晩翠怪談 第31回 「映りしは」「海歩き」「泣きアイス」
■映りしは
勝田さんという、現在四十代の男性が20代の頃に体験した話である。
当時、勝田さんは仕事の関係で関西地方のとある街に暮らしていた。
真夏の深夜、仕事絡みで親しくなった友人たちと国道沿いのファミレスで時間を潰していると、そのうち暇を持て余した友人のひとりが、「肝試しに行かないか?」と言いだした。
ファミレスから二十分ほど車を走らせた街外れに、廃墟になったラブホテルがあるのだという。地元ではそこそこ名前の知れた心霊スポットだったが、自分は一度も中に入ったことがないので、せっかくなので行ってみたいとのことだった。
勝田さんを含む他の友人たちも、そんな場所に足を踏み入れたことはなかった。どうせ暇だし、「この際だから」ということで、さっそく車で現地へ向かうことになる。
まもなく到着したラブホテルは、背後に鬱蒼たる雑木林が広がる、小高い丘の上に立っていた。二階建ての横に長い構えをした建物で、窓ガラスは大半が割れていた。外見から判じる限りでは、いかにも出そうな雰囲気である。
半開きになった玄関ドアから中へ入り、懐中電灯の薄明かりを頼りに内部の探索を始める。
割れたガラスの惨状から思っていたとおり、中の様子もひどい有り様だった。
受付ロビーに置かれた調度品の数々はことごとくなぎ倒されて分厚い埃を被り、客室のドアも戸口から取り外されて廊下の床に転がっている物もあれば、殴るか蹴られるかして、大きな穴が空いている物もあった。方々には侵入者が持ちこんだとおぼしき、無数のゴミも散らばっている。
無残に荒れ果てた廊下を進んでいくと、奥の床に姿見が倒れているのが目に入った。
何気なしに近づいて、懐中電灯の明かりを鏡面に向ける。
みんなで鏡の中を覗きこむと、周囲の漆黒を映しこんだ鏡面にずらりと並ぶ顔が見えた。
一瞬、自分たちの顔だと思ったのだけれど、よく見ると、それらは全て見知らぬ女の顔だった。いずれの顔も歯を剥きだしにした、獣じみた笑みを浮かべている。
一同、下から突かれたように身体を跳ねあげると、喉が千切れるほどの大きな悲鳴をあげつつ、その場を一目散に逃げだしてきたそうである。
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