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晩翠怪談 第23回 「湖上の光」「ついてった」「青い顔」

割引あり

■湖上の光

 福島県に住む会社員の三戸さんが体験した話である。
 お盆過ぎのひと足遅い夏季休暇を使って、猪苗代湖へキャンプに出掛けた。
 夜更け過ぎのこと、尿意を覚えて目覚めた彼は、テントを抜けだし外へ出た。
 暗闇にどす黒く染まった湖へ見るともなしに視線を向けると、湖畔から少し離れた水面の上に何やら丸くて光るものが浮かんでいるのが目に入る。
 色は白。餅のような色みをしている。光の加減はぼおっとしていて頼りなく、うっかりすると見落としてしまいそうなほどだったが、一度目に入れば見失うことはない。
 光は湖面を右から左へ向かってゆっくりと、上下にふらふらしながら進んでいた。動きは遅い。ボートに灯る明かりのように思えなくもなかったが、位置が高過ぎると感じた。
 ではなんだろうと思いながらトイレで用を足し終え、再び湖畔に戻って来ても、光は変わらず湖面の中空を漂っている。
 興味が涌いたので、じっくり観察してみることにした。湖畔の汀に立って目を凝らす。
 光は右から左へ平行移動しているものだとばかり思っていたのだが、じっと様子を見ていると、沖から湖畔に向かって少しずつ、斜めの軌跡を描いて近づいて来ているのが分かった。
 次第に距離が狭まり、サイズと仔細がはっきりし始めてくる。
 バレーボールほどの大きさである。やはり思ったとおり、ボートに灯る明かりなどではない。光の下の水面には、黒いさざ波が静々と揺らめいている。
 あれは一体、なんだろう。
 光に向かってさらに視線を凝らしてまもなくのこと。三戸さんは冷や水を浴びせられたようにぞっとなり、堪らずテントの中に駆け戻った。あとは震えながら眠りに就いたそうである。
 丸い光の中には真っ白い老人の顔が浮かび、三戸さんの目を見つめながら歯を剥きだしにして、にやにや笑っていたのだという。

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