造船』(平凡社、2021年1月)を読んで思ったのですが、(続
— 中世の古文書(小島道裕) (@kojima_sakura) November 16, 2021
「不在史料論」とは自分でも変な事を言い出したと思うのですが、「実在史料」だけで歴史を叙述すると、こんな風に、後世の作為に加担することになってしまう訳です。(現存する)史料は誰の立場で作られたのか、という史料批判は勿論重要ですが、「不在」も視野に入れないと、足りないのでは。
— 中世の古文書(小島道裕) (@kojima_sakura) December 29, 2021
最近考えている「不在史料論」、つまりある史料が「不在」である事の意味を考えると、原因によって分類できそうです。問題になっている国交省の統計データ「書き換え」問題は、元の情報を文字通り消してしまった訳ですから、「作為的不在」とでも呼んだら良いでしょうか。https://t.co/d3ko4bggZJ(続
— 中世の古文書(小島道裕) (@kojima_sakura) January 26, 2022
こういったツイートをされております。
その間にウクライナの戦争がリアルタイムに入ってしまい、ご本人の思考にそれが入り込んでしまったのが今回の騒ぎの原因かとは思いますが、それ以前の「不在史料」論についてのツイートは、非常に良いことを仰っているのではないかと思います。
とはいえ、この「不在史料」論、方法論が当然ながら確立されているわけでもございませんので、この論をどう組み立てるか自体は専門家の方々にお任せしたいと思います。
さて、ここからが本題になります。
これは私が新卒でとある自治体の非常勤学芸員になった時のお話。(残念ながらあまりいい仕事ができた人間ではないので、大変申し訳ないことをしておりました。)
割と各博物館などで人気な「ちょっと昔の暮らしの展示」というのを行った際のことです。その準備のために、自治体に寄贈された民具を確認しにいったわけです。
上司と一緒にそれにくっついていったわけですが、まあ沢山の民具があるわけですね。農具は当然ながら食事に使う道具など。
例えば、もはや今は使うことがないでしょう、「箱膳」なんてものも山ほどありました。(山ほどあるからといって保存状態が良いわけではない。それは収納されている場所が問題だからということですがそれは後日の話に)
https://www.town.moroyama.saitama.jp/soshikikarasagasu/rekishiminzokushiryokan/1226/1/2964.html
http://www.city.fujinomiya.lg.jp/sp/citizen/qc0he80000005fxk.html
その他にも徳利などもありまして、様々な実物を見せられました。
さて、こうも色々あるのならば食事の様子を見せようではないかと、色々そこから回収するわけですが一つ問題がありました。
「あれ?お茶碗がないぞ」
と。
そう、これだけ色々沢山保存・収納されているのにお茶碗だけないんです。
お茶碗、使うよね?お茶碗??
食事に必須なお茶碗がなぜ保存されていないのか。
これだけ様々な道具が、しかも一つの種類の道具が複数保存されているのにお茶碗だけない。
ないんです。
これは困った。展示ができないぞと。
結果的には色々やりくりして、なんとか展示は開催できたのですが、さてなぜ茶碗がなかったのか。当時の暮らしを考えても茶碗を「使わなかった」という思考はあり得ません。ですが、寄贈された中にはなぜか茶碗が一つもない、もしくは残されていない状態だったのです。
これも一つの「不在史料」として考えられるかもしれません。
理由は様々考えられますが
①寄贈されたものの、地震などの震災で茶碗のみ全部なくなってしまった。(あまり考えられませんが、保存に携わった人間の人為的ミスでなくなった可能性もあります)
②そもそも寄贈されなかった。なぜかというと、箱膳や徳利などは昭和の終わり、平成になってから使わなくなったが、お茶碗に関してはどんなに古くても使える状態にあり、最後まで使われていたから。
②についてはかなり推測が入りすぎているものではありますが、かといって①についても現実的なようでいて、少々あっては困る話でもあります。
これ以外の理由も考えられそうではあるのですが、当時そして今の私の中でも理由はこれくらいしか考えられませんでした。(当然、色々な事情で寄贈を受け保存していた当時の記録などもごちゃごちゃしておりましたゆえ)
大事なのはその「自治体(地域)で使われたとされる民具にお茶碗がない」とみられる状態になってしまっていること。
当然お茶碗を使っていないわけがないのですが、少なくとも「残っておりません」という状態なこと。
繰り返しになりますが、これも一つの「不在史料」として考えられます。
先述したように理由を、①、②点挙げました。しかしこんな短絡的な理由ではなく、すごく複雑で、下手するとすごくくだらない理由があるのかもしれません。(自治体の有力者が何か変なわがままを言った。行政側のミスで何かが起こった。「事実は小説より奇なり」と言いますか、現在の東京都中央線の停車駅問題についても、かなり複雑な歴史事情が絡んでいたりします。)
その理由の真相に探ることは、それこそ史料がない以上はできないことですが「なぜないのかわからない。色々考えられるが、おそらく複雑な事情があってなくなってしまったのだろう。」と考え、ひとまずは「茶碗を使っていました(こっちの地域にはなぜか残っていないけど、たぶん使っていたはず)」というところで留めておくべきことでしょう。
この「茶碗は残っていないけど多分使われていたんだろう」というのは、日本全国地域の状況や、そもそもの慣習からして当たり前のように導きだせた問題です。しかし「不在史料」というのはこんな簡単な問題だけではなく、もっと複雑で、当時社会にとっては当たり前だけど現代からすると当たり前でもなんでもないような不可解な様相から出てくるものがあるかもしれません。
不可解な様相というワードを出して思い出したことがあるので、少々現代のことに目を向けましょう。
下記の内容は、それこそ後世の方にはちゃんと解説できるように残さないと「不可解」なものです。
2000年代初頭がインターネット黎明期。台頭したのは巨大匿名掲示板「2ch」。当時は「オマエモナー」「逝ってヨシ!」「半年ROMれ」などなどのネットスラングが流行っていました。
逝ってよし - ニコ百 https://dic.nicovideo.jp/id/4709611
https://kotowaka.com/internet/omaemona/
当記事の段階では上記のように、その意味について解説している記事を紹介することができますが、まだ2022年です。流行った時期からまだ20年しか経っていない。しかし、徐々にこうった20年前のネットスラングについて、いわば「史料」と言えるものが薄くなりつつあるように見えます。
このネットスラングがどういうものなのか、もはや人に伝えるのは数年もしたら解説記事ではなく、口伝によるものになってしまいそうです。そうなるともはや民俗の世界。インターネット老人会などとたまにツイッターで話題にされますが、冗談抜きに「インターネット古老」の出番が出てきてしまいますね。
しかし、そのインターネット古老の間でも、そのネットスラングの意味合いについて意見が分かれるものです。(半年ROMれ、についても数か月前でしょうか、意見が分かれて荒れていたような気がします)
また、今でこそ「草生える」と、笑った時に表現するこのワード。
元は「~~で笑」と、言葉の締めに感情表現として笑っているということであることをほとんどの方はご存知かと思います。
インターネット黎明期では「ワラ」「藁」などという表現でして、それと並行して「w」という表現になりました。「笑(わらう)」→「ワラ」→「藁」、「w」。(笑うをキーボードで打つと、ローマ字打ちならばまず「w」を打たなければなりません。これがきっかけでしょう)
今でこそ当たり前になっているパソコンやスマホ、そしてキーボード。そしてインターネット掲示板というものを目の前にした人類が、そこでコミニュケーションを取り出した際に出てきた表現が「笑」から「w」に変化する。この営みの在り方は、100年200年後の後世の方には想像がつくのでしょうか。
戦国期武田氏研究の第1人者ともいえる某先生だったでしょうか、ツイートが発掘できないので引用できず申し訳ないのですが、とあるツイートをされておりました。要約すると
「その某先生がお若いころ、上司の方から『今のうちに古老と言われる人に聞き取りしないと何もわからなくなるぞ』と言われた。」と。
そして某先生もそこそこのお年になられた段階でも、結局十分な調査はおそらくできなかったことと思われます。私が学芸員になった段階で、その時の世代のご老人は昔の民俗について何もご存知ありませんでした。私が昔の報告書を引っ張り出して、簡単なものを再現したら「こんなのあったのか~~」と仰る具合。そんな状況なので、その本来簡単なものを再現するのもかなり大変だったわけです。
さて、そんな状況が現代史、特にネット社会でもできてしまっている。
そしてそれは、当記事のタイトルに戻りますとそれもまた「不在史料」になってしまうのかなと思います。
「残せなかった」「残すべきだったけど残せなかった」などなど…。様々な理由でこの「不在史料」というのは出てきてしまうような気がします。
https://www.itmedia.co.jp/news/articles/1904/01/news095.html
かつての日本最大のWebサイト作成サービスのジオシティーズ閉鎖からはや3年。これも膨大なネット史料が消えてしまいました。
上記のような計画により、アーカイブ化がすすめられたようですが、それも一部でしかないと思われます。
現代に起こることを考えるだけでも、「不在史料」というのはいくらでも出てくるように見えます。そして先述したような「茶碗がない」という話もそれに当てはまるのであろうかと。
なので、小島先生が仰っている「不在史料」論の言いたいことは結局は「あらゆる角度」を考えようということであろうかと思います。
特に先述したようなインターネット黎明期のネットスラング問題。はっきり言って「不可解」な内容すぎます。不可解な様相そのものです。後世の人からすると、ちゃんと史料が残らないとインターネット黎明期はますますわけがわからなくなります。
さて、その「不在史料」について、それを拡大解釈して「こんな史料もあったはずだ!こんな史料もあるはずだ!」とトンデモ論にもっていくのもあり得ない話です。
かといって、「茶碗がない!史料がないからよし茶碗は使わなかったんだな!」というのもトンデモ論。
インターネット黎明期2ch史料が一部しかないので「この頃はそんなにネットスラングも生まれなかったんだな。一部しか残ってないし」というのも、今の我々からすれば「待ってよ!」となるトンデモ論です。(後世の方からすればまともな判断ではあります)
一番大事なのは、どんなにくだらない日常のこと、ネット上のことも、「名誉棄損」などに当たらない範囲で記録し、後世に残るように「長く保存」できていると、この21世紀前半をかなり再現性高く残せるのかなぁと思う次第です。つまるところ、後世に「不在史料」と思われてしまうものは極力減らすことが、実は大事なんじゃないかと思います。(過去の人は史料に残るなんて思いながら生きていませんから)。
でも今生きている我々には歴史学というものがありますし、後世に残そうという意識があるし、今回こういった「不在史料」という問題提起が出てきたわけですし、猶更色々「残そう、記録しよう」という意識をもっていいのだろうなと思いました。
最後になりますが、なので私はやはりなるべく、声優・渕上舞さんのことも色々記録し、問題にならない範囲で(?)紙に残しておこうかなぁと考えております。
長くなりましたが、これくらいで。