晩翠怪談 第30回 「吹雪の跡」「熱々のお誘い」「瓶の中」
■吹雪の跡
秋田県出身の有田さんが、高校時代に体験した話だという。
新たな年を迎えてまもない時季のこと。日暮れ時から近隣一帯が、激しい暴風雪に見舞われた。勢いは夜が更けていくにつれていや増し、戸外には横殴りの風が吹き荒ぶ、鋭い叫びが木霊する。地元はそれなりに降雪量の多い土地柄だったが、これほどまでに風が猛るのは珍しいことだった。
夜半過ぎ、有田さんが自室のベッドに潜りこんでしばらく経った頃である。
出し抜けに「ばあーーーん!」と響いたけたたましい轟音に、びくりとなって目が覚めた。
家の壁に何かが当たったような印象である。すかさず布団から上体を起こして聞き耳を立てる。
だが、その後は再びおかしな音が聞こえてくることはなかった。様子をうかがっているうちに風の音も弱まってきたため、知らず知らずに二度目の眠りに落ちてしまった。
翌朝目覚めて居間へ向かうと、玄関口のほうから「ねえ、ちょっと!」と母に声をかけられた。なんだと思って外へ出る。母は雪掻きの済んだ玄関前から、家の横手へ向かって進んでいく。
あとを追っていくと家の角を曲がった側壁の前には、雪掻きシャベルを持った父の姿があった。父は凝然と眼差しで頭上をまじまじと見つめている。
視線を追って有田さんも見あげるなり、思わずぎょっとなって声があがる。
父が見あげていたのは、家の2階部分の壁に浮き出た巨大な人間の手形だった。
壁には昨日の日暮れ時から吹きつけた白雪が分厚く貼りついていたのだが、手形はその白雪をぎゅっとへこます形で表れていた。
手は五本の指を扇状に開いた恰好で、雪の上に押されている。指先から手のひらの付け根まで、上下の直径は二メートル近くもあった。規格外の大きさである。
壁に浮かんだ手の跡を眺めているうち、昨夜遅くに戸外で響いた轟音のことを思いだした。
もしかしたら手の跡は、あの時に付けられたものかもしれない。音が聞こえた方角も一致した。両親に伝えると「気味が悪い」と言われたが、無下に否定されることもなかった。
得体の知れない手のひらは、昼になって壁に貼りついた雪が溶けていくのとともに形を消した。以来、同じ怪異が起こることは二度となかったそうである。
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