晩翠怪談 第14回 「綺麗に佇む」「血の菫」「跨れる」
■綺麗に佇む
塩木さんの自宅は、宮城県の東部に位置する地方都市の住宅地にある。
狭い道路に沿って小から中規模までの文化住宅が三十件余り、等間隔に軒を連ねているのだが、その中にはおよそ二十メートル四方の敷地面積を有する、小さな墓地も存在する。
墓地は住宅の間に紛れるような形で広がっているが、先にあったのは墓地のほうであるという。住宅地から少し離れた距離に立つ寺が管理をしているそうである。
塩木さんがこの地に自宅を買い求めたのは、十二年ほど前。初めの頃は墓地の前を通るたびに薄気味悪いと感じていたが、いくらも経たず慣れてしまった。
自宅から見て墓地の前を少し進んだ先には、ジュースの自動販売機がある。車で向かうほどの距離でもないため、ジュースが欲しくなると、昼でも夜でも自販機まで徒歩で向かう。
そろそろ八月の月遅れ盆が迫るその日の深夜も、塩木さんは独りで自販機へ買い物に出掛けた。 目当てのジュースを買って自宅へ戻る道筋をたどっていると、漆黒の闇に染まった墓地の中に白い人影が浮き立っているのが目に入る。
思わずぎょっとなって視線を向けて見たところ、道端に近い墓石の真横に、白い着物姿の女が背筋をぴんと伸ばして佇んでいた。
生白い顔をした年の若い女で、立ち姿が美しい。一瞬、幽霊ではないかと身構えたのだけれど、輪郭ははっきりしていて、生々しい実像を帯びている。
夏の盛りになると地元の若い連中が深夜に墓地を訪れ、悪ふざけをしていくことがあったので、女もそうした手合いのひとりではないかと踏んだ。
呆れたものである。けれども綺麗な女の子だな。
などと思いながら、横目で眺め始めてまもなくのことである。
女が墓石の横からぱっと姿を消してしまった。
再びぎょっとなって思わず墓の中に飛びこんだのだが、女は墓石の裏にもそばにもいなかった。とたんに背筋がしんと凍りつき、駆け足で自宅へ逃げ帰った。
この夜に起きた一件以来、深夜に自販機へ運ぶ足がすっかり遠のいてしまったとのことである。
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